翌日の朝がやって来た。

糸川は何時もより早く出勤した。その眼は昨夜の戦果を表わし腫れているが、顔艶は生き生きしていた。早く出社したのは、課員が出勤する前に、今日の段取りを整理しておきたかったからだ。

昨夜帰宅したのが、午前一時を廻っていた。今朝起きたのが六時である。睡眠が五時間ほどだが頭は冴えていた。深酒を煽ったわけではない。身も心も焼け付く情事のせいだが、何の影響もなかった。むしろ、佳織を性の虜にし、従順に聞き入れさせたことが最大の成果だった。胸中で思い描く。

いずれにせよ、今日が大きな山場だ。恵理子が出社したら昨日の非を詫び、機嫌が直ったところで担当替えを告げる。その前に、植草隆二の件で相談に乗るとか言って、例の考えていたものが、彼女の下に有るか探りを入れる。ひょっとして経過記録簿にファイル漏れしていることもあるからだ。あれば振り出しに戻るが、恐らくないだろう。さすれば、有効な策になるはずだ。

だからこそ、この対応が首尾よく行かねば、昨夜から練った計画も水泡に帰す。

ただ余談だが、昨夜の佳織は随分派手に燃えたもんだ。お陰でいい思いをさせて貰った。それにしても、今まで得た情報から勘案して、佐久間医師が九分九厘未徴求だろう。ただ、それも調べず早とちりすればえらいことになる。だから、考えた計画に落ち度がないかを確認するつもりで早出した。

時計の針が午前八時を指していた。

九時前には皆が出社するから、それまでに済ませよう。

こうして小一時間机に向かい思考を重ね、要所要所頷き確認していた。時間はあっという間に過ぎる。

八時四十分頃、始めに係長の玉山聡史が出社した。そして、次に近藤多恵がきた。三十歳後半の玉山は課員の纏め役である。二番目の多恵は学卒であり、勤続二十年を超える古株で、女性職員の局的存在であった。勿論、彼女は独身である。

この女も要注意だ。この近藤多恵の気分を損ねると、課内の女性職員が機能しなくなる。それ故糸川は、意識的に機嫌をとるため時折尻を撫でてやった。この操り方は、佳織との寝物語から得たヒントだ。

どうすれば多恵が機嫌よく仕事をするか。男性経験のない彼女が一番欲しているもの。それは疑似セックスである。異性から触られることで敏感に感じ取る。言葉の刺激より、弄られることを好み、情欲を嗅ぎ取る。彼女が一番欲しがるもので、誰にも分からぬよう、尻を撫ぜられることに快感を覚えていた。

糸川の好色がもたらす、多恵コントロール術である。四〇歳過ぎの女に近寄る男などいない。となれば、仕事で臍を曲げるのは、欲求不満が頂点に達した時である。その時を見計らい、触れてやれば異性のエキスが注入され、低下するバイオリズムが上向くのだ。言ってみてば、多恵に対する行為は、疑似人助けということになる。

課内の女性職員が、気持ちよく仕事をして貰うには、必要不可欠な行為である。糸川はそのように位置づけ、時々試みていた。

いずれにせよ、午前九時近くになると次々に課員が出勤し、自席へと着き仕事の準備に取りかかる。佳織が最後から二番目に出社した。目が腫れ隈が出来ているが、化粧で誤魔化していた。ただ、 昨夜の情事で満たされたのか、長く伸びた睫毛の間から潤んだ瞳を覗かせる。そして、椅子に座る仕草も下半身に余韻が残るのか、その動作が何となく艶めかしかった。

