第五章本分一

それから二日が過ぎた。

そこには、悩み憔悴する佐久間がいた。

全幅の信頼を得ていた院長から突き放され、植草隆二の自宅へ行く羽目になった。考えてもみないことだ。それでも愚図りつつ漸く決行した。佐久間にしてみれば、そんな思いで訪問したのだが、結果的には回収できなかった。

眉間に皺を寄せ振り返る。

社会的に認知され院内でも敬われる俺が、まさか雑用ごとで患者の自宅へ行く羽目になった。

何とも哀れな思いであり、割り切れぬ屈辱であった。

訪問当日を反芻する。

そうは言っても、院長の厳命だ。俺が執刀した患者だから仕方ないが、くそっ、それにしても情けない。

そう嫌悪感を抱きつつ、白紙のオペ同意書を持ち、運転免許証上の現住所へと向う。とは言うものの、こんなことは始めてで要領得ない。とにかく住宅地図を買い、それらしき住所を地図上で調べ訪問した。

簡単にはいかなかった。人に尋ねるのは不慣れであり、容易に見つけられない。おまけに運転免許証上にアパート名が記載されていないため、当該番地へ行けど分かろうはずもない。だいいち佐久間自身、住む家がアパートという観念がなかった。それでも自分なりに必死に探した。ここぞと思う地番を行ったり来たりし、幾度も見て回った。勿論、彼の感覚でである。容易に探し当てられない。

さもあろう。

表札が架かっているという思い込みが、探すことの障害になっていた。また自宅というものを、戸建てもしくはマンションと端から念頭にあるため、表札をくまなく見て廻るもない。

一般常識を持たない彼にとって至極当然である。一軒一軒覗き込むように確認したが、見つけることが出来なかった。マンションでも同様である。すれ違う者から見れば、彼の行動は怪しげに映る。ぎこちない様子だからだ。ただ、医者であるというプライドを捨てさえすれば、周り近所の商店主にでも聞けるはずである。当初はそれを許さなかった。だが、探し回るうち疲労困憊した。慣れぬことゆえ当然の結末である。やがて佐久間は、そのプライドを捨て八百屋の店先に立つ。

「いらっしゃい!」

威勢のいい声が飛んできた。佐久間にしてみれば、買い物で寄ったわけではない。慌てて尋ねる。

それもぎこちなく。

「あの…、買い物に来たわけじゃない。尋ねたいことがあって立ち寄っただけなんだ」

無愛想に告げた。すると客でないことが分かり、急に胡散臭そうな対応に変わる。

「なに、買うんじゃないの。それじゃ何だね」

つっけんどんな物言になった。要領悪く尋ねる。

「悪いが、ここいら辺に植草隆二が住んでいる家はないかね。探しているが見つからず困っているんだが」

「植草隆二…。そんな奴は知らんね。ところであんた、そいつとどういう関係なんかね」

更に、何者かと言わんばかりに不審がられた。仏頂面の佐久間が、己の立場を告げる。

「いや、じつは。横浜日々病院の佐久間という者だが、彼を執刀した担当医でね。その関係から自宅へ訪問しようと思い、こうして探しているんだが、見つからず困っているんだよ」

すると思い出したのか、店主の目が変わる。

「ええっ、もしかして…。あの、何時ぞや新聞に載っていた。交通事故で瀕死の若者を救った、あの有名な先生でいらっしゃいますか?」

「まあ、そのような者でして…」

「そうでしたか!」

態度ががらっと変わり、敬うような物腰となる。

「それは、それはご苦労様です。そうとは知らず、ぶしつけな振る舞いで、あいすまんです」

低姿勢になり店主が引っ込み、そこに薄汚れた顔の女房が手揉みして、奥からしゃしゃり出てきた。

「うちの亭主が愛想悪くて申し訳ないね。それでその尋ね人、何と言いましたかね?」

「は、はい。植草隆二という患者でして」

「そうでしたね。確か交通事故で大怪我したって、新聞やテレビで見ましたけど」

「ええ、重体でした。まあ、ちょうど私が当直していて、緊急オペを施して命だけは取り止めました」

「そうですか。そんな偉い先生に、うちのぼんくらが失礼な物言いして、あいすみませんでした」

「いいえ、こちらこそ。尋ねごとは不慣れなもので失礼した。私の方こそ、お詫びをせねばなりません」

かしこまり謝られ、おかみが恐縮する。

「いやいや、何をおっしゃいますやら。それはそうと、最近見ないと思ったらあの兄ちゃんでしたか。何時も大型バイクに乗って、店の前を通るもんですから。怪我して入院していたんですか」

