第10話 どっちに賭けた?

 このことはロックしか話していないが、余りにも無茶苦茶な方法だった。

 例外を挙げればきりがないが、基本的に魔術師が契約できるエレメンタルは一体のみ。

 自分に合った属性を極めるのが魔法の基本だが、俺は他とやや違った身の上故に、真逆の選択をした。

 一教科のテストに、「途中で教科が変わっても対応できるように」と他の教科もがっつり勉強して臨むようなものだ。

 精霊に相手にされていなかったからこその暴挙と言えるが――それが、思わぬ形で実を結んだ形だった。


『我が主。君、結構脳筋だろ?』

「なんとでも言え。これが一番確実な方法だったんだよ」


 お陰様でノート代がかさんでしまったが、結果はご覧の通り。

 やや不格好ではあるものの、風属性魔法の大技〈テンペスト〉を再現することに成功した。

 この好機を逃す訳にはいかない。

 零を地面に突き立てる。


 俺とフィオナの間に、砂で固めた壁が隆起する。

 防御に秀でた土属性魔法の基本技だ。


「こんなチンケな壁で私の魔法を防ごうっての?」

「まさか。自分の魔法がどれくらいなのかは把握しているって――!」


 さらにこの壁は、外見こそ立派であるものの、中身はスカスカのハリボテ状態。

 これはテオの実力不足ではなく、あくまで次の魔法への布石だ。

 間髪入れずその壁に、超高圧で撃ち出した水の弾丸を叩き込む。

 握り拳大の水の弾丸はいとも容易く壁を打ち破り、フィオナに着弾したのが穴越しに見えた。


「ぐうっ――!」


 たかが水と侮るなかれ。

 勢いを付けて撃てば、砲丸をブチ当てたときのようなダメージを叩き出すことだってできる。

 ついでにずぶ濡れになったフィオナを見て、観客の一部が真っ赤な噴水を鼻から吹き出したのがチラッと見たが……見なかったことにしよう。


 それでは終わらせない。

 壁を張るという事は、必然的に、それぞれの視界を阻害することも可能ということだ。

 水の弾丸を撃った瞬間、無事着弾を確認した瞬間に走り出していた。

 壁から転がり出た俺は、フィオナに向かってもう一つの魔法を行使する。

 巨大な炎の手が、覆い被さるようにフィオナに迫る。

 水の弾丸程の速度は出ないが、敵の退路を断つことを得意とするこの魔法を避けるのは容易じゃない。


「舐めるんじゃ、ないわよ!」


 フィオナは叫び、回転させるように狂飆を一閃。

 迫り来る火の手を切り裂き、吹き飛ばす。

 風属性の十八番、攻撃によって防御を成す典型例だ。


「攻撃こそ最大の防御なり、か」

「やってくれるわね、テオ・リーフ……!」


 フィオナの瞳がギラリと輝く。

 怒りでも恐れでもない。

 凄まじいまでの闘争本能が、彼女の瞳の中で煮えたぎっていた。

 地面を蹴り、一気に肉薄してきたフィオナの剣捌きは苛烈にして流麗。


 惚れ惚れするほど美しく、火傷するくらいに激しい。

 純粋に剣技だけの勝負であれば、俺の敗北は必然だ。

 それが拮抗出来ているのは、魔法の恩恵に他ならない。

 脳が煮詰まりそうな勢いで頭を回転させ、近距離でも十全に威力を発揮できる魔法を撃つ。

 ああくそ、やばい。


 属性なんて知ったことかと言わんばかりに撃ち出される魔法に、場違いであると分かってはいるが、なんとも言えない充足感を感じた。

 今まで魔法は、俺にとって決して手の届かないものだった。

 せいぜい空想することが関の山だった秘術が、他ならぬ自分自身の手で実体化している。

 その事実が、どうしようもなく嬉しかった。







「すっげえなアイツ。あの様子じゃ次の中間技能もイイ線行くんじゃねーか?」


