本文
第1話 デスタ・ノイチ?
ソノラ・チワワ砂漠の道なき道を進む。
向かうは、冒険者の街、ルモシージョ
VRMMO『シークレタート・フォーラ』(SA)。
背から照らすバーチャルな日差しがHPをじわじわ削っていく。
ちんまりした日傘が、日差しから首筋を少し守ってくれてはいるが。
日傘の主は俺の左肩に座る
女神フェムトナの
コスパ第一の俺。
砂漠を強化歩行してのルモシージョ行きを選んだのは一番安上がりだから。
幸運を招く
その
一方、初回特典での女神との仮契約は、回復ポーション1回分のお値段。
ルモシージョ
それでいて、お得イベントに遭遇したりラッキーアイテムをもらえるかもしれない。女神フェムトナは、一番お得そうな
もっさい
どうせ誰もいない砂漠を一人歩くだけだ。
✧
『サボテンが見えるよ』
突然、幼ない声が耳に入った。
ビクリとして、
左手前を向いて指さしている。
「オアシスってこと?」
コクリと頷きが返ってきた。
「よし、向かうとするか」
俺は左手の方に向きを変えた。
サボテンの方角を指さした後、
「……オアシスで、HP全回復できるな」
ひたすら歩み続る俺は、女神フェムトナがオアシスを見つけてくれただけで満足だ……
「人生、お得が第一」
スローガンを唱えてみたり。
✧
無事、柱サボテンのオアシスにたどり着いた。
柱サボテンはSA内の破壊不能オブジェクト。
その日陰で体温が下がるとHPは回復する。
俺は日陰にごろりと横になり、砂漠の強烈な日差しによるダメージの修復を待つ。
セーフティポイントであるオアシスには、幾つもの出店がある。
まずは、アイテムスーパーで水を購入。
残りの待ち時間も出店めぐりだろう。
適当に検索ワードを入れてめぼしいものを探してもいいのだが、ここは女神からアドバイスしてもらうところだ。
仮契約中の
女神フェムトナの場合は、5分間のフリートークタイム。
せっかくだ。
俺は、肩から
「女神様、お得な出店を見つけてください」と、お願いするのだ。
きちんと相対して話さなくては。
俺は正座をし、
次いで、幾度も耳にしている
〈掛ケマクモ~
そして、
女神召喚の合図だ。
「神トーク・スタート」
なんとなく言ってみる。
女神フェムトナが化体し、
『やぁ、モンクロア君、はじめまして』
「はじめまして」
✧
プレイヤーの脳波や脈拍も入力となるSAだ。
そう願って、
が、得られた
✧
『そうだ。これを君にあげるよ』
プロンプトが表示される。
◆ ネックレス「
Yesを選ぶ。
『えへへ。私には姉も妹も、た~くさんいるのですよ』
女神フェムトナは少し自慢げに言った。
『私の姉妹が勢ぞろいすると、すごいことが起きるかも』
彼女の
神社の境内に、ハト代わりに
……なんか、すごい光景だ。
『私達の助けが必要な時は、「
「デスタ、ノイチ?」
思わずオウム返しをした。気になる。
『そう。今晩限りって意味のテンペール語。私達は忘れっぽくってね。本気の力を出せるのは一晩だけなんだよ』
ポップアップに、
SA内の神聖言語だろうか?
『んっ?どうやら、モンクロア君は、私と
「あれ、今は初回お試しキャンペーン中ですよね?」
追加課金とか言わないよな?