「はい。それで住まいは、どちらだか分かりますでしょうか?」

「ああ、そうよね。ええと、確か四丁目の磯田荘アパートの、二階に住んでいるはずですけど。ちょっと待って下さい」

店奥に座る店主に聞く。

「ねえ、あんた。植草隆二って、確か四丁目の磯田荘にいる兄ちゃんよね!」

「ああ、そうだ!」

「あの兄ちゃん大怪我して、この偉い先生様に助けて貰ったんだって」

かみさんの告げに、奥から戻る。

「そうだってな」

「ねえ、先生。確か間違いなく、四丁目の磯田荘に住んでいる兄ちゃんですよ」

アパートに住んでいるとは思いもよらず、佐久間はぽかんと聞いていた。そして尋ね返す。

「その磯田荘ですが、豊田町四丁目三○六番地で宜しいんでしょうか?」

「ええと、ちょっと待って。ねえ、あんた。植草隆二って、先生が言った住所でいいんでしょ!」

「ううん、ちょっと待ってくれ」

汚れた町内地図で調べる。

「そうだ、その住所で間違いない。あのおんぼろアパートだから、行けば分かるよ」

亭主の返事に女房が絡ませる。

「先生、そう言うことです。行けば見つかりますから。念のため、地図を書いてあげるよ。ちょっと待ってな」

「それはすみません。とんだ迷惑をおかけして」

「いいんですよ。これしきのこと、先生のやっていることに比べりゃ大したことじゃありませんから」

紙切れに、たどたどしく略図を書く。

「ほれ、こんなもので悪いんだが、ここをこうして行けば分かるから」

示し手渡した。

「すみません。これは助かります。これで何とか見つけられそうです」

ほっとして、礼を告げ八百屋を後にした。直ぐにそのアパートは見つかった。何度も通り過ぎたところである。築三十年は経つであろう古いアパートだ。佐久間にしてみれば端から探す対象ではなく、くまなく見て廻りはしたが、固定観念に阻まれ見過ごすしていた。

アパートを見つめるが、直ぐ我に返り先程教えて貰った通り二階へと壊れそうな階段を上る。ひと部屋つづ表札を見て廻った。表札といってもいろいろだ。ほとんどが紙片に苗字だけ記されているものばかりである。四部屋目に着いた時、汚れ朽ちかけた紙片が錆びた画鋲で止められていた。かすかに残る文字で「植草」と書かれているのが読み取れた。

佐久間が足を止める。

やっと見つけたが、何とも言い難い落胆色の息を吐く。郵便受けらしきものには、チラシや変色した新聞が溢れんばかりに詰め込まれ、なかには通路に落ちているものもあった。見たところ人が住んでいるようには見えない。それでも気力を振り絞り、ドアをノックした。何の返事もない。二、三度試みたが同じだった。

何としたものか。誰もいないのか。せっかく探し得たというのに、これでは話にならんぞ…。

部屋の前で思案するが、結論はでない。

「どうしよう、このまま帰るわけにもいかんし…」

溜息混じりに呟いた。熟慮したところで、名案が浮かぶわけではない。結局、どうしてよいか分からず、思い余って再びノックし呼ぶ。

「植草さん、植草さん。いらっしゃいますか!」

何の効果もなかった。周りを見廻わすが、どちらの部屋も出てくる気配がない。数度試みるが、呼び声とドアを叩く音が空しく響き渡るだけだった。

それにしても…、いや、もしかして家族の者が出かけているのかもしれない。

少々期待するが、直ぐに萎えた。そんな気配が漂ってこないのだ。この散乱状態から覗えば、見るからに独り者が住んでいる感じである。

しかしこの部屋には、植草隆二しかいないのか。それでは待てど会えるわけがないし…。

仕方なく、郵便受けを調べ出す。チラシ類や古びた新聞、それらに混じりサラ金からの督促状が出てきた。更に内のものを引っ張り出すと、その中から封筒が出てくる。宛名は植草隆二様とある。裏を返えすと、横浜日々病院の差出人名が目に留まる。