そんな様子を糸川はちらちらと覗い、俯いては似やつき何時の間にか秘策を練る思考が飛んでいた。それ故か、出社した全員の顔を確認していなかった。

午前九時の始業開始チャイムが鳴る。朝礼の時間だ。型通りの朝礼を行うが、それも視線を机上の書類に落としてのことだ。

そのままの姿勢で、時田恵理子を呼ぶが返事がない。おやっと思い顔を上げた。すると、近藤が平然と告げる。

「時田さん。まだ、来ていませんよ」

「ええっ、来ていない?」

状況を把握し切れずにいた。当然席にいると思っていたのが、意に反した。係長に尋ねる。

「玉山君、連絡があったかね」

振られた玉山はぎくっとし、反射的に立ち上がり返す。

「いいえ、時田さんからは何の連絡もありませんが。それに、昨日席を立ったまま戻りませんでしたし、今日休むとも聞いておりませんが」

そして、ぼそっと呟く。

「そういえば、泣きながら飛び出したからな…」

直ぐに、その原因が課長の暴言であることに気づき、「すみません」と失言とばかりに頭を下げ、そのまま座ってしまった。そして、ちらちらと近藤を覗い、援護して貰いたそうにするが、多恵は気分が優れないのか無視した。

こんな事態に、糸川は出鼻を挫かれた恰好となる。

まずは、朝一番で確認しようとしていたものが、恵理子が出社していず、それも何の連絡もないと言うのである。ただ、まだ九時になったばかりだ。何かの都合で遅れているのではと憶測し、多恵に原因を聞くべく優しく尋ねる。

「近藤君、恵理子君はどうしたんだろうね。いや、僕もつい昨日、故あって怒鳴ってしまった。後で大人気ないことをしたと、酒も飲まずに帰宅したんだ。彼女に申し訳なく、出社したら一番で謝ろうと思ってさ。君を含め女性陣に顰蹙をかってしまった。すまないと思っている」

ここは、古株に詫びを入れることが大切である。素直に謝罪した。

「そうでしたか、課長。私も昨日、恵理子君と課長の会話を聞いていて、彼女のあの態度では、叱るのも無理ないと思っておりました。ですから、涙流し出て行ったので、直ぐに謝らせようと後を追ったのですが、すでにいず断念したんです」

多恵が状況を説明した。更に、

「課長には非がありませんよね。玉山係長?」

またもや急に振られた玉山は、慌てて同調する。

「そ、そうですよ。課長、時田君がいけないんです。近藤さんの言う通りです」

糸川と近藤を見比べつつ返した。すると、気分よくしてか多恵が虚仮下ろす。

「今日は特に電車が遅れているということはありません。ですから、大方昨日泣いて帰ったので、罰が悪くてまともに出て来られないんじゃないですか。心配いりませんよ。出社したら、私がよく言い聞かせますから」

「そうか、多恵君。何時もすまないね。まあ、とりあえず様子をみるか。それにしても、連絡くれてもいいのにな」

思惑と異なる展開にあることを億尾にも出さず、独り言のように言った。

「そうですよね、社会人としての常識が欠けていますね。これも私の指導が到らなかったと反省しています。課長、彼女のことは任せて下さい。直ぐに連絡を取りますから。すみませんが、少し時間を下さい。あの、屋上で電話しても宜しいですか?」

「構わんよ。それにしても悪いね。本来、私がやらねばならんことを任せてしまって。何時も苦労をかけてすまないな」

多恵を持ち上げる。

「あら、課長。そう言われたら、私困ります。ここにいる女性課員を纏めるのが仕事ですのに。そんなに頼られては荷が重過ぎますわ」

謙遜し席を立つ。

「それじゃ、ちょっと連絡してきますね。あっ、課長。心配なさらないで下さい。彼女の家からだと一時間ぐらいで来られます。九時を廻ったところですから、十時過ぎには必ず出社させ詫びを入れさせますから」

大見得を切りった。

糸川は内心ほっとする。とにかく、早く手を打たなければならない。恵理子に確認出来なければ先へ進めないのだ。ところで、ここまで多恵がでしゃばるとは予想外だった。

とんだところでの、いい誤算である。

多恵にかかったら、彼女の言う通り。必ず十時過ぎには恵理子が出社するとほぼ確信できた。安堵して深々と椅子に座り直し、ついでに昨夜可愛がった佳織の様子を覗った。

糸川の席からだと、横の姿勢しか見えないが、丸い尻とふくよかな胸、ミニスカートから食み出た太股部が見える。そのどれもが、息遣いと共に僅かに揺れていた。昨夜のことが脳裏に浮かび、思わず生唾を飲み込む。昨夜あれだけ情事を重ねたというのに、また欲しくなっていた。

