零の精霊剣

悦田半次

第1話 退学の危機

「――テオ・リーフ。おまえは退学だ」


 煙草臭い部屋の中で、俺は担任の与田切夜見よだぎりよみから死刑宣告を受けた。

 教師一人一人にあてがわれた職員室に呼び出されて一分もしない間の出来事である。


「今なんて?」


 聞き間違いであることに一縷の望みを託し、もう一度聞いてみる。


「聞こえなかったか? 退学だと言ったんだ」


 望みが消えた。


「いやいやいや。おかしいですよね! なんだって入学から一ヶ月で退学なんですか俺!? そこまで問題を起こした記憶なんて――」

「テオ、おまえはここがどんな場所なのか分かっているか?」


 夜見先生はナイフのように鋭利な視線を俺に向ける。

 その様は教師と言うより殺し屋と言われた方がしっくりくるくらいの迫力だ。


「そりゃ、シードリング精霊学園ですよね。この国最大レベルの魔法師の育成機関って触れ込みの」

「その通り。では、魔法とはなんだ?」


 今更過ぎる質問に内心首を傾げる。


「精霊と契約することで行使が可能になる神秘ですよね?」


 教科書通りの面白みのない答えだが、間違ってはいないはずだ。

 脳内で構築したイメージを契約した精霊を通して具現化させる神秘。

 それこそが魔法だ。


「正解だ。という訳で退学だ」

「待ってくださいその論理はおかしい。第一、俺成績は悪くないはずですよ。入学試験だって一位だったじゃないですか!」


 今もその学力をキープし続けているし、そのレベルで退学だと言うのならば、他の学友達ももれなく退学一直線のはずだ。

 それなのに、職員室に呼び出されたのは俺一人だけとはどう言うことだ?。


「本当に、心当たりはないのか?」

「まるでありません」


 嘘だ。

 一つだけ、致命的な心当たりがあった。

 その現実から全力で目を背けたが、現実は逃れられないから現実な訳で、


「まだ分からんとはな……精霊と契約できない、つまり魔法を欠片も使えない貴様を、この学校においといてやる義理などないんだ」


 ぐえっと喉の奥から悲鳴を上げた。

 そこを突かれると凄まじく痛い。

 俺は魔法を愛している。

 精霊を愛している。

 彼らと契約して行使できる魔法は、無限の可能性と浪漫を秘めている。

 そうでなけりゃ、わざわざ家出同然でこの学校に入学しようなんて思わなかったし、実行しなかった。


 しかし悲しいかな、俺は生まれつき精霊から嫌われていた。

 精霊と契約できないということは必然的に魔法も使えない。

 魔法も使えないと言うことは、この学校に通う意味がない――そう夜見先生は言いたいのだろう。


「で、でもそう言う生徒にチャンスを与えるのが教育ってもんじゃないんですかね」


 夜見先生は無遠慮に、葉巻の紫煙を吐き出した。


「本来であれば、まだ悠長に待ってやることだってできたんだ。だがおまえは特待生……つまり存在するだけで金がかかる。存在するだけで金が入ってくる他の生徒とは違ってな」


 精霊学園では特待生制度が導入されていて、入学試験で優秀なスコアを叩き出した上位十名は、学費の支払いを免除される。

 ド平民の俺にとっては救いの手のような制度だ。


「そもそも特待生って言うのは一種の投資だ。そいつが魔法師として大成すれば、この学校の株も上がる。だから今のうちに恩を売っておこうっていうのがこの制度の実体だ。で、おまえは学校にどのような利益をもたらすんだ、えぇ?」

「そりゃもちろん。俺だって魔法師として大成してこの世界に名を轟かせるのが夢ですからね」

「精霊と契約できないのにか?」

「やめて! 現実を叩き付けないで!」


 この学校に入学したのは、ある意味最後の賭けだった。

 魔法の最高学府と名高い精霊学園ならば、俺と契約してくれる精霊がいるはずだと。

 が、入学式が終わり、未契約の生徒を対象にした契約の儀式の結果は『スカ』。

 あの時の微妙な空気を、俺は一生忘れはしない。

 あの時自分を嘲笑(もしくは爆笑)したクラスメイト共の名前と顔は全て暗記してある。


 見てろよ今にギャフンと言わせてやると闘志を燃やしたが、気付けばそれも不完全燃焼で終わりかねない事態にまで追い詰められていた。


「そこまでこの学園に残りたければ学費を払え。そうすれば万事とまではいかないが解決だ」

「それが出来ないことくらい先生も分かってますよね!?」

「分かってて言ったんだ」

「最低だ!」


 精霊学園の学費は平民にも払えないこともないが、決して安い額じゃない。

 ただでさえ早朝のアルバイトでアパートメントの家賃と生活費を捻出するだけで手一杯なのに、そこに学費が加わろうものなら勉強どころではなくなる。

 実家に援助は期待できない。

 家業を継がせることしか頭にないあの頑固親父が払ってくれるとは思えないし、連絡を取ったら最後、妹が飛んできて強制連行されることは目に見えている。


「貴族のお偉方からも色々お達しがあってな。あんな不適合者を在籍させるためにうちの子を落としたのとか。さっさと追い出してうちの子を入れろさもないと支援金を――おっとここらへんはおまえには関係ないことか」

「くっ、これが階級社会の闇か……!」

「はっきり目に見えるだけマシだと思え。さっさと荷物を纏めろ。さもないと不法侵入者扱いで殺すぞ」


 夜見先生の手の中で重々しい輝きを放つのは銃とかいう武器。(なんちゃらレイジングブルっていう名前だっけ)

 どっからどう見てもこの世界に相応しくない代物だった。

 それもそのはず、この変わった名前の担任教師は、異世界からやってきたと言う珍しい経歴の持ち主だ。

 異世界の住人はどいつもこいつも、こんな武器を持っているのだろうか?

 いやはや、物騒な世界だ。


「いくらなんても待遇が極端すぎるだろ……」


 確かに退学になったら無関係者と言うことにはなるのだけど。


「本当に退学させる気ですか?」

「冗談でこんな労力を割くと思うか?」


 思わない。

 その気になれば、夜見先生は容赦なく引き金を引くだろう。

 だが俺もここで引くわけにはいかない。


「お願いです。俺、本気でこの学校に来たんです! こんなところで終わりたくないんです! だから、あと少しだけでいいからチャンスを下さい!」


 張り詰めた糸のように緊張した空気が流れる。

 これでも駄目だというのならば、土下座か泣き落とししかあるまい。

 実力行使や賄賂という選択肢が出て来ない――そもそもそんなことをする力を持っていない自分がなんとも情けなかった。

 しばらくして、先生は銃を下ろした。


「……分かった。私も鬼ではない」

「どっちかっつーと悪魔ですよね」


 再び銃を構えられ両手を挙げるホールドアップ


「一週間だ。一週間以内に精霊と契約しろ」

「一週間!?」

「不満だろうがなんだろうが、それが最終期限だ。無理なら容赦なく叩き出す」


 話はこれで終わりとばかりに、夜見先生は煙草を灰皿に押し付けた。



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