ううん、なんだこれは…?あれっ、精算業務課から出されたものじゃないか。

封筒の表を見直すと、請求書在中と印刷されていた。

これは…。そうか、請求書だ。

周りの気配など眼中にない。更に取り出してみると、今度は業務部名差出の封書が出てくる。

うむ、オペ同意書ではないのか?。確かに同意書類の郵便物は、多田が業務部を通じて発送したものだ。間違いない。

凝視する封筒の中身が、喉から手が出るほど欲しいものである。勿論、署名捺印された同意書を想像してだ。

「これじゃ、戻ってくるわけがない」

思わず漏らす。手に持つ束の中から、また業務部の変色した封筒が出てきた。そしてもう一度郵便受けを覗くと、奥の方に折れ曲がった封筒を見つける。取り出すと、精算業務課発送の請求書在中封筒だった。

おいおい、何てこった。こんな奥に入ったままじゃ、どうしようもない。

折れ曲がった封筒を延ばし消印を見る。

うんにゃ、これは…。

思わず絶句した。発送日が三ヶ月前である。改めて精算業務課から出されたもう一通の日付を確認すると、二ヶ月前の消印だった。そして、他の郵便物の消印を見直す。どれも古い日付のものばかりで、なかには一年前のものも出てきた。

うむむ…。

何とも言い難い、空しさが込み上げてきた。大きな溜息をつき、出した郵便物を戻し始める。入りきれないのか、それとも無造作に詰め込んだせいか、数枚のチラシと督促状が零れ落ちた。

「おっと、いけねえ」

ついと漏らし、郵便物を拾い上げ無理矢理押し込んだ。

こりゃ、どうするか。ここで待っていても、こんな状態じゃ人が帰ってくることなどありえん。困ったな…。ちょっと、考えが甘かった。まさか、こんな状態だとは思わなかった。

佐久間にはこの後どうしてよいか、算段が思い浮かばないばかりか、疲れが顔に漂っていた。オペ同意書の徴求どころではない。住人に会うことすら出来ないでいる。突然にしろ、植草の自宅へ来たことが、何の成果もないまま徒労に終わろうとしていた。落胆色の溜息が漏れる。

「参ったな…」

視線を部屋の鍵穴に落とし、もう一度ノブを廻してみた。動かない。仕方なくドアを叩き、かすれ声で呼ぶ。

「植草さん、植草さん…」

返事などない。ノックした手をだらりと下げる。一挙に疲労感が広がっていた。

どうしたらいいんだ…。

堂々巡りのように、頭の中が回転しだし整理できる状況ではない。特急電車がダイヤを無視して走るようなものだ。それでも、行き着くところは決まっている。

院長に、どう説明したらいい。在りのままを報告するしかないのか。

言い訳染みたものとなる。

「くそっ!」思わず吐き捨て、頭を激しく振った。

やりきれないのか、それとも業を煮やしたのか、自分でもはっきりしないが、いずれにしろこの場にいること自体が無駄であることを知る。どうにもし難く、部屋の前を離れる。同意書の回収も出来ず、俯き歩く姿は何とも哀れな後姿だった。時折、未練がましく振り返っては、悔し気な視線を投げた。

そして携帯電話を取り出し、院長にこの状況を報告しようと、発信ボタンを押す。呼び出し音がなり、受付嬢の声が耳に入ってくる。

「有り難うございます。横浜日々病院でございます」

一瞬、躊躇う。

「…」言葉が出ない。

「もしもし、横浜日々病院でございますが。もしもし…」

続けざまに応答されるが、結局返事をせぬまま切った。

「佐久間だが、吉沢院長をお願いします」そのひと言が告げられない。激高する院長の声が、耳の奥にこびり付いているのだ。

「何だ、誰もいない?オペ同意書が回収できないだと。何を考えている。そんなことで帰ってこられるのか。何とかしろ、回収できるまで戻るな!」

そんな暴言が響いてくるようだった。

どうしたらいい。弁解するにも事実を説明したところで、理解はおろか受け入れてくれはしまい。どうしよう…。

空ろな目で街の明かりを追いかける。その時である。頭の中で閃く。

そうだ、持って帰ろう!