そんな欲求を伏せ一つ咳払いをし、他部に電話する振りをして佳織の内線番号にかける。彼女が受話器をとるのを視て話し出す。

「もしもし、経理の谷口課長ですか。糸川です。昨日はどうも。はい、そうです。昨日お話した件ですが、早急に結論を出さなければならないので、今日の夕方にでも打ち合わせをしたいのですが。そうそう、そうなんですよ。ですので午後六時、宜しくお願いします。はい、そうです。その件です。ええ、そうですね。そこで宜しいんじゃないですか。それでは後程お会いした時に…」

あたかも谷口との会話のように装った。佳織はといえば、これまた外部電話のように応じていた。

「牛島です。はい、そうですが。ええ、その通りです。それでは何時までにご返事を頂けますか。ええ、先月分がまだでございます。はい、ええ。承知致しました。それでは今月分と一緒に振り込んで頂けますね。はい、そうです。港町銀行の横浜西口支店口座で結構です。決算が近づいておりますので、早めにお願い致します」

糸川が電話を切った後、直に終える。

「それでは今月の二十六日ということで、宜しくお願い致します。有り難うございました」

頭を下げながら受話器を置いた。そして腰を揺すり、糸川に想いを伝えるべく軽く咳払いをする。さも、昨夜と同じ愛撫が欲しいというニアンスの咳である。

それから、間もなくして多恵が戻った。ずかずかと課長席の横にきて、駄賃欲し気な視線を送る。

「課長、恵理子さんですが。先程話しましたように、十時過ぎに出社しますので…」

にじり寄り腰を近づけた。

「そうか、それは有り難う。さすが多恵君だ。課内の統制がとれているのは、君のおかげだよ」

礼を言い、課員らに見えぬよう尻を撫でてやる。

「うんまあ、そこまで信頼して下さるなんて。光栄ですわ…」

弄る手に、悦びが満ちるのか尻を蠢かす。

これでいい。これで近藤多恵も、また俺のために働いてくれるだろうて。

胸中で呟き、何時もよりねちっこく弄ってやった。すると多恵の上気した目が細くなる。

「あん」

悶えるように小さく鼻を鳴らした。

一瞬の出来事である。

近藤が満足気に自席へ戻る。

何ごともなかったように、糸川はパソコンに向う。多恵が告げたように、恵理子が十時過ぎに出社した。俯き加減に入ってきて、小声で挨拶する。

「おはようございます…」

目ざとく多恵が叫ぶ。

「さあ、早く課長に謝りなさい!」

その勢いに押され、糸川のところへと近づき、伏し目がちに詫びる。

「昨日は断りもなく帰り、すみませんでした。私がきちんと処理していれば、ご迷惑をお掛けすることがなかったのですが。こんなことになり、誠に申し訳ございませんでした」

深々と頭を下げた。

「いや、恵理子君。昨日は怒鳴ってしまい、こちらこそ悪かった。決算を控えていて、つい気が立って怒鳴り泣かせてしまった。謝るのは私の方だ。申し訳なかった。それに多恵君にはいろいろ世話になった。君の方からも礼を言っておきなさい」

「はい、大変申し訳ございませんでした」

再度頭を下げ、多恵の下にゆく。

「近藤先輩、いろいろご迷惑をお掛け致しました」

「いいえ、いいのよ。今日は定時に出社できなかったけれど、こうして出社したんだもの、これから気をつけなさい。それに、仕事で分からないことがあれば、何でも相談に乗るわ。分かったわね」