『忘れていたのは私だもん。今回のお代は、初回仮契約分でいいよ』
良かった。
『それじゃぁ。また会おうね』
女神とのトークタイムは終わった。
しばらくして、思い出した。
デスタ・ノイチとは、親父が、病院で最後に呟いた言葉だった。
SAの俺のアカウント、モンクロアは元々、親父がプレイしていたもの。
親父の人生最後の言葉が、VRMMO用語とは……
なんだか微妙な気分だが、
しかし、最後は良くわからない話だったな。
まぁ、私と契約するとお得だよ、みたいな宣伝はたいてい怪しいところあるもんだろうが。
ともあれ、フェムトナの
ルモシージョ
第2話 早朝アルバイト
午前2時を知らせるアラームが響いた。
間もなくバイト先に向かう時間だ。
セーフティポイントであるオアシスでは、ペナルティ課金なくログアウトできる。
少し早いが、SAをログアウトする。
冷蔵庫にあった低脂肪牛乳をコップに入れて、一気に飲んだ。
いつものように味気無い。
今どき、1リットル百円なので、今後も飲み続けるが。
それからお米をといで炊飯器を午前6時炊き上げにセット。
着ていたジャージの上にウインドブレーカーを羽織ると、玄関の扉を開ける。
アルバイト先の新聞配達ステーションから借り受けている自転車だ。
中学を出ると共に、新聞配達バイトを始めた。
稼ぎは、俺と妹2人の食費となっている。
俺たちは一軒家に住んでいる。
生前の親父が家のローンを完済してくれていたことはありがたい。
新聞配達だけで家計が維持できるのは幸いだ。
16歳の俺に身体にはある程度の運動と日光浴が必要。それが3時間ちょいのアルバイトで完結できるのだから、コスパは最高。
もう新聞を購読する人なんてほとんどいないはず、と思っている奴は多いだろう。確かに購読数は減り続けている。
けれども、25万人以上が住む越谷市には、そこそこの購読者はまだいらっしゃる。もっとも、市には、地元の新聞紙と全国紙と経済紙が合同で設置した配達ステーションが1つあるだけだけ。
常勤の配達員は6人。
おばちゃんトリオが徒歩で街中を配達し、おっちゃんデュオがバイクで郊外に配達し、俺が自転車で中間を配達する。
いつもより少し早くに家を出た。
ちょっと遠回りで向かおうかと旧街道に入る。
まだ2月。
はじめは肌寒かったが、梅林公園が見える頃には身体は温まってきた。
道路を挟んだ公園は真っ暗だが、街灯が照らす白い花は見える。
ふと、モンクロアが肩に乗せていた時に目に入った
黒地を基調にぶわっとしたスカートに白地で天使やらお城やらがこちゃっと装飾されていた中に、花咲く樹もあった。
✧
北越谷の配達ステーションの入り口に自転車を停める。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
「おはよう、
そう返してくれた斎藤夫妻は既に第一便分の各紙に広告を挟み終え、小休止していた。
この道35年。プロの挟み技だ。
一便の各紙を詰め終え、ガイドグラスをかけた俺は、まずは南東へ向かう。
だいたい数十メートルから数百メートル進むごとに新聞を投函する。
多いのは一軒家だけれども、アパートもマンションもある。
ガイドグラスが次の配達先と配る新聞紙名とを教えてくれる。
月に何度かは配達先に変更がある
毎日配達している先は自然に覚えるものだけれども、ガイドグラスは欠かせない。
一方で、どれくらい配達が進んでいるかを知る目印もある。
主に、コンビニと神社。
表通りを進む間はコンビニが目印となる。新聞を投函せずに2軒続けてコンビニを通過するのは、二便の終わりだけ。
そして、配達ステーションに戻り三便各紙を受け取ると、住宅街の裏道を通りながらの配達となる。裏道には小さな神社が多い。
俺の配達ルートに一番多いのは、香取神宮系の神社。刀剣の神、
毎日通っているうちにSAの俺のアカウントのモンクロアに加護が得られないかとたまに期待する。
職種は
三便の終わりは、
全国紙と地元紙とを1部ずつ社務所に配るため、一礼して薄明かりの境内に入る。
今日は金曜日。
真由美さんが境内を掃き清めている。
「真由美さん、おはようございます。朝刊です」
「おはよう、
楚々とした笑みと共に、挨拶を返してくれる。
長女の真由美さんは、俺の2つ年上の18歳。
4月からは近隣の県立大学に通う予定とのこと。
日の出の頃の境内の掃き清めは、
梅の花が咲いてから桜の花が咲く頃までの金曜日は、真由美さんと朝の挨拶ができるハナキンなのだった
第3話 ルモシージョへ
俺が玄関に入るなり、
ジャージを脱ぎ、シャワーを浴びる。
台所で、ジューサーにバナナに低脂肪乳、そしてハチミツを少し入れ、シェイクする。ガガーッ。
音が止まると、リビングに
「飲む?」
「飲んであげる」
上の妹、
「
何の代わりか知らないが、
《江戸と明治の
お家の人に聞いてみよう的な奴だな。
地元史か……小3の
担当欄が「かのん」となっているところを見ると、明治時代の災害と人々の暮らしとある。
〈むかしの
〈
①は「ていぼう」だとして、②は何だろう?
