第11話 魔法使い

 零と狂飆。

 二つの精霊剣が激しい火花を散らす。

 元より変幻自在の無属性魔法と、無尽蔵の魔力。

 あまりにも規格外なのは百も承知だが、決して反則ではない――ならば積極的に使っていくべきだ。


 もとより俺には、この力しか使うことが出来ないんだ。

 それでもフィオナに圧勝できないのは自分自身の実力不足か、はたまた彼女が強いからなのか。

 なんとなく両方な気がするな。


「これじゃ、埒が明かないわね――!」

「まったくだな。いっそのことじゃんけんで勝敗を決めるか?」

「それも悪くは無いけど、もっといいのがあるわよ。あなたが完膚なきまでにけちょんけちょんに負ければいいの」

「不可能って事を覗けば名案だな……!」

『それならいっそのこと引き分けというのはどうだい? 魔法では我が主の勝ち、剣技ではフィオナ嬢の勝ちって言うのは』

「「却下!」」


 ここで白黒付けたいという思いは、フィオナも変わらないらしい。

 そんな中途半端になあなあで済ませることは絶対にゴメンだね。


「私は全て勝たないと気が済まないのよ――だから、ギアを一つ、上げさせてもらうわ」


 フィオナは、狂飆を握っていない左腕を水平にかざした。


『げっ』

「どうした、ゼロ?」


 精霊は人間よりも魔力に敏感と言うが、何かを感じ取ったのか?


