第7話 口は災いの元
「首痛ってえ……」
翌日、実に四日ぶりの教室で、俺は首をさすっていた。
じゃんけん五番勝負の結果、ベッドを追われた俺は、前の住民がおいていったソファーで夜を明かすことになったが、思いっ切り寝違えた。
入居したばかりの頃はスペース取るし処分するにも金のかかるただの粗大ゴミだったソファーが、思いの外役に立ってはくれたのは幸いだったけど。
「だから言っただろう? 僕と一緒に寝れば万事解決だって」
はーやれやれ、とテオの隣に座るゼロは呆れてみせる。
万事解決どころか新しい問題がひょっこり顔を出すことを彼女は知ってて言っているか?
むしろそれをツッコんだ瞬間罠にかかったとばかりに、ケラケラ笑いながらまくしたててくる可能性だってある。
しかしそれよりも、俺はツッコまないといけないことがあった。
「なあゼロ……おまえなんでメイド服なんだ?」
そう、ゼロは今、メイド服に身を包んでいた。
「似合うかい?」
滅茶苦茶似合っていた。
だがこの場所には超絶浮いている。
当然と言えば当然で、ここは神聖な学び舎であって貴族のお屋敷などではない。
「魔力を弄ればどんな服にも替えることが出来るんだよ」
「それは素直に凄いとは思うけど今すぐ元に戻してくれ! さっきから視線があっちこっち突き刺さっていたたまれないんだよ!」
俺がゼロと契約したというニュースは瞬く間に校内に広がっているらしく、奇異の目線があちこちから感じている、
この学校にあの無の精霊が封印されていたという衝撃の事実と、ついでに学校の一部を破壊したこともあって、その力も尋常ではないものであることもばっちし知らしめられているから、まあ、仕方ないと言えば仕方ないのだが……
「あれがテオと契約したスピリットか……」
「ダンジョンがぶっ壊れてたでしょ? あの二人の仕業みたい」
「くそっ、羨ましい」
「なんであいつが」
「あの子にはメイドよりバニー服だろうが」
等々、先程から絶妙な音量で聞こえてくる。
「ウィーッス、ようやく契約出来たんだってな! おめでとさん」
そう言ってロックは俺の前の席に座った。
「サンキュー。まあほぼ偶然みたいなものだったけどな」
「偶然だろーがスピリットと契約出来ただけすげーだろ。ついでにダンジョンもぶっ壊したんだって? 派手にやったなオイ」
「そこは言及しないでいてくれると助かる」
ハハハと苦笑しながら目を逸らすしかない俺であった。
「それにしても……」
ロックはじっとゼロを見て一言。
「滅茶苦茶べっぴんさんだな!」
「ああ、うん」
そっちかよ。
まあ確かに美人ではあるのだが、もっと他に感想無いんかい。
「我が主よ。彼は?」
「ああ。こいつはロック。俺の……友人? だ」
少し疑問形になってしまった。
「シクヨロー」
「ああ、よろしく」
にこっと微笑みかけるゼロ。
にょへっとだらしなく鼻の下を伸ばすロック。
非常に見苦しい。
「しっかしよかったなオイ。無事退学回避できてよお」
「まあな。ゼロとも契約出来たし、ある意味ここからが本当の学校生活と言っても過言じゃないぜ」
ゼロと契約した今、魔法実技の授業で一人教室の隅でぽつんと見学なんて事からもおさらばだ。
「と言う訳で、この前の授業のノートを写させてくれ」
「あれ、それ俺の台詞じゃね?」
「二日も学校休んでたんだぞ? おまえに見せられるノートのストックなんてあるもんか」
この穴を完全に埋められる訳ではないが、ノートを写してもらうだけでもかなり違うはずだ。
ロックは呆れたような顔でテオの肩に手をポンとのせた。
「テオ……俺がノートをとってると本当に思ってんのか?」
「おまえに期待した俺がバカだったよ」
「まったくだ」
「納得すんな!」
ウンウンと頷くその自信は一体どこから湧いてくるのだろうか。
とは言え、他にアテが無いわけではない。
俺並……もしくはそれ以上にノートを取っている可能性があり、かつそこそこ交流がある生徒に一人心当たりがある。
一人しかいないことに自分の人間関係の狭さについて考え直す必要があるとは思うけど、何も無いだけまだマシだ。
問題はその「交流のある」生徒との仲が少し……いやかなり悪いと言うことだろう。
「どうしたんだい? 戦場に赴く戦士の顔をしているけど」
