三
糸川は自信に満ちていた。降って湧いたような難局を乗り切る妙案が頭の中を駆け巡る。
とにかく明日だ。明日、恵理子に確認する。多分、考えていることが正しいと思うが、手を打つのはそれからだ。さあ、早く行かないと。痺れを切らしている佳織を、これ以上待たせるわけにはいかんからな。
そう胸の内で嘯き、そそくさと病院を後にした。待ち合わの渋谷には、横浜駅に出て湘南ライナーで行けば三十分はかからない。逸る気持ちが、糸川を妙に高ぶらせた。
道すがら、二つのことを考える。一つは諸原因となった植草分の扱いである。まずは、何としても問題化させぬよう処理すること。そのためには、先ほど閃いた、近々来る期末決算用の不突合資料の作成である。即ち、どのように捏造するかだ。がそれは、これから会う佳織にかかっている。
まずは植草の担当替えを行う。それも日付を遡る。如何と言うことはない。佳織を口説いて、二ヶ月前から担当とすればいい。
了解させるため、今夜の情事をねちっこくせねばならんだろう。これが二つ目だ。
たっぷり可愛がり、俺のものを忘れられなくすることで、意のままに動くように持ってゆく。二ヶ月前に遡り、術後経過や治療代等の請求状況を克明に記録させる。それにより、規定通り行ってきた証にする。
これは、考えたストーリーを代筆させるようなもので、佳織の協力があってこそ可能となる。筋書きを示し尤もらしく記載させ、検印後の決算資料として提出させる。後は二、三ヶ月経過した時点で入金がなければ、月次の不良債権として別勘定へ移す。さすれば我が課から離れることになる。そうなりゃ、その後入金にならずとも、我らの責任範疇外となろう。
そして、少々躊躇気味に邪推する。
ただ、問題は…。植草本人が意識不明のままであることだ。今までかかった治療費以外に、これからどれだけかさむか分からん治療費がある。この点は気がかりだが、それは後々考えればいい。逆に、金ずるとして長く重宝できるかも知れんしな。
更に、この計画を成功させるため、次に考えていたことが佳織をどう甚振り狂わせるかである。
何度も行かせ、俺なくして生きられぬくらいの快感を身体に染み込ませねばならん。そのために、あらゆるテクニックで究極の悦びを与えることだ。この辺は意のままになるよう、目一杯泣かせるつもりでいた。
道すがらそんなことを考えていると、下半身が脈打ち出した。
くそっ、今夜は徹底的に虐めてやるか。そうでもしなけれりゃ、さっき味わった苦汁など帳消しには出来んぞ…。
胸中で勝手に欲情していると、直に渋谷に着いた。小走りで駅前の喫茶店へ入る。
痺れを切らす佳織が、糸川を見るや席を離れ走り寄ってきた。
「もう、遅いじゃないの。待ちくたびれちゃったわ。それに腹ペコよ!」
「すまん、すまん。それは悪かった。早速飯食いに行こう。まずはそれからだ」
「早く連れて行って」
糸川の腕を取り絡めた。豊満な胸を意図的に押し付ける。それを敏感に感じ取る。
「こら、佳織。そんなに焦るなよ」
「だって、早く欲しいんだもの…」
更に押し付ける。
「そうか、そんなに欲しいのか」
肘で軽く小突く。
「うふん…」
身体をよじり、鼻を鳴らした。
「分かったよ。腹がへっただけじゃなく、あっちの方も早く食いたいわけだな」
「嫌ね。そんな大きな声で言ったら、周りの人に聞こえるじゃない。馬鹿…」
胸の内を見透かされ、辺りを気にしてか上気する顔を足元へ落した。そして、寄り添い近くのレストランへと向う。そこそこに済ませ、大通りから裏通りに入る。
賑やかなネオン街から一歩入れば、そこは別世界である。入り込むカップルは、艶めかしい輝きに理性を失い、怪しい光の中に溺れてゆく。揺れる赤と青の輝きが、二人を高揚させ絡み合う腕に力が入る。すると身体中の血が暴れ、息遣いが荒くなり何もかもが分からなくなった。そして、煌めくネオンに誘わされるまま、ホテルに吸い込まれて行った。
薄暗い部屋には綺麗に飾られたベッドが置かれ、入るなり待ち兼ねたように激しく唇を重ねる。糸川は強引だった。
互いに舌を絡ませ、糸川の手が佳織の尻を弄る。高ぶる彼女は彼の首へ両手を絡ませていた。暫らく重ねていた唇を離す。幻想の煌めきの中で、目と目が求めていた。
再び口づけを交す。
「ああ…」
耐えられないのか、喘ぎを漏らし始めた。その艶めかしさが、糸川の脳裏を刺激する。
「佳織…」
「ああ、あなたが好きよ…」
恍惚の喘ぎが部屋中に響き渡る。
時間が絶え間なく続き、終局へと上りつめて行った。情欲満つる契りの後、そのまま暫らく動こうとしなかった。寄り添う佳織の頭を優しく撫で、恍惚の顔を覗く。
「よかったかい?」
「うふん、馬鹿…」
恥らい、糸川の胸に顔を埋めた。
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