「
「ううん、来週」
俺は、日曜日までに調べるよと言いつつ、白菜味噌汁の加熱を止めた。半熟卵と納豆ごはんを併せ、原価は百円弱だ。
「う~、納豆」
✧
自動運転スクールバスで
いつものように新聞各紙を眺めはじめる。
今どき、新聞の読み比べをしている高校生は俺くらいではないだろうか。
三便から直帰後、予備の新聞は古紙回収に出すことになっている。
実のとこ新聞にさして興味はないが、もったいないと思いついつい読んでしまう。まぁ、何かの役に立つかもしれないし。
寝る前の儀式みたいなもの……ほどなく眠気が襲ってくる。
午前9時。いつもの眠りの時間。
✧
目が覚めた。午後2時前だ。
オアシスを出て
歩歩歩歩歩……全くの単純作業だが、日差しによりHPは削られていく。
そのうち、砂漠らしく(?)毒サソリに刺されてまい。解毒のためMPも削られた。
が、日傘のお陰でか、幻覚などの状態異常は起きていない。なので、元いた町を出てからの方位確認は大丈夫なははず。
ハイポーションを使いHP,MPを回復させる。
ルモシージョ
あらゆる事柄にさまざまな課金イベントが設定されているSAの中でも死亡ペナルティは特に高い。今のレベル20だと、死後に完全復活するには10万円ほどが必要。
あと、
千円ほどの課金アイテムで、全ての感覚が研ぎ澄まされる。
これで、俺が先に周囲の怪しい動きに気づけるはず。相手が特別な検知阻害魔法などを使ってこない限り。
✧
せっかくなのでと念話可能なプレイヤーを探してみると、高位忍者職の陽忍、
彼女によびかけてみる。
「銀華さん、お久しぶりです」
「おぉ。モンクロ~君、ていうか、
本名で呼び返されてしまった。
リアルなつながりの中で数少ないSAのコアプレイヤーだ。そして、前プレイヤー、つまりは親父の山田元気がプレイしていた頃のモンクロアを知っている。
そのためか今も本名で呼びかけられてしまいがち。MMO的にはマナー違反なのだが、まぁ無名アカのモンクロアを中の人なんて誰も気にしないだろうし今更だ。
「今日の
魔法耐性をコーティングした僧侶服にロマンス・グレーなんて名をつけたのもそれを
「この
「へぇっ。で、お得なゴスロリちゃんとどこを歩いてるの?」
砂漠を強化歩行中、と答えると
「背景がなんか砂だらけだから、千里眼バグってるかなと思ったわ。それがまさかぁ……」
と、
「
「徒歩移動が一番安かったんですよ」
と、合理的な判断の結果と説明してみるが、聞いていなそう。
まぁ、彼女にイジられるのは良くあること。
諦めて笑いが収まるのを待とう。
✧
程なくして、ルモシージョ
「女神フェムトナの
と、言った俺に、
「じゃあ、護衛特化パーティを紹介するよ。私の
と答えてくれた。
俺は素直にお礼を言って、念話を終えた。
躯界 Å 今宵限リノ女神ハ最強ナノカ?(プロット:親父の趣味アカ継いで妹二人を養う俺は少しは楽ができると思ったのだが) 十夜永ソフィア零 @e-a-st
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