第2話 タイムリミット
「はぁ~……最っ悪だ」
机に突っ伏すしながら、瘴気のような溜息を付く。
ネガティブなことを言うと気持ちが沈んでいくという事を聞いたことがあるが、本当その通りだ。
けど状況が状況なので、愚痴を零さずにはいられない。
夜見先生が定めた期限は一週間……余りにも短い。
問答無用で叩き出されるよりはマシだけど、それだとしてもギリギリの期限だ。
十五年の人生で一度も出来なかったことが、たった一週間で出来るようになるはずもなし。
夢を掴むためにこの学園に来たのにこの体たらくだ……
「テオえも~ん! ノート見せてよ~!」
そんな俺のセンチメンタルな気分をぶち壊す無神経な声の主が誰なのか、顔を上げずとも分かる。
もやしっ子の俺よりはしっかりした体つきと、狐のような目つきが印象的な彼は、数少ない友人の一人だったりする。
「なんだよロック。その気持ち悪い言い方」
「なんか知らねーけど、転生者のまじないらしいぜ。こう頼むと悩みが万事解決するとかよお。つーわけでノート見せてくれ」
きゅるーんと無駄に澄み切った瞳でこちらを見つめてくる。
非常に気持ち悪い。
「……」
渋々課題のノートを渡す。
「うひょ~サンキューマイフレンド。恩に着るぜ」
こう言うときの友達という言葉ほど軽いものはない。
ロックは俺の隣に座って、自分のノートに丸写しを始めた。
「あ、こらっ、丸写しするだけじゃ勉強にならんだろうが。せめて参考書と照らし合わせてだな」
「細かいこと言いなさんな。課題は出すのが大事なんだよ。ハッハッハ」
殴りたい、この笑顔。
「なんでこんなおまえが問題なしで俺が退学なんだ……」
「退学ゥ!? そりゃどう言うこった!?」
ぶったまげるロックに、職員室であった経緯を話した。
「はー……なるほどなぁ」
「納得するなよ」
「しちまうよ。なんだって精霊と契約できねーんだ? そっちの方が分かんねえよ」
本来、精霊と契約することはそこまで難しい事ではない……らしい。
誰とも契約していないフリーの精霊に声をかければ、大体それに応じてくれる。
魔法師をなろうと思わなくても、俺の歳であれば、大抵の人間が精霊と契約している。
「それを言うなら、なんでおまえはこの程度の課題を提出ギリギリで丸写しなんかしてるんだ?」
「それは言いっこなしだぜ兄弟」
肩をすくめるロックの『剣』をちらりと見やる。
その『剣』はロックだけではなく他の生徒――もちろん俺の腰にもぶら下がっている。
精霊剣と呼ばれるその剣の中には、それぞれが契約した精霊が宿っていて、魔法師はそれを使い魔法を行使する。
一昔前風に言うならば魔法の杖だ。
中には、チャクラムや大鎌など、どう考えても剣ではない武具も存在しているのだが、それも全て『精霊剣』とカテゴライズされている。
その証拠に、鞘に収まっているロックの精霊剣は、どう見たってハルバートだ。
適性も何もハナから精霊に相手にされていない俺の片手剣タイプの精霊剣は、精霊が宿っていないブランク状態。
契約した精霊が宿る宝玉は、いつも通りくすんだ灰色だ。
「しかし参ったなオイ。おまえが退学になったら、誰が俺に課題のノート見せてくれるんだよ」
「自力でやれよそれくらい……あーあ、ここに来れば俺と契約してくれる精霊がいると思ったんだけどな」
「現実は非情でしたってか?」
「やかましい。まったく、せっかく契約した時に備えて書いたと言うのに……!」
俺が取り出したボロボロの四冊のノートには『精霊と契約したら使いたい魔法リスト』と書かれている。
「うへっ、なんだこりゃ属性別に書いてあるじゃねーかよ。しかも魔法の名前だけではなく、その原理や使い方まで」
「ふっ、契約してしまえばこっちのもの。これらをすぐに使えるように頭に叩き込んであるからな」
