③ こだわりのパスタ店

 翌日、星羅は立川駅で理子を待っていた。


(そう、今日行くレストランは本日オープンのパスタ店! こだわりの生パスタを使ったペペロンチーノが店の売り! サイドメニューのサラダも無農薬の野菜を厳選して使った一級品! 初日は完全予約制だったけど、理子が予約を取ってくれたんだから!)


 星羅は理子との食事を楽しみにしていた。

 しかし、一方で衛が前日に言った事を気にしていた。


『……いや、何でもない。ただ、気を付けろよ。最近の立川は治安が悪いらしいから』

(まぁ、確かに南口の方は狭い路地が多いけど、今日行く店は北口にあるし、結構綺麗なところだから大丈夫なんじゃないの? お兄ちゃんも心配し過ぎだよ)


 そう星羅が思っていると、理子が改札から出てきた。


「星羅、また待った?」

「別に待ってないよ。それに今日の集合時間は10時40分でしょ。まだ10時30分だよ」

「そうだったね。まぁ、予約の時間は11時だし、それまでゆっくり立川を歩いていようよ」


 理子の案内で、星羅は立川駅を出た。


ーーーーーーーーーー


 その様子を、遠くから見ている者がいた。


(2人が立川駅を出たか……)


 理子の誘拐計画を知り、2人を見守る事になった衛だ。

 そのままの姿では2人にバレる可能性が高いため、帽子とサングラス、更にはマスクまでしている。

 明らかな不審者スタイルで、通行人にチラチラ見ている人がいるものの、気にしている場合ではないと衛は思った。


(頼む……計画が杞憂であって欲しい……!)


――――――――――


 立川駅北口からしばらく歩くと、2人が予約したレストランがあった。

 本日オープンだけあって、店の前には開店祝いの花がいくつも飾られていた。

 完全予約制とは言え、2人が予約した同じ時間の11時に予約したグループがいくつかあり、店外には列ができていた。


「11時予約の方ですか。それではこちらの列にお並び下さい」


 店外にいた店員に促され、2人は列に並んだ。


「星羅、やっぱり凄い人気だね」

「うん! あらかじめ店のホームページを見たけど、とても美味しそうだったよ!」


 2人は雑談をしていると、あっと言う間に時間が11時になった。


「11時予約の皆様、お待たせしました!」


 店員に促され、2人は入店した。

 店内は落ち着いたお洒落な様子で、調度品もセンスのある物ばかりだ。

 2人の期待度は高まるばかりだった。


ーーーーーーーーーー


 2人の後を追い、衛もレストランの前まで来ていた。

 しかし、本日レストランは完全予約制。予約を取っていない衛はレストランに入る事ができない。


(くっ、店外から中の様子も見られないし……店の中で何かあったらどうするんだ!)


 衛は2人の無事を祈るばかりだった。


――――――――――


 2人がテーブルに着くと、席には既に飲み物があった。

 店員が飲み物について説明する。


「こちら、開店記念サービスの紅茶になります」


 思いもしなかったおもてなしに、2人は思わずお礼をした。


「星羅! まさかこんなサービスがあるなんて思わなかったよ!」

「やっぱり初日に来た甲斐があったね!」

「それで、何を食べる?」

「私はペペロンチーノかな。理子は?」

「私はトマトソースを食べようと思ってる。それとサイドメニューでイタリアンサラダを頼んでいい?」

「勿論! サラダは2人で食べよう!」


 理子は店員を呼び、メニューの注文をした。


「しかし紅茶がサービスで出てくるなんて、待っている間に飲んで欲しいっていう事かな」

「そうじゃないの?料理もすぐに来る訳じゃないし」


 2人が紅茶を飲みつつ待っていると、店員が料理を運んできた。


「ねぇ星羅! 盛り付けもお洒落じゃない!」

「私は美味しければいいと思っているけど、味はどうなんだろう」


 いただきますと挨拶をしたのち、星羅がペペロンチーノを食べると、一瞬星羅の表情が固まった。


「えっ、星羅、どうした?」

「……美味しいよこれ! 私は食レポに詳しい訳じゃないから陳腐な表現しかできないけど、美味しいよ!」


 そう星羅に言われて理子もたまらなくなり、トマトソースを食べた。


「美味しい!このトマトソースが生パスタに絡まって、口の中に広がるのがたまらない!」

「でしょでしょ!」

「これはわざわざ初日に予約を取った甲斐があったよこれ……!」


 思わず感動する理子。

 2人共、頼んだパスタをじっくりと噛みしめるように美味しく頂いた。


「あー最高だったよこのトマトソース! 余りにも美味しすぎて何だか眠いよ」

「美味しいからって眠くなるかなぁ? 確かに私も眠いけど」


 2人は、お腹がいっぱいになったせいか、眠気を感じるようになった。

 だが、しばらく経つと眠気が強くなるばかりだ。


「ねぇ星羅、やっぱり凄く眠いからしばらく椅子で寝ていい?」

「いいよ。その代わり、私も眠いから寝るね」


 2人は店でしばらくうたた寝する事にした。



 その様子を厨房で見ている店員がいた。


「こちら潜入班、対象の2人は眠った模様。サービスの紅茶に盛った睡眠薬が効いたと思われる」


 店員は小型無線機で誰かと連絡を取っている。


『こちら実行班、2人の様子を確認し、意識が無いようであれば救急車を呼ぶふりをしてこちらに連絡しろ』

「了解」



 眠った星羅と理子に向かい、店員が近づいた。

 店員は2人の意識を確認した。全く反応する様子は無い。

 その後、店員は店長に確認した。


「店長、4番のお客様2名の意識が無いようです! 救急車を呼んでも宜しいでしょうか!」


 開店初日のオペレーションに苦労している店長は深く考えずに答えた。


「くっ、開店初日にトラブルか! 構わない。早めに救急隊に連絡しろ!」

「かしこまりました!」


 店長のその発言を聞いた店員は、思わずニヤリとしていた。


――――――――――


(はぁ、外でずっと待っているというのも辛いな……)


 そろそろレストランから出てくれないかと思っていた衛だが、店の中が騒がしくなっているのに気が付いた。

 しばらくすると、救急車が店の前に停まった。


(店の中で急病人が出たか……?)


 心配になる衛だが、救急隊が店から運んだ患者は、星羅と理子だった。


(な……星羅と桂さんに何があった……!)


 思わずその場に駆け付けたくなる衛だが、2人にバレないように尾行した手前、姿を現す訳にはいかない。

 ふと、衛は救急車に違和感を覚えた。

 確かに救急車には『東京消防庁』と書いている。しかし、救急車のナンバーが緊急自動車に付けられる8ナンバーでは無かったのである。

 そして救急車の塗装や外装もどことなく雑なように見えた。


(もしかして、これは救急車ではないのか……? となると!)


 2人が誘拐された可能性を考え、衛は救急車のナンバーをメモした。

 その後、衛は父で所長の俊介に電話をかけた。


「こちら衛、星羅と桂さんが偽救急車で誘拐されたと思われる」

『偽救急車とは、相手も思い切った手を使ってきたな……衛、偽救急車を追いかけられそうか?』

「ちょっと難しいな……」

『分かった。警察にはこちらから連絡しておく。衛は偽救急車の情報を周辺から集めてくれないかな』

「了解」


 俊介へと連絡を終えた衛は、走り出した偽救急車を見ながら、悲壮な決意を胸にした。


「星羅、桂さん、絶対に助けるからな……」

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