第1章 シャーロキアンの人々

① 星羅の家族

(ヤバイヤバイ! もう14時!?)


 集合時間の14時、星羅はまだ列車に乗っていた。


(八王子駅まで後1駅だから、5分位で着くと思うけど、理子との約束が……!)


 遅れるという事が分かった時点で理子にメッセージを入れた星羅だが、その事に対して星羅は申し訳なさを感じていた。


(理子、怒ってないかなぁ?)


 焦る中、列車はようやく八王子駅に到着した。

 星羅はドアが開いた瞬間、邪魔にならない程度に早歩きで改札に向かい、理子を探した。

 しかし、いくら改札付近を探しても、理子はいなかった。


「あ……?あれ?」


 不審に思った星羅は、スマホを出し、理子からの返答を確認した。


『ごめんごめん、私も10分位遅れそうだから、全然気にしなくていいよ。むしろ私の方が悪いよ!』


 理子も遅れる事が分かり、星羅は内心ホッとしていた。

 星羅から遅れる事5分、改札から理子が息を切らして出てきた。


「はぁ……はぁ……星羅! 本当にごめん! 準備をしていたら時間が掛ってしまって!」

「ううん、大丈夫、それより息を整えようよ」

「分かった!はぁ……はぁ……」


 理子はかばんからペットボトルのお茶を取り出し、かなりの勢いで飲んだ。


「理子、これからカフェに行くのにそんなにお茶を飲んで大丈夫?」

「もう!今はとにかく水分が欲しいから!」


 そうしているうちに、理子の呼吸が落ち着いてきた。


「ふぅ、もう大丈夫。さて、シャーロキアンに向かおうか」

「そうだね。まぁ、14時ピッタリに行かなくても大丈夫でしょ」


 2人はシャーロキアンへ向けて、八王子駅から出発した。



 八王子駅から徒歩8分、ユーロードから少し外れた位置にカフェ、シャーロキアンがある。

 5年前に開業した比較的新しい店だが、店主の小松川健一がコーヒーの淹れ方にこだわっており、知る人ぞ知る店となっている。

 だが、星羅と理子がシャーロキアンを行きつけにしている理由はそれだけではない。


 2人が慣れた様子でシャーロキアンの扉を開けると、店主の小松川が馴れ馴れしい様子で2人に話しかけてきた。

 小松川はいかつい顔をしながらも紳士的な老人だ。


「おぅ、星羅か。今日は桂も一緒か。いつも通り、衛と一緒の席でいいか?」

「はい、お兄ちゃんと一緒の席でお願いします」


 そう言うと、星羅はまるで自宅のようにシャーロキアンの店内を動き、1人の黒髪短髪をしている男性が座っているテーブル席へと向かった。


「おっと、星羅か。今日は午前で講義が終わりなのか?それに桂さんも一緒のようだが……」

「そう、理子に誘われてここに来たの。お兄ちゃんこそ、働いているんでしょ。この時間からシャーロキアンにいて大丈夫?」

「俺はまだまだ探偵見習いだからな。お父さん、いや所長からは今日は小松川さんにくっついていろという指示を得ている」

「そう、ならいいんだけど」


 星羅と会話をした男性は瑞浪衛、星羅はお兄ちゃんと呼んでいるが、実際は従兄である。

 6年前、星羅の両親が殺害されてから、星羅の伯父が星羅を引き取ったため、その息子の衛が星羅の兄のような存在となっている。

 そして、星羅の伯父は探偵事務所を経営しており、衛もそこで働いている。

 シャーロキアンの店主、小松川はその探偵事務所の元所長であり、5年前に星羅の伯父に所長の座を譲り、自分は探偵業からは一線を退き、カフェの経営に勤しんでいる。

 そのため、小松川と瑞浪家は家族ぐるみの付き合いがあり、それが星羅がシャーロキアンの常連になった大きな理由である。

 理子も星羅に何度も連れていってもらったうちに常連となり、今では衛、星羅、理子と話をする関係となっている。


 3人が席に着くと、店員の若干青みのかかった黒髪セミショートの女性が席に水を運んだ。


「星羅さん、桂さん、飲み物はいつものでいいですか?」

「そうですね、羽柴先輩……って言うか逆に丁寧語を使われると違和感がありますって!」

「星羅さん、一応私はシャーロキアンの店員だから、お客様には敬語を使わなければならないのよ」


 星羅に羽柴と呼ばれた女性は羽柴蘭。シャーロキアンのアルバイトだ。星羅と理子の大学の先輩でもある。


「店長、コーヒー、紅茶を1つずつ!」

「あいよ!」


 慣れた調子で蘭は小松川に注文を伝えた。



 シャーロキアンは店主の小松川と店員の蘭の2人で店を回している。そのうち、料理や飲み物を作るのは店主の小松川だけだ。そのため、注文した物が出てくるのに時間がかかる。