魔法師は火、水、風、土の四大元素の中から、適性に合った精霊と契約するが、俺は自分が選べる立場ではないことは重々承知している。
だからこそ、どの属性の精霊と契約しても問題無いように全ての属性の魔法を頭に叩き込んだ。
強いて問題点を挙げるとするならば、これは完璧に取らぬ狸の皮算用と言わざるをえないということか。
そんなことを話していると、ふと、女子生徒が一人こちらの机に近づいてきた。
「あ、フィオナさんチョリーッス」
ロックが気さくに手を上げて挨拶する。
勝ち気な瞳と金髪のハーフアップが印象的なこの同級生の名は、フィオナ・ルザーク。
名門貴族ルザーク家の後継者であり、彼女もまた優秀なスコアでこの精霊学園に入学が許された優等生である。
おまけに凄まじく美人であるため、身分や性別関係無く生徒達の絶大な羨望と嫉妬を一心に受けているとかなんとか。
フィオナはロックにノートを見せている俺をちらりと一瞥すると、はあと大げさに溜息を付いた。
「これだから平民は……共に切磋琢磨する気力も無く、ズルズルと堕落していくのがお好みかしら?」
まーた始まった。
こいつはロックに次いで交流が多い生徒だが、ロックのような(わりとどうでもいい)友情ではなく、このような悪態を付き合うという、あまり健全とは言えない関係だ。
彼女の物言いこそあれだが、言っていることは間違ってはいないのが辛いところだ。
友人にノートを丸写しさせることを許容するのいいか悪いかと聞かれれば、間違い無く後者だ。
が、彼女の言い分を全面的に受け入れるのはシャクなので、ちょいと言い返してやろう。
「さっすが。学年二位様の言葉は重みが違うな」
ビキリとフィオナのこめかみから鳴ってはいけない音がした。
フィオナは確かに優秀な生徒だ。
彼女の使う魔法はとても美しい。
しかし入学試験は全て学力試験。
剣や魔法の腕は一切問わないという極めて限定的な環境下では、勉学一点特化型の俺には一歩劣るのだ。
うははざまーみやがれ。
もし場所が場所なら無礼者とギロチン送りにされかねないくらいの態度だが、精霊学園は実力を重んじるというふれ込みなので、ド平民の俺が貴族のフィオナに中指おっ立てても問題はない。
そのくせ貴族出身の生徒がデカい顔していたり明らかに親の圧力で入学しただろと思ってしまうような生徒がいるのは内緒だ。
「ふ、ふんっ。まさか精霊に相手にされない半端者に言われるなんてね。大きなお世話にも程があるわ」
「ぐべぼっ」
こ、こいついきなりジョーカー叩き付けてきやがった……!
「テオーッ! ひでえやフィオナさん。真実はちょくちょく人を傷つけるんだぜ!」
「……やっぱノート返せ」
ロックからノートを奪い取る。
「あぁ! まだ移し終わってねーんだよ!」
「それくらいは自分でやれ!」
ぎゃーぎゃーと争い始めた俺達を見たフィオナは、
「バカはバカ同士、抱き合って溺死するがいいわ」
そう吐き捨てて、去っていた。
「しっかしまあ、飽きねーよなおまえら」
俺からノートを強奪したロックは、ペンを走らせながら首を傾げる。
「飽きないって、何が」
「喧嘩だよ喧嘩。入学してからずっとだろ? ここまで毎日だと、仲が悪いのか良いのか分かんなくなるってもんだぜ」
確かに出会ったときから、俺達はかなりの頻度で衝突を繰り返している気がする。
いつからそうなったんだっけか。
「えーいやかましい。そんなことより、今はどうやって精霊と契約するかって話だよ」
このまま契約できずに退学なんてことになったら、フィオナは俺のことを一生半端者扱いするだろう。
彼女が年老いて人生を回想している際、
「そう言えばあの半端者はくたばったかしら。まあ生きていたとしても半端者だし半端な人生を送っているでしょうねオホホホ」
とか笑われたら目も当てられない。
なんとしてもあいつを『ぎゃふん』と言わせてやる。
その決意を胸に、俺の挑戦が始まった――!
