7
「久しぶりのフライトはどうだった?」
レディルームへ戻るとパイロットのひとりが声をかけてきた。
「まあまあだな」
せりふとは裏腹に、トラヴィスは口元に笑みをうかべた。コクピットに乗り込んでから、着艦後、飛行記録にサインするまで問題はなかった。今日乗ったホーネットは癖のない機体で、整備不良もなく、彼自身も決められた手順を難なくこなしたのだった。
「三番ワイヤーをヒットしたのか?」
「あいにく幻に終わったよ。なにせ今日はウェーブ・オフ〔着艦のやり直し〕ばっかりだったからな。最終着陸したときには四番ワイヤーだった」
「残念だな」
「また腕を磨くさ」
「そのことなんだが」
「何だ?」
「中隊で先にキュービ・ポイントへ飛ぶメンバーのことだよ。機が足りないんだ」
「そう。今回はフロストが航海中いい子にしてたからな、枠がひとつ少ないのさ」
名指しされたフロストは、椅子に深く身を沈めて、そ知らぬふりを決めこんでいる。
ひとつの飛行中隊に配備されるホーネットは平均十三機。それに対してパイロットは常に数人多い。修理や点検でハンガーに入る機が必ず出てくるので、可動数はさらに少なくなる。
「艦はスービック湾に入るだろ。そこからキュービまでは車ですぐだからいいが、それでも、飛んで帰るのとじゃ半日ちがうぜ」
「たぶんニュー・ガイは残ることになると思うけど」
誰もが早くフィリピンの土を踏みたくてうずうずしていた。空母が彼らの家とはいっても、揺れないベッドで眠れるのは二週間ぶりだ。
「ああ、そのことか。おれはいいよ」トラヴィスは言った。
「先にじゅうぶん休ませてもらったし、好きでここへ来たんだしな」
「それならいいけど――変わってるなァ、あんた」
トラヴィスは甲板下の
数時間前まで、VFA-304のロッカールームはいつになく騒がしかった。
「じゃあな、トラヴィス、ニュー・ガイ。キュービの士官クラブで会おう」
「十八時からハッピー・アワーだぜ。遅れるなよ」
「今度、賭けポーカーの負けを払うの誰だ?」
「ツケにしといてくれ」
「よう、次はVFA‐74の連中も混ぜてやろう」
「どうせカモられるのはお前だけどな」
「BEQにチェックインしたら街にも繰り出そうぜ」
「誰か車持ってたか?」
VFA‐304のパイロットたちを乗せた十二機のホーネットは四機ずつの
トラヴィスは空母に乗ったまま入港し、ほかの航空隊士官と一緒に、バスで航空基地まで揺られていった。
港と基地を結ぶ港湾道路脇はうっそうとした密林だ。太陽はすでに水平線の彼方へ半分沈んでおり、名残惜しそうにオレンジ色の光を投げかけている。
彼がチェックインしようとすると、メッセージがあると告げられた。ジェイからだ。何も予定がないのなら、面白いところに案内するから、夜一緒に出かけよう、とある。
トラヴィスは空調のきいた部屋の、手足を伸ばせるベッドでひと眠りし、シャワーを浴びた。基地の中にあるダイナーで軽く食事を済ませると(正直、基地の外に並ぶ屋台で得体の知れないものを口にする勇気はなかったのだ)、伝言どおりジェイの部屋を訪れた。
「遅かったな」
「みんな一体どこ行ったんだろう? 幽霊みたいに消えちまった」
「いつものことだよ。こんな時間まで宿舎に残ってるのはおれたちくらいなものだろうな」
「どこ行ったか知ってるのか?」
「いいや、知らない」
ジェイは口笛を吹きながらバミューダパンツに履き替えている。今しもビーチでひと泳ぎしてきた様子だ。
「大丈夫だよ、迷子の子猫じゃあるまいし、時間がきたら帰ってくるさ。それよりトラヴィス、おまえも来るか?」
「どこに?」
「JOPA」
「何だそりゃ」
「
「聞いたことないな」
「そりゃそうだろうな。少佐以上には昇進しないって誓いを立てたやつじゃなきゃ入れないのさ。うちの連中はほとんど入ってるぜ」
「ジェイ、おまえは?」
「誓いは立てたが希望は捨ててない」
ふたりは互いに顔を見合わせて笑った。
「よし、行こう」
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