第二章くわだて一
少々手こずったが、どうにか仕上げたぞ。これで期末決算は乗り切れる。手順に則り、不突合患者に混ぜて提出すればいい。どうせ部長らなど、素人同然の目くら判だからよ。
それに、例の手配も段取れたし、そろそろ幕開けといくか。二人の女を手懐け、ここまでくるのに二週間かかった。決算の提出期限まで一ヶ月を切ったし、ここいら辺で一発花火を打ち上げておかにゃならんな。
自席で経緯を辿りつつ胸中で漏らし、自信有り気に頷いた。そして、やおら声をかける。
「佳織君、ちょっと来てくれんか。そうそう、例の書類も持ってな」
「はい」
植草の書類を携え来たところで告げる。
「それじゃ、これから佐久間先生のところへ行こうか」
「分かりました。お供します」
「ところで、佳織君。連絡してあるよね?」
「ええ、本日の午後二時と言うことで、先日専属事務の多田さんを通じアポを取っておきました。今朝も再確認し、その時間帯にはオペが入ってないそうです」
「そうか、ちょうど十五分前だ。少し早いがいいだろう。五分ほど再打ち合わせも出来るし」
二人して席を立った。するとその後姿を、勘ぐる眼差しで恵理子が見送る。さもあろう、彼女にしてみれば佳織はライバルだ。糸川との関係は知っている。ただ、面と向って問い質せない。女の性がそうさせている。それに糸川の立ち回りから、佳織との密会現場を押さえたわけでもない。そこに、もう一歩踏み込めない理由があった。
糸川と佳織の関係は噂が絶えない。ただ、女の六感は鋭い。彼が二股かけていることは、臭覚で嗅ぎ取っている。だから、同時に出かけることは、直ぐに怪しいと嫉妬心が湧くのである。
その感は当たっていた。
午後二時面会であれば、五分前に出れば充分である。それを十五分も前に出たのだ。糸川らは近くの接客用応接室を借りていた。
「さあ、先生と会う前に、もう一度復習しておこうか」
「ええ…」
二人は言葉少なに応接室に入った。すると、いきなり唇を合わせる。勿論、最初からそのつもりでいた。糸川の手が佳織の尻を揉み、豊満な胸を弄る。彼女は糸川の下半身に指を絡めだす。互いに上気しひと時の快楽を貪り、声を出さず唇を絡め合う。
耐えられなくなった佳織が、「ああ…」と喘いだところで身体を離す。そこまでである。それ以上進めば、このままでは終われない。
そこは互いに承知している。後は夜まで待ちホテルへ引け込み、艶めかしく発散すればいい。応接に向かい座り、大きく深呼吸をした。佳織は乱れかけた服を直し、手鏡でルージュを引き直す。
糸川が念を押す。
「今回の段取り、分かっているよね。この前打ち合わせた通り頼むよ」
「ええ、それより今夜、何時もより可愛がってくれる?」
「何を言っているんだ、こんな時に。決まっているだろ」
「嘘じゃないわね。私、知っているんだから。もし手を抜いたら、どうなるか分かっているでしょね?」
糸川が惚ける。
「あれ、何のことだ。俺にはさっぱり分からねえな」
「何、惚けるのよ。この前の言い訳で、私が許しているとでも思っているの。浩次ったら甘いわよ」
「まあまあ、いいじゃないか。それよりも、これから佐久間先生のところへ行って君を紹介するから、手筈通りやってくれよな」
「でも、約束しなければ先生のところへ行かないわ」
「何を今さら、そんなこと言うんだ。それじゃ計画通りいかないじゃないか!」
すると、佳織が惚ける。
「そうね、そう言うことになるわね」
「冗談じゃないよ。佳織、お前を愛している。だから今夜だって、可愛がってやると言っているんだ。それでいいだろ。それをどうして困らせるようなこと言う。この場に及んで行かないなんて言われたら、どうにもならなくなるじゃないか」
慌てる糸川を尻目に、鼻を鳴らして強請る。
「私…、だけを愛してくれなければ嫌なのよね。二股なんかかけられたら、悲しくて死んじゃうわ」
「何を言うんだ。俺はお前しか愛していない。それは今までで分かるだろ。いや、確かに二股をかけていた。すまない、正直に白状する。けど、本気じゃない。遊びだ。本当に愛しているのは佳織、お前だけだ。だから困らせないでくれ。これからはお前だけを愛し続けるから」
「本当、私だけを愛してくれるの。他の人は見ないわね」
「ああ。だから、これから一緒に行ってくれ。頼む!」
佳織に向い、手を合わせた。
「それなら、分かった。但し条件があるわ。それを聞いてくれなきゃ、たとえ行っても言う通りにしないから」
「またそんなこと言って。そう我侭言うなよ」
「あら、そういう言い方するんだったら、あなたに従わないわ。さあ、どうする?」
糸川が渋々了承する。
「分かったよ、もう勘弁してくれ。君の言う通りにするから、何でも言ってくれ」
「それだったら最初から素直に、そう言えばいいのに」
「分かったから、もう勘弁しろよ」
「そうね、あまり困らせても仕方ないし、それじゃ言うわよ」
「しかし、参ったな。せっかく筋道立て考えたのに、旨くいかねえな。それにしても君には負けるよ」
「それじゃ今晩、私のことだけ考えて、他の女のこと考えちゃ嫌よ。それで死ぬほど激しく抱いて欲しいの…」
「ええっ、そんなことかよ」
意外な要求に、あっけに取られていると、「あら、駄目なの?そんなら、あなたの言うこと聞かないわ」口を尖らす。
「あいや、失言だ。だから許せ。それなら、気が狂うほどいかせてやる、あそこの奥底まで突っ込んでやるさ」
「まあ、嫌だ。課長ったら、いやらしいんだから。そんな具体的に言わなくてもいいの。恥ずかしいわ…」
照れて俯いたところで告げる。
「さあ、そろそろ行こうか。ちょうど二時だ。佐久間先生を待たせちゃ気の毒だからな」
「そうね」
案の定、打ち合わせなどせず佐久間の部屋へと向かった。
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