思いつくや、踵を返していた。再び植草の住む部屋の前へと来る。息を切らしながら、溢れる郵便受けから郵送物を取り出す。

こ、これだよ、誰も住んでいない証が。ほれ、業務部発送の封筒だ。これを持って帰れば、院長だって認めてくれるかもしれない。

一縷の望みを持ち、チラシや督促状を退け同意書の封書を取り出すと、連れて他の郵便物が通路に落ちた。その中に精算業務課から発送された請求書在中の封筒が目に止る。何の考えもなく拾い、辺りの様子を確認して共に鞄へと入れた。何となく後ろめたい気もしたが、躊躇わずぼろアパートを後にした。

佐久間は疲れていた。このまま自宅へ帰ろうと思ったが、そうもいかず、重い足取りと憂鬱な気持ちを抱え病院へと戻っていった。

しかし、疲れたな。今までこんなことをしたことないし、やっと探し当てたと思ったらこの有様だ。まったく参ったぜ。草臥れ損をしただけで、何にも解決していないじゃないか。このまま戻り状況を説明するにしても、労いの言葉など貰えるわけがない。それどころか、更に激怒し灰皿を投げられるんじゃなかろうか。

考えると気が重くなった。そのうち歩き廻ったせいか、足の裏が痛くなる。更に膝や腰の関節も併せて痛み出した。

ああ、嫌だ。どう説明すればいいんだ。先ほどの言い訳が甦る。「やっと探したが、誰も住んでいず…赫々云々。だからオペ同意書は取れませんでした。誠に申し訳ございません」などと釈明したところで許されるわけがない。ああ、何とする…。

歩く速度が落ちた。やがてその足も止る。

同意書に署名さえあれば。こんな辛い思いをせずにすんだのに。くそっ、どうしてこんな裏方の仕事をやらにゃならんのだ。まったく忌々しい。それにしても、汚ねえアパートだった。よくあんなところに住んでいるな。健康な人間だって病気になるぜ。それにしても、サラ金からの督促状が随分あったな。あれじゃ、オペ代や治療費の支払いなんか出来るわけがない。

それにしても、糸川の奴が調子のいいこと言っていた。こんな有様じゃ、単なる張ったりとしか思えん。「万事怠りなく請求業務をやっている」だと、嘘つけ。ぬけぬけと、よく言うよ。

それに、オペ同意書依頼の封書が、二通も入ったままになっていた。これじゃ糸川の悪口も言えねえか。どっちもどっちだからな。けど、俺の方は人命に関わる重要書類だ。取れないではすまされない。けど、奴を執刀したおかげで、社会的名声を得たのも事実だ。それを考えれば、万が一同意書の未徴求が世間に知れたら、それこそ大変だ。病院の信用は傷つき、俺の名声だって地に落ちる。

うむむ…、そうなったらどうする。いや、とんでもない。そんなことは絶対にさせん。とは言え、どうすればいい。植草さえ意識が戻れば、署名して貰えるのによ。そうなれば、こんな煩わしい事ともおさらば出来るんだが。

しかし、奴は今だ意識がない。それどころか、病状から診ればその望みさえ希有ではないか。このままとはいかないし。そうかと言って、親族すら現れない。大切な命を救ってやったのに、誰も来ないとは何たることだ。

いや待てよ。そう言えば、糸川がほざいていたが。「病院を強請るつもりで、意図的に現われないのでは」とな。ひょっとして、これは何時か突然来て、強請る魂胆かも知れんぞ。その機会を、虎視眈々と狙っているのか。そのターゲットが、この俺か…。いや、とんでもない!