「はい、これからも宜しくお願い致します」

恵理子は頭を下げ席へ戻った。座るやいなや、多恵から声が飛ぶ。

「ああ、そうそう。恵理子さん、昨日の件。ええと、何だっけ。ああ、そうそう。植草隆二の未払いの件よね。経過を課長に報告しておくのよ」

促し、糸川にウインクする。

「そうでしょ、課長。経緯報告が必要なんでしょ」

「ああ、そうなんだ。決算が近づいているから、書類を纏めなきゃならんのでな。ちょうどよかった。多恵君すまんな。それで恵理子君、来て早々で悪いが、その件で少し話がある。君の報告も聞きたいんで。そうだな、ここでは何だから会議室で聞こうか。昨日貰った書類以外にあれば、持ってきてくれないか」

注意深く考えた通りの要件を含ませた。そして、それとなく告げる。

「せっかくだから、君の仕事のことでも相談に乗ってあげるよ。それじゃ準備が必要だろうから、十分後ぐらいに会議室の方に来てくれないかい?」

「はい、分かりました。それでは資料を持ってお伺い致します」

糸川は席を立ち会議室へと向った。彼女がくるのを待つ。追って書類を持ち恵理子が部屋を出た。

自席で窺う佳織は、何となく猜疑心に駆られる。

あんなこと言って、もしやあそこで手を出すんじゃないかしら?浩次ったら、さっき今晩また会おうと言ったくせに。恵理子なんかに盗られてたまるものですか。

嫉妬心が湧き、そんな憶測が脳裏を支配し会議室の様子が気になりだす。

もしかしたら…。

仕事どころではなかったが、約束していたことでひとまず安堵する。そして気を取り直し仕事に向うが、どうにも今夜のことが頭に浮かんでは、昨夜のような激しさを期待しだす。そうなると仕事が手につかず、時間の経つのがもどかしかった。

糸川としては、そんな佳織の思惑など構いなく、まずは計画通り運ばなければならない。今夜約束の契りなど二の次である。

会議室で待つ。

恵理子が資料を携え入ってきた。

「さあ、こちらに座りたまえ」

隣の椅子に座らせ、書類の提出を促す。

「早速だが、資料の方は全部持ってきたね。ちょっと、見せてくれないか」

「はい」

かしこまり差し出した。奪い取るように受け取る。自分が持っている書類は頭に入っている。直ぐに例の資料をと探すが出てこない。

ついと顔を上げる。

「これ以外にはないかい?」

「はい、これで全部です…」

「そうか、これだけか…。あっ、それに。今はないが、誰かに提出して貰うよう依頼しているものはないかね」

「ええ、他には何も…」

言葉が止るが、思い出したのか喋り出す。

「そう言えば、ひとつありました。ええと、そうだ。佐久間先生にお願いしているんですが、まだ頂いていないんです…」

「何っ、その依頼した書類って。何だね?」

「ええと…、承諾書です。あの時、間違いなくお願いしましたが、なかなか頂けないんで、一ヶ月程前に早く下さるよう、またお願いしたんですけれど…」

申し訳なさそうに俯いた。

糸川はずばりと頭に血が上る。その時偶然にも、視線が彼女の胸元を射るような角度となった。

「そ、それでどうなんだ!」

更に強く見やった。胸元に受ける恵理子が、思わず身体をよじる。

「ええ、そうなんですけど。まだなものですから…」

応えつつ、視線を遮ろうと胸に手をあてた。

「まだ、貰っていない。本当だろうね」

「ええ…」

「恵理子君、それは何時先生にお願いしたんだい?」

「一ヶ月前ですが…」

「ああ、それは聞いた。頼んだ日時が、具体的に何時なのかを知りたいんで。覚えているだろ」

糸川にしてみれば、具体的な日付を聞いておきたかった。言質としては、よりリアルな内容がいい。前屈みで問うているうち、何だか妙な気分になってきた。刑事にでもなり、容疑者に事情聴取しているような思いになる。

