第4話 天衣無縫
「……はい?」
「だーかーら、契約だよ契約。人間一人と精霊一人、やることは一つだろう?」
そうとは限らないだろうと突っ込むことすらできない。
「契約って、誰が」
「そりゃ僕と君だろう」
「君って……俺?」
「そりゃそーだろ」
何言っているんだい? とゼロは首を傾げる。
確かに冷静に聞けばその意味はちゃんと理解できる。
だが俺は冷静ではない。
契約を持ちかけられたのだ。
それも精霊の方から。
今まで何度もアプローチしても、契約どころか見向きもされなかった俺が、だ。
おまけにその精霊は、歴史的にも超有名なスピリット、無の精霊。
エレメンタルが人間と契約するのは、人間の魔力を貰うためである。
エレメンタルは生きるためのエネルギーを手に入れ、人間は精霊の力を行使できるWin-Winの関係だ。
だが存在が確立したスピリットはその必要がないため、契約する難易度もエレメンタルとは比べ物にならない
契約を持ちかけてスピリットに殺された魔法師の話なぞ、それだけで本に出来るほどだ。 そんなスピリットが、自分と契約するときたもんだ。
今までモテない人生を送ってきた男が突然、舞台女優にラブレターをよこされてもこれ以上の衝撃を味わえまい。
「いいのか? その、本当に俺で」
「さあね。たまたまここに来たのが君ってだけだよ。外にはもっと面白そうな人間がいるかもしれないしね」
「つまり偶然ってことか……」
ちょっと凹んだ。
「偶然を舐めちゃいけないぜ少年。偶然とは運命とも奇跡とも呼べるものだ」
「物は言いようってことだろ」
「言葉一つでこの世界はどのようにも変化するということさ――それに、君には後がないんだろう?」
「なんでそれを――」
「それっぽいことを言ってみただけさ。ビンゴだったようだけど」
「……」
ケラケラと笑う目の前の精霊が一気にインチキ占い師に見えてきた。
「おまえ、性格悪いって言われてただろ」
「本当にいい性格しているとは言われたね」
「同じだそんなもん! おまえが封印された理由がなんとなく理解できたよ!」
色々と性格が最悪だ。
フィオナ辺りが相対したら、十秒とかからずプッツンする未来が容易に想像できるぞ。
「じゃあ止めておくかい?」
「ぐっ……」
あの無の精霊と契約できるとくれば、今まで精霊と契約できなかったのも、今日に至るための壮大な伏線だったと思えるくらいの千載一遇のチャンスだ。
だがこの契約は、うまい話だけではない。
目の前に吊された果実は、致死性の毒をも孕んでいる。
おいそれと手を出していいものではないのもまた、事実だ。
けど、俺にはもう後がない。
このまま何もせずに帰ったら、学校を叩き出され実家を以下略である。
そして何より――彼女ほどの存在が、ここに縛り付けられていることが間違いであると思ってしまった。
「……分かった。おまえと、契約する」
ヒュウと、ゼロは口笛を吹いた。
「そうこなくっちゃあ面白くない」
精霊と契約するための手順は頭に入っている。
精霊剣の切っ先を、精霊に突き立て、互いに契約を受け入れれば精霊は精霊剣と同化する。
だが、ゼロの外見は俺より少し幼い少女にしか見えない。
そんな彼女に剣を刺すというのはちょっとどころかかなりの抵抗がある。
「痛みは無いから大丈夫だよ。どこに刺すのかは君の性癖に任せる」
「どこに刺そうがダメージ入るよな!? それも俺に!」
なんだってこいつは俺の心をかき乱そうとするのだろうか。
フゥと息を吐き出し、契約のための詠唱を始める。
「――契約をここに。我、汝の糧とならん」
「――契約をここに。我、汝の剣とならん」
剣をゼロの胸に突き刺す。
何の抵抗もなく、するりと精霊剣が沈み込む。
「んっ……」
悩ましい声が聞こえたが、ツッコめば雰囲気ぶち壊しなので全力でスルー。
白い光がゼロの体から発せられた。
ゼロの輪郭が朧気になっていき、精霊剣と同化していく。
それと同時に、体の内部が思いっ切り引っかき回されるような不快感を覚えた。