「ノートを借りにいく学生の顔だ」
あいつの性格を考えるとあながち間違ってはいないんだけど。
俺は階段教室の上階に座っている女子生徒の所へ向かい、できるだけ普通を装って声をかけた。
「悪いフィオナ。ノート貸してくれ」
「……なんで私が?」
じろり、と睨まれる。
ついでに彼女の近くに座っている女子生徒も穴が空かんばかりに睨み付けてくる。
これはノート云々より、フィオナ様に軽々しく声かけんじゃねェよ平民が、みたいな感じだ。
「なんでって、俺が知ってる中でおまえが一番真面目に受けているからな。多分ノートもしっかり取ってるんだろうって思っただけだ」
「それはどうも。だからと言って、あたしが貸すと思ってるの? あなたに?」
何故か少し頬が赤くなっているが、貸してくれる感じじゃなさそうだ。
犬猿の仲である相手が、愛想良くノートを貸してくれるなんて甘い話はやっぱり無理か。
しかしこっちだって引くわけにはいかないんだ。
「だったとしても、俺の人脈じゃ、頼れるアテがおまえしかいなかったんだよ」
ノートを取っている生徒は他にも大勢いることは承知の上だ。
だがフィオナは板書だけでなく、先生がぽろっと話す小話までメモしているタイプと見た。
ついでに彼女がどのようなノートを取るのか見てみたいという好奇心ももちろん存在するのだが。
「頼む。嫌というのなら土下座だってするぞ」
……なんかヒートアップするあまり、脅迫じみたお願いになってしまった。
「む……」
フィオナはしばらく考え込むようにうつむき、そうかと思ったら髪を絡ませて明後日の方向を向くなど奇妙な行動を繰り返した後、視線をこちらに戻して行った。
「ま、まあ? 非常に不本意だけど? 貴族として? あなたみたいな平民に施しをするのは一種の責務みたいなものだし――」
お、これは結構脈ありだぞ――と思ったら、
「やめてさしあげろよ我が主。彼女をそこまで困らせてはいけないよ」
さっきまでロックとあっちむいてホイで遊んでいたゼロが、突然俺達の間に顔を出した。
突然現れたゼロに、フィオナはびくっと肩を震わせた。
「困らせるって……まあ、そうだけど」
そこら辺は否定できない。
「え? いやでも私は――」
「――そうでもしないと、彼女は君に勝てないのだからね」
周囲が一気に凍り付いたことが分かった。
キメラの尾を踏んづけたみたいな――夜見先生風に言うのならば「地雷を踏んだ」ってヤツだ。
「彼女は学年二位の学力。大して君は学年一位だ。言わばライバル……ああ違うな。ライバルというのは互いに対等だからこそライバルというんだった。彼女には当てはまりそうもないね」
「ぜ、ゼロおまえ……!」
頼んでいるのはこっちだというのに、その言い方は階級云々関係なしにあまりにも無礼千万だ。
しかもこいつ、この状況を明らかに楽しんでやがる……!
その証拠にニヤニヤと実に憎たらしい笑みを浮かべている。
この手の笑いというのは得てして顔が歪んだようになるが、ゼロがすればなんともまあ黒幕然としていて様になっている。
これもまたスピリットがスピリットたる由縁なのだろうか……って今はそんなのどうだっていい。
「今日は我慢したまえ我が主。それくらいのハンデをやって、彼女は君とトントンと言うことさ。まあ認めたくないだろうね。階級と実技でしか勝っていたのに、我が主は僕と契約してしまった。剣でも負ける可能性があるというのに、ほいほいと敵に塩を送れるはずがないとなると彼女が勝てるのは血筋だけになってしまう……ややっ、なんたることだ。今までライバルキャラだと思っていたらただの血筋オンリーの噛ませ犬だったというオチだったなんて――」
バァン!
視界が僅かに明滅し、遅れて痛みがやってくる。
ゼロの言葉を叩き潰すように、フィオナは手袋を投げつけたのだ――なぜか俺に。
手袋を投げる。
これが何のサインであるかは知っている。
「……決闘よ」
僅かに震えたフィオナの声。
「私と決闘なさいテオ・リーフ! 私をコケにしたこと、絶対に後悔させてやるわ……!」
涙目になりながら、フィオナは俺を睨み付けていた。
ああ、やっぱりこうなった……
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