――そして終わった。
既に四日が経過しているが、精霊剣は未だに
この四日間、俺は精霊と契約すべく様々な試みを行ったが、結果は芳しいものではない。
目に付いた精霊に片っ端から声をかけても駄目。
精霊が多く漂っている場所に、『我に精霊を与えよ』と言うプラカードを掲げてもみたが、一斉に逃げ出されてしまった。
そのほかの目論見も全て空回りし、契約には至っていないのが現状だ。
「やっぱり急に契約できるわけないんだよなあ……」
ボヤきながら、パラパラと本を捲る。
今日から休日なので、俺は図書室の住人になっていた。
地元では本は高額であり、図書館の品揃えが豊富ではなかったが、精霊学園の図書室はその比ではないレベルで本が揃っている。
腐っても魔法の最高学府の称号は伊達じゃない。
この知識の宝庫ならば、精霊と契約するヒントが隠されているのではないかと思ったのだ。
逆に言ってしまえば、もう調べ物するくらいしかやることが無いということでもあるがそれはそれとして。
これらの本によれば、俺のように精霊と契約できない人間は少なからず存在するらしい。
体内魔力の異常によって、精霊と契約すると体が拒絶反応を起こしてしまう所謂『精霊アレルギー』のが主なものだ。
しかしそれらは、精霊と契約するという段階には到達しているが、俺はそのスタートラインにすら立てていない状態だ。
精霊――特にエレメンタルは言語の疎通は不可能ではあるものの、朧気ながら自我を有している。
「つまり精霊は自らの意思で俺を拒絶してるってことだよな」
言っててもの凄く悲しくなってきた。
くあっと欠伸をする。
やけに目が痛いと思ったら、既に朝日が昇っていた。
図書館が二十四時間開放されていることをいいことに、徹夜をしてしまったらしい。
つまり五日が経過している――タイムリミットはあと二日と言うことなのだが。
「実質今日で決めないとマズいよな……」
明日からは学校が始まるしバイトだってある。
一日をフルに使えるのは今日しかいない。
本を補充すべく立ち上がった際に、僅かに体がよろめいた。
最後に食事を取ったのは――多分昨日の朝に食べたパンの耳が最後だったな。
栄養補給が必要であることは分かっているが、今は一分一秒が惜しい。
思い出したようにぎゅるぎゅる鳴りだした現金な腹を殴りながら、書架を廻っていく。
「……本当に、意味あんのかな、これ」
今更なことが、口からこぼれ落ちる。
本で調べたからと言って、有益な情報を得られるとは限らない。
第一その解決方法が分かったとして、それが実践不可能なものだったらどうだ。
例えば地平線の彼方にある精霊の楽園――大樹ユグドラシルに赴き祈りを捧げよ、なんて方法だったら、俺の夢は文字通り道半ばでタイムリミットを迎えることになる。
けど、全て諦めて何もしないと言うことはできなかった。
この諦めの悪さに結果が伴ってくれるといいんだけどと思いながら、書架を物色していると、ふと一冊の本が目に入った。
他の本のように趣向を凝らした装丁が無い、ただただ灰色の本。
引っ張り出してみると、表紙には素っ気なく、『Zero』とだけ書かれている。。
「なんだこの本。作者も出版社も書いてないじゃないか」
いわゆる同人誌というヤツか?
しかし決して質は悪くない。
デザインこそ素っ気ないものの、表紙の手触りも紙の質感も他の本に引けを取らない――むしろそれ以上ではないか。
試しに開いて、その内容に目を通す。
その本に書かれていたのは、とある精霊と、契約者達の物語――いや、記録だった。
「無の、精霊……?」
記録にあった精霊の名を呟く。
エレメンタルの上位種であるスピリットは、明確な自我を持ち、人や竜など様々な姿を持っている。
その属性も、四大元素から派生したもので、汎用性は劣るものの、その分絶大な力を得ることが出来るとされている。
〈凍結〉の精霊や〈剣〉の精霊など、伝説としてその名を歴史に刻む精霊の大半がスピリットだ。
この本に記録された、無の精霊もその一体に数えられる。
無の精霊は、今から五百年前まで活動していたスピリットだ。
「でもなんで、歴史の表舞台から姿を消したんだっけ?」
もの凄い勢いでページを捲りながら首を傾げる。
確かその強大な力を恐れた国々の連合軍の襲撃を受けて封印されたとかそんな感じのだったと記憶していたが、この本にも似たような顛末が描かれていた。
なんでも最期の言葉は、『まだだ、まだ終わらんよ』だったという。
往生際が悪いことはなんとなく分かった。
本にはまだ続きがある。
