第9話 必勝法

『よせよ恥ずかしい』

「褒めてなあぶねっ!」


 再び繰り出される斬撃魔法を、スレスレのところで回避する。


「避けてばっかりじゃ、まるで話になんないわよ!」

「ごもっともで!」


 こっちがそう思っても、剣の方が言うことを聞けないのだから仕方が無い。


「逃げてるだけじゃ勝てねーぞ!」

「当たって砕けんかーい!」


 なんとも無責任なヤジだチクショウ。

 フィオナは鮮やかな剣捌きで魔法を撃ち出していく。

 風属性をまとった魔法が少し掠めただけでも風に煽られて吹っ飛ばされそうになる。

 直撃したらさぞかし痛い目に遭いそうだ。

 なんて思っていた矢先、脚がもつれてコケた。


「しまっ――」


 瞬間、魔力の刃が腕を抉った。

 刃が炸裂して凄まじい勢いの突風を発生させ、俺の身体を十メートル程吹き飛ばした。

 本来であれば血が噴き出しかなりのダメージになっている筈だが、張り巡らされたダメージ無効の術式によって、「ダメージを受けた」という事象が書き換えられ、赤いダメージエフェクトが体に浮かび上がるのに留まっている。

 魔法によってそれなりには痛みが軽減しているものの、決して気持ちいいものではないし、そんな境地に到達したくはない。

 起き上がって再び逃げようとした時には、フィオナが俺に向かって狂飆を振り下ろしていた。


「速っ!?」

「セァ――!」


 風属性は、破壊力こそ他の属性に一歩譲ると言われているが、術者そのものを強化することは最も優れた属性だ。

 脚部に風邪を纏わせる加速魔法で一気に加速して、俺との距離を詰めてきたってことか。

 零で斬撃を受け止めるが、凄まじい衝撃が両腕を襲う。


「卑怯な……接近戦に持ち込むとは何事か!」

「逆でしょ普通は!  よくそんなんで片手剣選んだわね!」

「ワゴンセールで一番安かったからだよ!」

「そんな理由!? 片手剣ナメてんじゃないわよ!」


 片手剣は精霊剣の中でもオーソドックスな武器種で、武器と魔法双方のバランスが良く、自分に合ったスタイルを見つけるまで片手剣を使うという新米魔法師も多い。

 しかしその分、魔法と剣双方を使いこなさなければ、他の武器種に比べて真価を発揮しづらいという落とし穴もあるので、扱いやすいが極めるのは難しい武器種でもあるのだとか。