否定しつつ、負の憶測を振り払うように激しく頭を振った。

くそっ、オペ同意書に署名さえあれば。それにしても、あのぼろアパートに身内でも居れば回収できたかも知れないのに。しかし参ったな。

また歩き出すが、歩く速度が遅くなった。両肩がぐっと重くなる。首を廻し、また立ち止まる。その時閃く。

あいや、ちょっと待て。ううん、そうだ。いいことを思いついたぞ。植草が運び込まれた時から、ほぼ俺一人でこなしていたんだ。少なくてもオペ開始から三、四時間は。そうだよ、早朝未明だったからな。

そうだ、この手があるじゃないか。これなら別に鑑定されるわけでもないし、バレるはずがない。

その秘策を反芻し出す。

どうして今まで気づかなかったんだ。幾多の手術を行ってきたが、その都度徴求してきたオペ同意書など、経過報告書かカルテに添付されていれば、疑われることなどないんだ。

それも、俺が担当した患者の分なら尚更だ。うむむ…。よしっ、この手でいこう。そうだ、院長にはこの策で処理することで、承諾して貰えばいい。このまま決算を迎えれば、俺の域に止まらず病院全体の問題になろう。万が一、三流雑誌に嗅ぎつけられたら、由々しきことになる。それだって、糸川の言うことが眉唾でも、絶対にないとは言えない。その証拠に入金もなければ、親族から物申してこないではないか。

だから、これ以上未徴求のままではいかんのだ。そうであるなら、この策を院長とて駄目とは言えまい。この件は、私が責任を持って処理し、病院には迷惑をかけないと固く約束すれば、分かったとは言わず黙って頷くだろう。後は精算業務課に渡せばすべて解決する。この秘策を院長黙認で決行すれば、ことは丸く収まる。この厄介な棘も喉下から抜くことが出来るんだ。

そこまで突き詰め、改めて大きく深呼吸をする。

その後、親族から連絡が入ろうと、こうして発送した封書は回収してきたし、問題はなかろう。植草宅の郵便受けに溜まっていたのが幸いしたと言ってもいい。誰もいなかったのは、逆にラッキーだった。が、こうして無駄足を踏んだわりには、解決させるヒントを得たことで、無駄ではなかったようだ。まあ、請求書封筒まで持ってきたのは、少々やり過ぎの感はあるが、後で役立つかも知れん。

何やら目の前が明るくなっていた。すると、背筋がしゃんと伸びる。

一時はどうなることかと思ったが、何とか解決の糸口を見い出せたようだ。さあ、早く戻って院長を説得しよう。

足取りが見違えるほど軽くなっていた。だが直ぐに不安になる。

しかし、院長が了解するだろうか。ひょっとして、「そんなことを考えるとは、何たることか!」と一喝するかも知れん。うむむ…。

そうなったら、振り出しに戻ってしまうか。いや、その時は逆に開き直ればいい。何せ問題は、俺一人の範疇で済まされる域を、とっくに越えているからな。このまま行けば、当然院長の責任にも及ぶ。そこを突けばいい。

頭脳が冴えていた。

よし、この線でいこう。

そう決意し歩み出すが、今度は別のことでまた立ち止まる。

うむ、待てよ。どうも糸川の動きが気になるな。何かあるのではなかろうか。確たる証拠はないが、どうも前から裏で悪しきことを企てているような気がする。もしかしたら、院長を炊きつけているのでは。奴には、そうせざろう得ない何かを抱え、それが露見しては困るため、その矛先をオペ同意書の未回収問題に向けているのか。分からんが、そんな気がしてならない…。

そこまで憶測するが府に落ちず、また歩き出す。

どうも、そうとしか思えん。それなら尚更、この秘策を成功させねばなるまい。奴に何かの弱みがあるなら、ここは院長の力を借りて強引にでも秘策の同意書を受け取らせねばならんだろう。

握り拳を固め、決意を新たにする。

そうだ、それしかない。ここまで来てこの策を反故にするわけにはいかない。

力強く頷き、病院へと戻っていった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る