彼女が封印されて完結、という構成だと思ったのだが違うみたいだ。
「『次に彼女の手を取る者は』――ありゃ?」
本をブツブツ音読しながらページをめくると、そこには空白が広がっていた。
その次も、そのまた次のページも漂白されたかのように何も書かれていない。
「なんだこりゃ。落丁本かよ」
呆れて本を閉じようとして、少し前の授業で夜見先生が言っていた言葉を思い出す。
魔法に無意味なものは存在しない。
どんなガラクタだろうが『無』そのものだろうが何かしらの意味を持つ。
なぜそれが『無』であるのか考える頭を持て、とも。
「無い事にも意味がある、か」
まじまじど無地の本に視線を走らせた瞬間、ビリッと痺れるような感覚が指を走った。
「いって!」
思わず本を取り落とす。
手を確認してみるが異常は無い。
「静電気? にしては季節はずれだよな……ん?」
拾い上げた本には、地図らしきものが浮かび上がっていた。
無いはずのものが、そこにあった。
「この地図って、ここのだよな」
入学して数日で学園の構造は頭に入れてあるが、完璧にそれと合致していた。
どう言う原理か、地図の一部が赤く点滅している。
「ここに行けば何かあるのか……?」
例えば、封印されたスピリット、とか。
頭に思い浮かんだ仮説を頭を振って追い出す。
「いや、まさかな。さすがにそんな都合のいい展開があるはずがないだろ。まさかこの学園に無の精霊が封印されてるなんて超展開にも程があるってもんだ。精霊と契約するって言うのならそんな行き当たりばったりのギャンブルじゃなくてもっと堅実な方を取ったほうが決まっている――」
そう口では言いながらも、脚は地図が示す地点に俺を運んでいた。
口では否定していても、身体は正直だったようだ。
「ああくそっ、もう少し自重しろってんだ」
自分に文句を言ってみるが、好奇心が鎌首をもたげているこの状態では、テオ・リーフはブレーキを失ったも同然だ。
それは自分自身がよく理解している。
地図が指し示していたのは、校舎から少し離れた場所にある訓練用の地下ダンジョンだった。
このダンジョンは、擬似的な罠(非殺傷)やホログラムのモンスターが設置されていて、擬似的ながらも限りなく実戦に近い訓練を行うことが出来る。
ダンジョンで倒したモンスターの数を競い合うのも、生徒間で人気のゲームだ。
魔法が使えない俺は、今まで倒したモンスターの数は両手に収まるほどしかないので毎回ブービー賞だったという事実はさておき。
ちなみに一位の常連は、非の打ち所がない悪徳を持つ優等生、フィオナ・ルザークである。
「見てろよフィオナ。俺だって精霊と契約したら、あっと言う間に追い越してやるぜ」
瞬間、本が光を帯び始めた。
「な、なんだぁ!?」
驚きの声を上げるのと同時に、地面が揺れ、ダンジョンの入り口が横にズレる。
カートリッジを交換するかのように、まったく新しいダンジョンに切り替わった。
そこからぽっかり口を開けているのは、俺が慣れ親しんだ比較的整備されたダンジョンではない。
湿気を多く含んだかび臭い臭いが鼻を突く。
久方ぶりの挑戦者を飲み込まんとしているかのように、暗闇が広がっていた。
ごくり、と唾を飲み込む。
引き返すのならば今しかない。
一歩脚を踏み込もうものなら、ただではすまないという確信があった。
最悪死ぬかもしれない。
こんな隠しギミックで現れるダンジョンの難易度が低いなんてことはそうそうないだろう。
だが――
「――引き返したからって、何があるって言うんだ」
決まっている。
学校を叩き出され、実家に連れ戻された挙げ句、定食屋を継ぐ羽目になると言う未来だ。
何かもなげうってこの学園に入学したのに、そんな結末はあんまりだ。
あと二日でなんとかできるなんて楽観論はとっくに捨てている。
少しでも可能性があるのならば、例え死と隣り合わせでも賭ける価値はある。
人間は遅かれ速かれ死ぬのだ。
ならば、不完全燃焼で終わるよりみっともなく最期まで足掻いてやる。
何より、俺は知りたかった。
この暗闇の先に何があるのか。
もしも、この本に記録された無の精霊が封印されていたら――?
契約出来なくてもいい。
せめてその姿をひと目見たい。
なんなら彼女が使う無属性魔法とやらをこの目でしっかりと焼き付けたい。
そしてノートに記録したい。
「やってやる……やってやるぞコラァ!」
誰に対してだか分からない叫びと共に、ダンジョンへと足を踏み入れた。
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