『逃げろ我が主。アレはヤバい――!』

「――燃え上がれ」


 妙に切迫したゼロの声にかぶせるように、フィオナの声が響く。

 瞬間、フィオナの手の平から炎が撃ち出された。


「な、なんだぁ!?」


 慌てて魔力の防壁を張るが、炎はそれに衝突したのと同時に激しい爆発を起こした。

 防壁が破壊され、二メートルほど後退した俺には構わず、炎は囲い込むようにして決闘場を駆け抜けた。


「な、なんつー威力……!」


 でも、変だ。

 火属性の魔法師でも、これだけの威力の魔法を撃つことはかなり難しい。

 ましてやフィオナは風属性の魔法師。

 エレメンタルとスピリットの二重契約は可能だが、二つのエレメンタルと契約することは不可能なはず。

 そう思いながらも顔を上げた俺は、絶句した。

 フィオナのエメラルド色の瞳は、いつのまにかルビー色に染まり、左手には紅蓮の炎が揺らめいている。


「……ゼロ、狂飆以外の精霊具の気配は?」

「無いよ。あの炎は、一切精霊の力が関与していない。彼女自身が生成した炎だ」


 苦笑い混じりに告げられた事実に、危うく零を取り落とそうになる。


「フィオナ、おまえ――魔法使いだったのか?」


 人間の魔力には本来、属性が存在しない。

 しかしごく稀に、生まれつき属性を持っている人間も存在する。

 それが魔法使いだ。


「ええ、そうよ。この学校の人間に見せるのは初めてだけどね……まったく、平民のあんたにコレを使うことになるなんて、とんだ屈辱よ」


 そう言いながらも、フィオナの口元には獰猛な笑みが浮かべられている。

 獲物を狙う猛禽の笑みだ。


「光栄でございます、とでも言えばいいのか……?」


 いや実際、光栄なことではあるのだ。

 本や授業でその存在を知ってはいたが、実際に目の当たりにするのは今日が始めてだったから。

 好奇心がゾワゾワと掻き立てられる。

 この場にノートとペンが無い事が悔やまれる。


『いやはや、凄い盛り上がりようだねえ。封印される前の時代じゃ、魔法使いは異端者扱いで即火刑台行きだったというのに。時が変われば、これだけ変わるものか』


 ほーうと感心しているゼロをよそに、この秘術をなんとしても記録したいという誘惑にかられそうになる。

 が、しかし、フィオナの魔法の標的は他ならぬ俺だ。

 そんな悠長なことをしている場合じゃない。


「第二ラウンドよ。あんたを骨の髄まで焼き尽くしてやるわ」

「いや、ここ術式張ってあるからそれは無理だって」

「そう言う意味で言ってんじゃ――ない!」


 俺のマジレスに顔を真っ赤にしながらも、フィオナが狂飆を振るう。

 炎を纏った風の刃が迫る。


「やっべ!」


 地面を転がり慌てて避けようとするが、脇腹を抉った。

 瞬間、激しい爆発を起こし、腕を引きちぎらんばかりの衝撃と共に俺を容赦なく吹っ飛ばす。

 リーチがかなり拡張されている。

 しかも威力は以前の比にならない。


「こうなったらこっちもあの魔法で打ち消すか――?」

『いや、それは無理だ』

「どうしてだよ!?」

『落ち着けよ。君なら分かるはずだぜ。異なる属性を組み合わせることであそこまでの爆発力がある理由がね』


 その言葉に、一瞬で頭が鮮明になる。


「……属性の縛り、か」


 ギリッと歯ぎしりする。

 まさかこんな初歩的な見落としをするとは。

 魔法を縛る属性は、必ずしも全てがデメリットになるわけではない。

 むしろその縛りによって魔法の特性を際立たせ、その力を増大させることが出来る。

 縛りを持った二つの属性が交わることで先程のような爆発力がでるわけだが、無属性はその名の通り属性の縛りが『無』い。


 何事もそつなくこなすことが出来るが、二重属性の爆発力なんて夢のまた夢。

 つまるところ、器用貧乏に陥りやすいのだ。

 さらに魔法使いが行使する魔法は、精霊を介して行使される魔法に比べて術式が極めて精密で、自由自在に操ることが出来る。


『今までは魔力量でギリギリ拮抗できていたが、ああなったら確実に押し負けるだろうね。いやはや、パワーバランスとはよく出来ているとは思わないかい?』


 そう言いながら、ゼロはまるで焦っていない。

 むしろこの状況を楽しんでいるように見えた。


『でもソレは君も一緒だろう? 引きつっているけど君の顔、ばっちり笑ってるぜ?』

「は?」


 試しに口元に触れてみると、なるほど確かに笑っている。

 無理もない。

 きっかけこそひどいものだったが、魔法を使っての決闘は生まれて初めてなのだ。

 しかも相手は魔法使い。

 相手にとって不足は無い。


 何よりこれは、フィオナの奥の手。

 今まで学校の人間に見せていなかったものを、この戦いで解禁した。

 それはつまり、俺とゼロが並々ならぬ相手であると彼女が認めたからに他ならない。

 であるならば、


「引き下がるわけにはいかないよな――!」


 こちらも全力で、彼女に立ち向かうまでだ。


『君って結構好戦的だよねえ……』

「そうだな!」

『肉体もそれに付いてくれればいいんだけどね』

「ああそうだな!」


 ヤケクソ気味に叫びながら、地面に剣を突き立てる。

 地面から土で出来た杭が飛び出しフィオナに襲いかかる。


「甘い!」


 叫ぶや、フィオナは跳躍し、全ての杭を避けきって見せた。

 それだけでは終わらず、彼女は空中で風の壁を形成し、壁に触れた瞬間、魔力砲のような勢いでフィオナは加速した。

 その勢いを乗せた一撃を零で防ぐが、剣が打つかり合った瞬間に爆発が発生する。

 剣に触れた瞬間に魔法を炸裂させたらしい。

 その隙を突かれ、狂飆の刀身がテオの腹を貫いた。


「がぁっ!」


 体内を魔法で蹂躙される不愉快極まりない感覚と激痛の二重奏。

 吹っ飛ばされて地面を転がった隙を突き、さらにフィオナは手を地面に触れた。

 瞬間、床を吹き飛ばしながら爆発が連続で発生。

 避けるのは不可能だ。

 回復魔法を自分にかけながら、足下に防壁を張った瞬間、俺の身体は爆風と共に空中へと煽られていた。

 太陽がいやに眩しいと思った矢先、顔に影がかかる。

 その影の主は、俺が空に打ち上げられたのと同時に跳躍したフィオナだった。


「空中でも見下すとか、徹底してんな……!」


 彼女の左手には、炎の塊が渦巻いている。


「だったら、こうだ!」


 水の弾丸をフィオナの左手に向かって撃ちだした。

 ジュッという音と共に一瞬で消滅した――水の方が。


「嘘だろ!?」

「そんな水ごときで、私の炎が消えるわけないでしょ――!」


 至近距離で炎の塊を食らった俺の身体は、凄まじい勢いで地面に衝突した。

 肉が焼ける音と骨が砕ける音が鼓膜に響く。

 魔法によってそのダメージそのものが無かったことにされるが、それによって発生する痛みは未だに健在だ。

 ダメージの総量によって勝敗が決まる決闘であれば、これが決め手となって敗北していたかもしれない。 


『ははは、これはちょっとヤバいんじゃないかい?』

「ちょっと、どころじゃねえ。滅茶苦茶ヤバいぞ。今までよりも、遙かに魔法のキレが上がっている」

 風属性魔法が持っていた特性を、自身が持っている火属性の魔力でさらに強力なものへと昇華していがる……!。 

「降参するのなら今のうちだけど?」


 着地しながら、フィオナはニィッと笑った。

 この勝負は一見魔法と剣技の勝負のように見えるが、厳密には違う。

 勝利条件は、相手から降参の二文字を引き出すこと。

 つまるところ、相手の心を屈服させればいいのだ。


「はっ、馬鹿はその力だけにしとけってんだ――!」


 痛みを緩和する術式なんて嘘っぱちなんじゃないかと内心毒づきながら立ち上がる。


『とは言え、決して君が劣っている訳じゃないぜ。むしろ、この勝利条件は、君にとって圧倒的に有利だ』

「? よく分からんが、励ましとして受け取っておく!」


 フィオナの猛攻を捌き、隙を突いて魔法を撃ち込みながら考えを巡らせる。

 確かに彼女の魔法は強力だ。

 しかし何事にも弱点は存在する。

 無属性魔法だってあるのだ。


 フィオナにない筈がない。

 そこを突けば勝機はある。

 そもそも何故、彼女は今まで魔法使いであることを隠していた?

 フィオナの性格であれば、秘匿することなく堂々と披露しているはずだ。

 そうしなかったのは何故か。

 それは、しなかったのではなく、出来なかったのではないか――


「――っ」


 突如、フィオナは苦悶の声をこぼしながら、後退した。

 格好の隙。

 しかし攻め込むのならば今しか無いが、俺は不吉な気配を感じ取り、魔法を撃つのを止めた。


「ごほっ、かはッ――」


 激しく嘔吐いたフィオナの口から吐き出されたのは、真っ赤な血だった。

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