「それで、恵理子君。どうなんだ?」

「ええと…。具体的にと言われましても、一ヶ月も前なので思い出せないんですが」

「そう焦らなくてもいい。ほら、ひと呼吸してごらん。落ち着くから。ほら、肩の力を抜いて」

落ち着かせようと彼女の肩に手を向けた。その時、「あっ!」と恵理子が小さな声を上げ、糸川の手を避けようと身体をよじった。その弾みで糸川の手元が狂い、彼女の胸の先端に当たった。

「きゃっ!」恵理子が驚きの声を上げる。

「あいや、すまない。そんなつもりはないんだ。ご免、ご免」

慌て詫びた。ふいの出来事に恵理子は驚いた。密室の会議室でうろたえるが、照れる糸川の顔を窺い真意を感じた。が、同時に寂しい気持ちも湧いてくる。そして大きく深呼吸をすると、豊満な胸が突き出て躍った。

糸川には、触れた感触が脳を刺激し、胸元に視線が凝縮されていた。生唾を呑むが、直ぐに理性が働く。

それどころではない。彼女は何時か頂く。今はそんなことを考えている場合か。それより、具体的に聞ておかなきゃ。

ぎらつく目が穏やかになる。

「それで、佐久間先生に依頼した日時、思い出せるかね」

「ええと、そう言えば。あれは金曜日でした。そう、翌日が土曜日なので、早く話ておこうと。それでたしか、第二週目の金曜日で、十一月の始めだから…。十一月九日だったと思います」

記憶の糸を手繰り、ようやく思い出した。

「そうか、それで間違いないな」

「ええ、間違いありません。佐久間先生も急患が運ばれてきて、直ぐに手術にとりかかるとか言っておりました。それでも二回目なので、念押ししたんです」

「それで佐久間先生は、何て応えていたんだい?」

「はい。『ああ、分かった。何時も迷惑をかけてすまないね。至急同意書を取って、君に渡すから。いや、なに。もう手配はしてある。直に僕のところに届くはずだよ。届いたら連絡するから。それじゃ、これからオペなんで』と、急いでおられました。それで『宜しくお願いします』と言いました。佐久間先生との話の内容です」

「そうかね、君も大変だったね。そんな苦労をしているんだ。それなら、先生から植草隆二のオペ同意書が届いたら、私にくれないか。頼んだよ。ああ、それに君に謝らなければならないね。そんなに苦労しているとは知らず、昨日は怒鳴ったりしてすまなかった」

「いいえ、いいんです。きちっと説明しなかったのがいけないんですから。それに、佐久間先生と約束した経緯も記録していませんし、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」

「いいや。とにかく状況がどうなっているのか分かれば、決算提出の不突合書類も作ることが出来る。そこに経緯を書くために、いろいろ情報が必要だったんだ。とやかく聞いてすまなかったね」

糸川は労うように、再び彼女の肩に手を差し伸べる。

「いいえ、そんなことはありません」

恐縮するようにお辞儀し前かがみになった。すると前開きの服から胸の谷間がはっきりと覗えた。糸川の視線が釘付けになる。その瞬間、糸川の腕が彼女の肩越しに廻り抱き寄せる形となる。

「恵理子君…」

「あっ、いけません。課、課長。そんなことをされては」

身体をよじった。糸川の手が止まる。

「あいや、こんな事をしてはいかんな…」

理性が働いた。気を取り直し告げる。

「そうか、ここではまずい。誰かに見られるかもしれないからな」

「ええ、でも…」

未練が残るのか、糸川を見る眼が否定していない。

「課長…」

鼻に抜ける声で漏らす。糸川は察してかもったいぶる。

「恵理子君。今日のところは、これくらいにしておこう。近いうちに食事に誘うからな」

「は、はい…」

愛くるしい返事を聞き、益々その気になる。

「お詫びのしるしに、ディナーでも誘うよ」

「有り難うございます」

「明後日の夜、空けておいてくれないか。美味いものご馳走するからさ」

「えっ、明後日…。分かりました」

俯き加減に上気する返事と、望むような吐息が漏れる。それから、仔細を聞き終えると会話が止まった。




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