飲まず食わずだった自分の判断を今回ばかりは褒めてやりたい。
何か口に入れてたら、色々な意味で悲惨なことになっていた。
精霊剣をゼロに突き立ててから数十秒が経過したところで、光が収まっていく。
既に剣は
シンプルながらも一瞬で目を奪われるような装飾。
内包されている桁違いの魔力。
白銀に輝く宝玉。
今まで見たどの精霊剣よりも美しいと、迷いなくそう思えた。
『精霊剣無式・零――ここに契約は成った』
朗々と、しかしどこか威厳を感じられるゼロの声が、鼓膜を震わせる。
体内の魔力神経を通じてゼロとの繋がりを感じる。
念願だった精霊との契約。
確かに、成功したのだ。
俺の感想は「よっしゃあ!」でも「やってやったぞ!」でもなく、
「お、おお……」
衝撃のあまり、言葉になってすらいない状態だった。
『ところで少年――いや我が主』
「な、なんだよ。その呼び方はなんか照れくさいと言うか――」
『胸に剣を突き立てたと言うことは、君は胸フェチという認識でいいのかな?』
「いいわけないだろうが」
確かにおっぱいは素晴らしい。
が、決して邪な気持ちでその部位を選択したのではないことを、全力で説明せねばならない。
「いいかゼロ。魔法的に心臓というのは重要な意味があるんだ。人は脳で思考するが魂は心臓に宿ると言われている精霊との契約は魂と魂を結びつけるという事だつまり俺が胸に剣を突き立てたという行為自体はごくごく普通と言えてだな」
『はいはい分かったよ。そこまで早口だと余計怪しまれちまうぜ?』
「少しは余韻に浸らせてくれよ……やっと精霊と契約出来たんだからさ」
これはスタートラインだと分かっていても、今は身体が爆発せんばかりに嬉しい。
『そりゃあすまないね。けど、一ついいことを教えてあげよう。ダンジョンってのは宝を得るのが終わりじゃない。無事に外の世界へ戻るまでがダンジョンなんだぜ?』
「うん? それはどう言う――」
ことだ、と言い終わる前にダンジョンが揺れ、パラパラと小さな瓦礫な破片が落ちてくる。
「崩壊するのか……!?」
『まさか。アイツが契約した瞬間に生き埋めなんてヤケクソな仕掛けを作るもんか。強いて言うなら、僕を使いこなすための試練ってところだろうさ』
正解とばかりに、四方に配置されていた石像が動き出す。
三メートルを優に超える彼らの手には、剣や鎚などの武器が握られている。
彼らは武器を構え、無機質な歩みでこちらに迫ってきた。
「試練ってこれ――!?」
『こいつら全てぶっ倒せ、ってところだろうね。どーりで妙な存在感放ってると思ったんだよハッハッハ』
「笑ってる場合かぁ! あんなの普通に死んでまうわ!」
どう考えたって、まともにやり合える相手ではない。
『何寝ぼけたこと言ってんだよ我が主。今、君が手にしているのは一体なんだい?』
「……!」
精霊剣無式・零。
そうだ、今の俺は、魔法を行使することが出来るんだ。
『記念すべき最初の魔法だ、盛大に行こうぜ――!』
魔法を使う方法は極めて単純だ。
魔法のイメージを脳内に構築し、それを契約した精霊に入力する。
そして精霊がそのイメージを魔法として出力、奇蹟を具現化するのだ。
イメージが曖昧なものだと威力が大幅に下がってしまうが、そのイメージは俺の脳内に最初から居座っていたかのように鮮明だった。
火でも水でも風でも土でも無い。
何者にも染まらぬ、無色の魔力。
刀身が白い輝きを帯びる。
どの石像も、零の物理的な間合いに入っていないように思える。
だがしかし、魔法的な間合いとなれば話は別。
そも――この魔法にリーチという名の限界はない。
純粋な魔力を一切の加工も縛りも入れずに、無尽蔵に撃ち出す。
シンプルだが、それ故に最強と呼べる魔法の名を、俺は口にする。
「無為式・天衣無縫――!」
零を回転斬りの要領で振り抜いた瞬間、光が全てを塗りつぶした――
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