第5話 対面

「――おはよう。よく眠れたかい? 我が主」


 目を覚ますと、ゼロとばっちり目が合った。

 眼鏡を外しているため輪郭は朧気だが、一目で彼女と分かるのはスピリット特有の謎の存在感のせいかもしれない。

 ついでに彼女は、俺と同じベッドに寝ていた。

 さらについでに、外からはチュンチュンと可愛らしいスズメのさえずりが――


「きゃああああああああああああああああ!」


 絶叫した。

 ベッドから跳ね起きた。

 後退した。

 壁に後頭部を強打した。

 悶絶した。


「まったく、朝から忙しないことこの上ないね。優雅におはようと言ってコーヒーで一服するのが常道じゃないか」

「そんな常道知らん! なんで同じベッドで寝ている!?」

「おや、眠りに落ちる前のことを忘れたって言うのかい? あれほど激しく僕を求めていたというのに」


 ゼロはいやんと身をよじる。


「契約して魔法を撃っただけじゃねーか! 誤解を生みかねないことを言うんじゃない!」


 無駄に色っぽいところも腹立たしさを倍増させる。


「ごめんごめん。けど僕だって伊達に一晩中君に絡みついていた訳じゃないんだぜ? そのお陰で色々分かった」

「分かったって、何が」

「君は面白いということが、だよ。興味深いとも言うかな。精霊に拒絶される特異体質……ここまで徹底しているのは君が初めてだ」

「ぐっ」

「なんていうかな。特に理由はないけど近寄りがたい。契約したらこっちが酷い目にあうというか、生理的に無理とというか――」

「あー……分かった、もういい」


 これ以上聞いてたら、俺のメンタルが耐えられない。


「とまあ、普通の精霊であれば契約することを拒絶していただろう。もっとも、無理矢理契約したとしても、十全に魔法を使えるかと言えば微妙な所だろうな」


 グサグサと容赦なくゼロの言葉が突き刺さる。


「おいおいおい、そう落ち込むなよ。君の目の前にいる精霊は、そんな普通な精霊じゃないんだぜ?」


 ベッドからばっと立ち上がると、妙なポーズを決めるゼロ。


「まあ、確かにおまえはスピリットだけどさ」

「それに加えて、僕はゼロなんだぜ? それくらいの特異体質、屁でもないとも。むしろこの僕と契約する魔法師だ。それくらいなきゃあ面白くない」

「面白いか、それ?」

「面白いとも。君と契約して良かった、と思うくらいにはね」

「なんか別れ際の台詞っぽいな」


 契約して一日経っているのかも怪しい状態で飛んでくる言葉ではないのは確かだ。


「どうだろう。今まで契約した人間との別れの言葉を大別すると、『今までありがとう』か『おまえさえいなければ……!』ってところだね。君がどっちになるかは今のところ未知数だけれども」

「すげえ振れ幅だ……」


 やはり栄光と破滅を約束するという自己紹介は伊達じゃないのか。


「て言うか、ここどこだ?」


 ここは下宿しているアパートメントではない。

 思い出したように、鼻が薬草独特の臭いを認識する。


「保健室か……」


 体に目を落としてみると、体のあちこちに治療した後があった。

 意識を失う前に俺達は確か――


「ダンジョンにいて、ゼロと契約して、石像が動き出したから魔法を撃って――」


 その後の記憶がまるでない。

 体にのしかかる倦怠感は、魔法を撃った反動だろう。


「――その後、魔法の威力に耐えきれずダンジョンは崩壊。二時間後におまえ達は発見された」


 ぶっきらぼうな口調と共に、カーテンを払ったのは夜見先生だった。


「先生……」


 彼女の顔を見た瞬間、俺は今更の思い出した。

 そもそもあんなダンジョンに潜っていたのは退学を回避するためじゃないか。

 しかしゼロと契約した今、それも回避されたも同然だ。


「見てください先生! 俺、ちゃんと精霊と契約しましたよ。これで退学はチャラってことでいいですよね!?」


 夜見先生は舌打ちした。


「……まったくもって面倒なことをしてくれたな、オイ」


 その表情は見るからに不機嫌そうだ。


「あのー先生?」

「ああそうだ。おまえが発見されたのは昨日――月曜の23時58分。私が出した条件にギリギリながら間に合っている」

「なのになんでそんなに不機嫌そうなんですかね」

「私が祝福するとでも思っているのか?」


 実のところ、ちょっと期待していた。


「勉強と度胸だけが取り柄のおまえのことだ。ソレが何なのか理解していない訳がないよな?」

「ソレじゃなくてゼロですよ」


 精霊をモノ扱いするのはどうもいただけない。


「やかましい。今、上の連中はてんやわんやだ。あくまで都市伝説に過ぎなかった無の精霊が本当に封印されていたんだからな。しかも契約したのがテオ・リーフときたもんだ」


 この意味が分かるか? と目で示され、ふむと考えてみる。


「つまり俺には秘められた力が――」

「あったらそもそも退学なんてさせるか。魔法の腕がぱっとしないどころかスタートラインに立ってすらいないおまえだから問題なんだよ」


 さらっと毒を吐かれたが、実際その通りなので反論できないのがつらい。


「中にはおまえと精霊の契約を破棄させ、別の魔法師と契約させろという声もある」


 ぐっ、やっぱりそう来るか。


「確かにゼロの力は強大です。けどちゃんと制御すれば――」

「ダンジョンをぶっ壊した挙げ句、授業スケジュールを狂わせまくることもなくなるってか?」

「……はい?」


 なんか、すさまじく不穏なことが聞こえたような。


「魔法を使ったと言ったな。一体何を使った?」

「えっと、なんだけ。確か天衣無縫って――」


 すぱーんと、思いっ切り引っぱたかれた。


「馬鹿者が! 地下で奥義レベルの魔法を使ったらどうなるかぐらい頭を働かせろ! 地下では周囲の影響が低い魔法を使うのが常道だと教えたろうが!」

「ぐっ……」


 確かにそれは、訓練用のダンジョンに潜る前に説明されていたことだ。

 そんなことを忘れているなんて、なんたる不覚……!。


「……ん? ダンジョンが崩壊したって言ってましたけど、それって俺が潜った方のダンジョンですよね。なんだって授業スケジュールが狂うって事になるんです?」

「鈍い奴だな。おまえが潜っていたダンジョンは、訓練用のも丁度隣にあったんだぞ? おまえが考えなしに大技ぶっぱなしたお陰で、訓練用ダンジョンは巻き添え食らってドカン、だ」

「……」


 ダラダラと、冷や汗が頬を伝っていく。


「まあ幸い、深夜ということもあって、巻き込まれたヤツは皆無だったがな」

「あ、そうなんですか。あー良かった……」

「で済むか。それは偶然に過ぎん。それだけの精霊と契約しておきながら、力を制御できないなんて知られたらどうなるか、おまえでも理解してるはずだろう」


 なんだってこの人は反論しにくいことばかり言ってくるんだ?

 教師かよ。

 教師でしたね。

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