 もっとも、その飲み物が出てくる時間に衛や理子と話をするのが星羅の楽しみであるが。

 だが、注文を終えると急に元気の無さそうな表情をした星羅に、衛は心配になった。


「そう言えば星羅、いつもより表情が暗いような気がするけどどうした?」

「お兄ちゃんには何となく分かるんだね……」

「桂さんには言えそうな事か?」

「大丈夫」

「私も星羅の事はちょっと心配だし、力になりたい。私で良ければ、話を聞くよ」


 そう言うと、星羅は大学で見た悪夢の事を衛と理子に話した。


「前に星羅の両親が旅行中に殺されたって事は聞いたけど、今でもそんな悪夢を見るんだ……」

「まぁね、けど、引き取ってくれたお兄ちゃんの家族はみんな優しいし、生活にも満足している」


 理子はショックを受けながらも、星羅の事を少し理解できたような気がした。

 一方、衛はまたかと思いつつも、星羅を気遣うように話した。


「星羅、6年前の事件は星羅の心にとてつもないダメージを与えたと思う。俺にとってもショックだ。それを忘れる事はできないと思う。俺が言えるのは、今、平穏に生きて、過去の事を乗り越えていく事だろうな」

「……それは私も分かっている。けど、やっぱり夢で見てしまうんだ」

「……そうか」


「ほら、星羅さんも理子さんも衛さんも表情が暗いですよ!」


 いつの間にかテーブルの前に蘭がいた。


「羽柴先輩!?」

「ちょっと急に来ないで下さいよ羽柴さん。まぁ、今まで結構暗い話をしていましたからね」

「そんな3人に私からのちょっとしたプレゼントがあります!」


 そう言うと、蘭は手の中からハート型の飴を取り出した。


「こういう時は飴でも舐めつつ、心を落ち着かせましょうよ。店長には秘密ですよ!」

「バレてるぞ羽柴。だが、まぁいいだろう」

「すみません店長!」


 コーヒーを淹れている小松川に咎められる蘭だが、あまり反省している様子はない。


「と言う訳で食べて下さいよ。皆さん!」

「ありがとうございます!」


 3人は蘭からもらった飴を舐めつつ、悪夢の事を忘れようとした。

 星羅は早々と飴を齧り、蘭に話しかけた。


「ありがとうございます! 羽柴先輩!」

「あら、そんなに早く食べなくてもいいのに。けど落ち着いたかな」

「そうですね。さっきの事は忘れられそうな気がします」


 3人が少し落ち着いた様子を見せたタイミングで、小松川がコーヒーを淹れ終わった。


「羽柴、飲み物の準備ができたぞ。運んでくれないか」

「分かりました!」


 羽柴が3人のテーブルに飲み物を運んできた。


「星羅さんのコーヒーはいつも通りブラックでいいですか」

「はい!」


 その様子に、横に砂糖とフレッシュを入れたコーヒーを置いた衛が話しかけた。


「星羅、いつもの事だけど、よくコーヒーをブラックで飲めるな。苦くないのか? 」

「え、全然平気だけど。むしろお兄ちゃんは飲めないの?」

「アレは苦すぎて俺には無理だよ」


 理子も紅茶を飲みつつ、2人の様子を見ていた。


「私はコーヒーは苦手かな、むしろ紅茶派だね」


 その後の3人は悪夢の話を忘れたかのように雑談をし、気づけばかなり長い時間が経過していた。


「おい、星羅……桂さんもだが、そろそろ帰らなくていいのか?」

「えっ! もうこんな時間?」

「私はそろそろ帰った方がいいかもしれない。まぁ、またシャーロキアンに来ればいいし」


 理子がそう言うと、星羅も帰る準備を始めた。


「私も理子と一緒に帰りたいと思うけど、お兄ちゃんは?」

「俺はもうちょっと居たいから2人で帰ってくれ」

「分かった! じゃあ、家でまた会おうね!」

「ああ」


 そう約束すると、2人は会計を済まし、シャーロキアンを出た。


――――――――――


 2人が居なくなると、衛は蘭、小松川と共にシャーロキアンの厨房の奥の部屋に行った。

 そして、小松川は2人に対して、厳しい顔をしながら話した。


「衛、星羅が悪夢を見たと言ったが」

「表向きには両親を殺害した加害者は自殺したと隠蔽していますが、実際は星羅が異能者になって殺していますからね。星羅に対しても、自身が異能者だとは言っていませんし」

「それを公表するのはあまりにも世間への影響が大きいからな……。探偵のコネは最大限に使ったが、悪夢になって出てくるとは」


 小松川は頭を抱えた。


「いざとなったら俺が中心になって異能者サークル『ベイカー街』を動かし星羅を止めるが、そうならない為に衛、羽柴、星羅の心の支えになってやれ」

「勿論です! 私も『ベイカー街』の一員ですから」


 蘭は覚悟を決めていた。


「俺は星羅の兄のようなものですからね。6年前の事件は俺も背負っていかなければならないと思っています」


 衛の決意も一緒だった。

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