 零の刀身を傾けて斬撃を逸らし、転がるようにしてその場を離脱する。


「ゼロ、まだなのか……!?」

『ああ。まだ彼女は大技を使っていない。魔法はここぞと言うときに使おう。もっとも、いきなり天衣無縫をぶっ放すのをご所望というのなら別に構わないけどね』


 出来ないことを言うあたり、やはりゼロは性格が悪い。





 ――時間は試合前まで遡る。


「なんだって? 天衣無縫は使わない?」

「ああ」


 無為式・天衣無縫。

 一切の加工も縛りもしない魔力を無尽蔵に撃ち出す、基本魔法にして必殺魔法。

 これさえ使ってしまえば、一気にゲームセットに持ち込むことも可能なシンプルイズベストを体現するような魔法だ。

 だがしかし、完全無欠という訳ではない。


「天衣無縫はその特性上、威力や射程を調整することが出来ない。そうだろ?」

「当たり前じゃないか。そんなことしたら、看板に偽りありになってしまうからね」


 天衣無縫とは本来、物事に技巧などの形跡がなく自然なさまを表す言葉だ。


「だよな……遮るものが何もない場所が戦場なら大活躍間違い無しだったんだろうけど、ここは屋内。使ったらどんな被害が出るか分かったもんじゃない」


 俺の手元にあるのは、この前のダンジョン崩壊の報告書。

 夜見先生に無理を言って借りてきたものだ。

 崩壊状況が詳細に書かれているこの書類によれば、このダンジョンに潜んでいたモンスターは全滅。

 ダンジョンの修復にもかなりの時間がかかるようだ。

 それだけの威力を制御することが出来ない、しかもそれが仕様であるというのだから、あまりにもピーキーすぎる。


「じゃあ、どうすんだい? 天衣無縫でフィオナ・ルザークと決闘場を纏めて吹っ飛ばすのも一つの手だと思うけどね」

「却下だ却下! それに、天衣無縫だけが魔法の全てじゃないだろ」


 無属性魔法はそれだけじゃなかろうに、こいつ意図的にすっとぼけてやがるな。


「ま、それも真理だけどね。基礎的な斬撃魔法だけじゃ勝てるとは思えないが……しかしその口ぶり、何か考えがあるのかい?」

 ニッと笑ってみせる。

「ああ。一発逆転も夢じゃない、とっておきの秘策がな――!」



「〈テンペスト〉――!」


 狂飆を突き出すようにして撃ち出されたのは、竜巻の奔流。

 天災の名を冠したその魔法は、竜巻を顕現させて相手に叩き付けるという、文字通り天災のような威力を誇る。

 さっきまで撃っていた〈スラッシュ〉とは比べようも無い。

 死ぬことはないと分かっていても、迫り来る竜巻は中々の迫力だ。


『さて、そろそろいいかな?』

「遅いんだよ……!」


 記憶の中からその魔法の原理を引っ張り出し、イメージを構築する。

 いける。

 これなら間に合う。

 イメージを零に入力して、奇蹟を今ここに顕現させる――!


「セイヤァ――!」


 裂帛の声と共に、零を突き出す。


 瞬間、フィオナの〈テンペスト〉と寸分違わぬ竜巻が射出された。


「な――!?」


 二つの竜巻は打つかり合い、しばしの拮抗の後、互いに消滅した。

 残り香のように風がたゆたう中、フィオナも、観客も、俺でさえも、自らが目の当たりにした事象が信じられなかったようにポカンと口を開けている。

 しばらくして、様々な場所から困惑の声が上がる。


 俺が撃った魔法は、属性の色を帯びていなかったが、紛れもなくフィオナの魔法と同一のものだった。

 竜巻を撃ち出す〈テンペスト〉は本来、風属性限定の魔法であり、他の属性では使うことが出来ない。

 あり得ないはずなのに――確かに目の前にその事象は存在していた。


「驚いたか? ついでに言うとこんなことも、できるんだぜ……!」


 先程受けた傷に手を触れた瞬間、ダメージエフェクトが消えるのと同時に痛みも引いていく。


「回復魔法……!?」


 回復魔法はこれまた水属性が得意とする魔法だが、それと遜色ないくらいの回復速度だった。

 大半の人間が持つ魔力は無色透明で属性を有していない。

 属性を持っているのは精霊の方で、契約する精霊によって使える魔法が決まっていく。

 もっとも、人間の魔力は元々無色であるという関係上、契約している精霊の属性意外の魔法も使えないこともない。


 だが、基本的に他の属性の魔法を使う場合、さらに強固なイメージが必要になり、発動に成功したとしても効力は本家に到底及ばないという弱点を持っている。

 回復魔法などの汎用性が高いもので無い限りは、他の属性の魔法を覚えることが忌避されている。

 水属性契約者ではない魔法師の回復魔法も、応急処置レベルが精々なのだが、俺が使った回復魔法は全てのダメージを一瞬で修復してしまった。


 そう、これこそが天衣無縫に続く第二の魔法――〈無為式・有象無象〉。

 無尽蔵の魔力と属性の縛りがないことを活かした、理論上全ての魔法を使うことができるという反則も甚だしい奇蹟だ。


『ふはははは! 見たまえ周囲のびっくら仰天っぷりを! ここまで狙い通りのリアクションをしてくれると、焦らした甲斐があったというものだ』

「まあそりゃそうだろ。俺だって自分で撃ててるのが信じられないくらいだ」

 お陰で腕が震えているし、心臓もバクバクうるさいったらありゃしない。

「魔法を模倣する魔法……? でも、あり得ない……テンペストは基本技じゃないのよ? 契約して一朝一夕で使えるはずがないのに」


 確かに、魔法を使うには、その術式の特性を理解し、その原理をイメージとして脳内に構築する必要がある。

 イメージがあやふやであれば術式が起動しなかったり、起動したとしても威力が弱くなってしまう。

 酷い場合は魔力が暴走してボカーン、だ。

 反則級とは言え、魔法である以上、無為式・有象無象もその原理からは逃れることは出来ない。


「確かにゼロと契約したのはつい先日だ。けど、俺は前々から準備してたんだよ」

「準備……?」


 あるときは実家の仕事で客が来ていない間に、またあるときは実技の授業で見学している傍ら。

 数年前から、空いている時間のほとんどをその準備に費やしてきた。


「どんな属性の精霊と契約しても問題無いように、全属性の魔法の特性と原理と術式――その全てを頭に叩き込んでおいたのさ!」

「はああああああああああ!?」

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