② 懐中時計
星羅と理子がシャーロキアンに行った翌日。
この日、大学の講義は夕方まで続く。
1つの講義が終わり、先生が退出した後、理子は講義を受けていた先生について、星羅に対して愚痴を言っていた。
「何よあの先生! 授業は分かりにくいし、レポートも難しいし、どうすればいいっていうの!」
「まぁまぁ、私もあの先生の授業は難しいと思っているし」
星羅が真面目に授業を受けたのに対し、理子はちょっと星羅の事をからかう。
「星羅、ちょっと授業態度が真面目過ぎない? もうちょっと大学生活を謳歌しようよ!」
「私は伯父さんに育ててもらった身だからね。学費も出してもらっているし、実の親でない分、余計親孝行はしたいものだよ」
「その割には昨日居眠りしたんだけどねぇ……」
「あれは疲れていたの! 」
「まぁ、星羅にとってそれはとても辛い事だから、それ以上は言わないけど、もっと私や羽柴先輩を頼りなよ」
「分かっているよ」
2人が教室から出る時、ふと、理子が懐中時計を落としたのを星羅が目撃した。
「理子、今何か落としたんじゃない?」
「もしかして落とし物? ……あっ、ヤバい! ありがとうね星羅!」
懐中時計を急いで服のポケットにしまう理子。それにしても、今時の大学生が懐中時計を持っているだなんてと星羅は不思議に思った。
理子がその様子を察したのか、星羅に話す。
「星羅? そんなに今時の女子大生が懐中時計を持っているのって、不思議だって思っているでしょ」
「いや、そんな訳では……!」
星羅は焦るも、理子は説明を続ける。
「これはね、パパから譲ってもらったものなの。ただ、パパにはこれを無くすな、壊すなって言われていてね、いつも身に付けているんだ。だから見つけてくれてありがとうね。星羅」
「う……うん」
父から懐中時計を譲ってもらうなんて、そういう家庭もあるんだなと星羅は思ったが、これ以上星羅は不思議に思う事は無かった。
「ほら、早くしないと次の講義が始まっちゃうよ。特に星羅の講義の部屋は遠いでしょ。走って行かないと!」
「えっ! もうこんな時間!? やばっ!」
「それと、明日オープンするレストランに行く事は忘れないでね! あれ、予約するのに大変だったんだから!」
「分かっているって!」
焦りながらも、星羅一旦理子と別れ、次の講義の部屋を目指した。
――――――――――
午後6時、カフェ『シャーロキアン』
閉店の時間を迎え、店主の小松川は店員の蘭と共に閉店準備を始めた。
その時、小松川の携帯に電話が入った。
「すまん、羽柴、俺は電話に出る。閉店作業を続けていてくれ」
「かしこまりました!」
厨房の奥の部屋に入り、小松川は電話を取る。
「もしもし、カフェ『シャーロキアン』小松川です」
『小松川さんですか!? 瑞浪俊介です!』
「俊介か!? どうしたこんな時間に!」
瑞浪俊介、星羅の伯父、衛の父で、小松川の探偵事務所を継ぎ、所長になった人物だ。
『探偵を引退した小松川さんにこの話を持っていくのも気が引けましたが、どうしても伝えなければならない事がありまして連絡致しました』
「分かった。それで何の話だ」
『桂理子さんの話です。単刀直入に言いますと、彼女はとある組織に狙われています』
桂理子、シャーロキアンの常連である事から、小松川も知っていた。
「その桂さんがどうかしたんだ?」
『これは別件で、国分寺のとある窃盗団のアジトを調査していたところ、その中に桂さんを誘拐するという計画がありました』
「何だと!」
驚きを隠せない小松川。
俊介は話を続ける。
『しかも、決行日は明日。丁度、星羅と桂さんが立川に新しくオープンしたレストランに行く日なのですよ』
「!!」
俊介は星羅の育ての親だ。星羅の予定もある程度把握している。
『そしてこれが不審なところなのですが、誘拐した後、桂さんの持っている懐中時計を壊すという指示もありました』
「懐中時計を壊す? 盗むではなく」
『そうなのですよ』
不思議な事が多い報告だが、その中でも小松川は一つの推測をしていた。
「異能関連……の可能性は無いか? 例えば、懐中時計が桂さんの異能に関連するという可能性は」
『今、私の部下にそれを調べさせているところです。分かり次第連絡しますが、今日中には難しいでしょうね。衛にはできるだけ明日、星羅にレストランへ行く事をやめさせるよう言わせるつもりではありますが……まぁ、それも難しいでしょうね……』
小松川もこれは感じていた。誘拐の件については機密情報である事から、星羅に話す訳にはいかない。理由も無く食事に行くなと言われても、果たして星羅はそれを聞いてくれるだろうか。
『最悪の事態に備えて、衛を星羅と桂さんの警護に回します。今、彼だけしか立川に向かわせる人員がいないのはきついところですが……』
「それはしょうがない。興信所で扱う事件はそれだけではないだろうからな……」
そう言う一方、小松川はもう一つ懸念していた。
「もう一つ心配なのが、星羅の異能の話だな。友達が被害に巻き込まれる事によって、悪夢が蘇るという可能性があるだろう」
『それについては私も心配していましたが、こうなってしまっては仕方がありません』
「……分かった」
『私が伝えたかった事は以上です』
そう言うと、俊介は電話を切った。
小松川は大きなため息を吐いた。
「……この事件、俺が担当した事件と比べてもかなり厄介な方に入るかもしれないな」
――――――――――
その夜、自宅に戻った星羅は、翌日行くレストランの事で気持ちが一杯だった。
そこに、衛が真面目な顔をして話しかけてきた。
「星羅、確か明日、立川のレストランに桂さんと行くんだったな」
「そうだけどそれが何かあったの?」
「その食事、今からでもキャンセルできないか?」
「え? 無理だよ! 予約を取ったの理子だし、私だってオープンするレストランには行きたいし! そんな事言ってどうしたのお兄ちゃん!」
急にキャンセルするよう言ってきた衛に、星羅はご立腹だ。
とは言え、衛は誘拐の話を星羅に言うことはできない。
「……いや、何でもない。ただ、気を付けろよ。最近の立川は治安が悪いらしいからな」
「何言ってるのお兄ちゃん。立川のレストランに行くだけだよ。そこまで心配しなくても」
星羅は自室に入っていった。
(やはり説得は無理か。ならば、俺が何とかするしかない……!)
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