9

 翌朝。皿に盛られた目玉焼きを前に、トラヴィスは頭を抱えていた。コーヒーの香りにさえ吐き気を覚える。

「頭がガンガンする……」

「おまえが酒に弱いなんてね。もし今日フライトがアサインされてたら、おれが代わりに飛んでいたとこだよ」ジェイが言った。

「……うるさい、おまえらが魚みたいに飲ませるからだろ」

 トラヴィスはテーブルにつっぷした。ゆうべ彼(と新入りの面々)は文字通り、“浴びるように”飲んだのだ。食堂に来る前に廊下で出会ったニュー・ガイのルームメイトが、彼も自室で沈没していると報告していった。

「おい、どうした。大丈夫か?」

 通りすがりの航空団司令が声をかけた。

「ええ、ただの飛行機酔いです、大佐どの。ご心配には及びません」

 彼が答える前に、大佐にむかってジェイがにっこりした。トラヴィスは反論する気も失せていた。

「わかっているとは思うけど、ボスにもCAGにも艦長にも、JOPAのことは口にするなよ。おれたちはあそこで一晩過ごすために、少なからぬ犠牲を払ってきたんだから」

「ああ」トラヴィスはうめいた。

「まあでもこれで、ニュー・ガイもきみも晴れてわが中隊の一員になったわけだ。正式にね」

「正式に……?」

「カウンター・テーブルにすら着艦できないやつを隊員と認めるわけにはいかないからな」

「ということは、つまりおれは、あんたらの……ええと、協会アソシエーションの結果、認められたってことか」

「それを言うなら、儀式イニシエーションだろ。それよりそのベーコンエッグ、食わないならもらっていいか?」

「どうぞ好きにしてくれ」

 トラヴィスは朝食をよそに頭痛薬を飲み下した。

「よう、おまえらガイズ。ここ空いてるか?」

 頭上からフロストの声が降ってきた。

 ふたりが返事をするより早く彼は椅子を引き、テーブルについていた。トレイに山盛りにされたビーフの、クリームソースとチーズの匂いにトラヴィスの頭痛が増悪した。

 オレンジジュースとミネラルウォーターのボトルを抱えているトラヴィスをよそに、テーブルは昨夜の話で盛り上がっていた。フロストもあの喧騒の中にいたらしい。

 といっても、ジェイのほうが倍くらいしゃべっていたのだが。

「フロスト、きみは休暇中、どこ行ってたんだ?」ジェイが聞いた。

「ヘリの操縦を習いに行ってた」

「……ふーん、どこで?」

 ヘリコプターの操縦というところに興味をひかれ、トラヴィスは聞いてみた。

 オレンジジュースと一緒に流し込んだアスピリンのおかげで、頭痛はいくらか良くなっていた。それもジェイがくれたものだ。今朝だって本当はベッドで死んでいたかったのだが、この男に無理やり朝食のテーブルに連れ出された。何も腹に入れないのはかえってよくない、とか何とか言って。

 まったく、何というか……つくづく面倒見のいいやつだ。

「オロンガポの郊外に、一時間百ドルで教えてくれるところがある」

「おれなら、飛行機から解放されたあとに、そんな低空でフラフラ飛ぶヘリコプターヒーローに乗ろうとは思わないけどね。そういえば、前にシドニーに寄港したときにはバンジー・ジャンプに行ったとか言ってなかったっけ?」

「ああ。バーにオーストラリアSASのやつがいて、誘われたんだ」

「足にくくりつけた一本のひもだけで、プールの飛び込み台みたいなところから飛び降りるんだろう?」

「そうだ」

 しかも下は水面なんかじゃなく、硬い地面なんだぜ、とジェイがトラヴィスに言い添えた。

「パラシュートもつけずに空中に飛び出すっていうのは、どんな感じがするものなんだい?」

「そうだな……」

 フロストはふたりの顔を見回して、凄みのある笑みをうかべた。それはトラヴィスが空母に来てから見る、はじめてのルームメイトの笑顔だった。

「長いこと禁欲生活を続けたあとに、思いきり射精するのに似てるぜ……。一度あの快感を知ればやめられなくなるだろうさ」

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