 売り切れ御礼の焼きそば屋台で、ロックは二人の戦いを見物していると、夜見が再びやってきた。


「あ、センセー。もう売り切れっスよ」

「そっちではない。ビールはあるか?」

「あるけど大丈夫なんスか? まだ仕事あるっしょ?」

「飲んだくらいで授業が出来ないヤツに教師が務まるか」

 こんな時間に飲んでる時点で教師は務まらないのだが、ロックは代金を受け取り、ビール瓶を手渡した。


 彼にとっては、お金を払ってくれるのならば、平民も貴族も悪魔ですらもお客様である。


「センセーはどっちに賭けたんスか?」

「あのバカだ」

「……マジッすか。先生って結構大穴狙い?」


 夜見はバカと言っただけで一言もテオとは言っていないのだが、ロックはばっちり理解していた。

 闘技場の盛り上がりに欠かせないのは、双方の勝敗を当てる賭博である。

 賭けの比率はざっと7:3と言ったところ。

 ちなみに7がフィオナで、3がテオである。

 いくらテオがスピリットと契約したと言っても、フィオナには今まで積み上げてきた信頼と実績がある。

 そう簡単に覆りはしない。

 もっとも、テオがゼロと契約していなければ賭けそのものが成立しなかっただろうが。


「まあな。この賭け、勝てばすごい儲けになるぞ。学校を経由せずに私の懐に入る。おまえはどっちに賭けた、ロック」

「そりゃあ勿論フィオナさんっス」

「……テオはおまえの友人じゃなかったか?」

「だからこそあいつが負けると確信してるんじゃないですか」

「信頼してるんだな」

「もちろんっス」


 嫌な信頼である。


「まあ確かに、簡単に勝てるほど甘い話では無いな」


 テーブルの角でビールの栓を抜きながらも、夜見の視線は二人に注がれていた。

 テオは拙い剣技を、反則級の魔法でカバーしていた。

 精霊剣を使う場合は、武器主体か魔法主体のいずれかに別れるが、テオは後者のプレイスタイルを取っていた。


 無の精霊と契約するのであれば、それが一番の最適解だろう。

 ゼロそのものが持つ無尽蔵の魔力と、属性の縛りが存在しない無属性魔法。

 そんな反則級の力を剣一つで完結させてしまう無の精霊の力は、やはり規格外としか言いようがない。

 しかし夜見は、酔った頭ながらもテオの弱点を的確に見抜いていた。


「……荒いな」

「何がっスか?」

「アイツの魔法だ。膨大な魔力で誤魔化しているが、術式の精密さは微妙だな。ついでに魔法を撃ち出すのが早すぎる。イメージが定まってないまま撃ち出すのは自殺行為なんだがな……首の皮一枚ってところか」


 一昨日初めて魔法を使ったことを考慮すれば上出来とも言えないのだが、魔法師同士の勝負でそんな言い訳は通用しない。


「俺はそこら辺さっぱりっスけど、やっぱしどう転ぶか分からないっスねー。テオはまだどんなケッコーな手札持ってそうだけど、フィオナさんは出し尽くした感はある感じだし」

「出し尽くした? あいつがか?」


 ロックの言葉に、はてと首を傾げる。


「でしょ? フィオナさんは風属性の魔法師だし」


 確かに基本的な技はあらかた出し尽くしてはいたが、フィオナの実力はまだこんなものでは――


「……ああ、そう言うことか」


 納得した、とばかりに頷く。

 生徒に開示されている情報と教師が知っている情報には当然ながら異なる部分がある。

 こと生徒の潜在能力は、その中で最もメジャーなものだろう。


「? どう言うことっスか先生。まさかフィオナさんも――」

「余計な詮索は無しだ。いいから見ていろ」


 手札を出し尽くした?

 そんなワケがない。

 むしろ、ここからが本番だ。


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