第8話 恐怖!律儀な車!
靖男は男爵一家に挨拶をすると、外で待っていた衛兵隊と合流した。
「ヤスオ殿は馬には乗れますか?」
「いえ、乗ったことがありません」
「そうですか。では私の後ろに乗って下さい」
少し考えてから衛兵が言う。馬のタンデムかあ、乗り心地悪そうだなあと靖男は思った。それに、ガチムチ男性にしっかりつかまっての移動と言うのにも靖男は抵抗を感じた。
「さあ、いかがなされた?遠慮せずにさあさあ!」
こちらに手を差し伸べる衛兵。その押しの強さに靖男は少し引いた。
「あ、自分の召喚獣があるのでそちらに乗って行きます」
「おお!さすが召喚術師殿!!わかりました!では、我々について来て下さい!おい、ベンギウム!」
「はっ!」
「召喚術師殿は召喚獣に乗ってついて来られるそうだ。お前は隊の後ろについて術師殿が離れないように注意して差し上げよ」
「わかりました!」
命令されたのは若い衛兵であった。靖男は今から呼び出そうと考えているホラーヒーローは、馬に遅れるなんてことはないんだけどなあ、と思った。
「では術師殿!出発しますのでご準備を!」
「わかりました。それでは呼び出しますけど驚かないようにお願いしますね」
「はい!」
靖男に言われて若い衛兵、ベンギウムはワクワクしていた。靖男の成し遂げた事について、既に色々と耳に入っていた。いまだかつてないようなモノを召喚し、男爵家の危機を幾度も救ったと言う。しかもそれは、ここ一両日中の話だ。ベンギウムは生唾を飲み込み靖男の召喚獣の出現を今か今かと待ちわびる。
「さてさて、いらっしゃい」
靖男がつぶやくと目の前に現れたのは、禍々しい雰囲気をまとった黒塗りの高級車であった。
正確には1971年式リンカーン・コンチネンタルマークⅢをベースに改造された車、映画ザ・カーで大暴れした悪魔の車である。
「ようこそ。今日はひとつお願いしますね」
靖男が丁寧な挨拶をすると悪魔の車は獣の唸り声のようにエンジンを高鳴らせた。
「うわっ!!これが、ヤスオ殿の召喚獣ですかー!なんと雄々しく力強い魔獣である事か!!」
ベンギウムが感激してべた褒めすると、悪魔の車は、わかってるじゃねーかおめー、と言った感じでゆっくりベンギウムに近付き、ドウンドウンと車体を揺らすのだった。
「それでは、どうぞ出発されて下さい」
「はっ!」
ベンギウムは勢いよく敬礼すると、馬を走らせ準備完了の旨を知らせに行った。靖男は悪魔の車の運転席に乗り込んだ。
前の馬について行けばいいんだな?悪魔の車は靖男の心に語り掛けた。
ええ、お願いできますか?靖男も答える。任せよ、なんなら後ろの席で寝ていても良いぞ、と悪魔の車は進めて来るが、何があるかわからないので前が見える席に居たいのだが構わないかと靖男は答える。
うむ、そうした事ならそれも構わぬ。では、出発するぞ。と悪魔の車は靖男に語り動き始めた馬の後に続くのだった。
しかし、左ハンドルってのは違和感があるなと靖男は思った。そして、革張りのシートはまるで高級なソファーのようだし、車内の作りが高級でおまけにデカイ事に靖男は驚きを隠せなかった。
「こんな高級な車、乗った事が無いよ」
靖男が思わず口に出すと、まるで笑うように回転数が上がるのだった。
馬に乗った衛兵隊が駆け抜ける土埃の中、靖男は高級車のフカフカのシートでくつろぎながら時を過ごすのだった。
そうして移動を続けていると。
「襲撃だぁー!!陣形を整えろー!!」
前方を走る衛兵隊から大きな声が聞こえる。馬は歩みを止め横に広がった。
「ヤスオ殿!前方より敵襲であります!!」
ベンギウムが走って来て靖男に伝えた。ガオンガオンと悪魔の車が急き立てるように空ぶかしする。
「そうですか。ではひとつ、私が行って当たって見ますよ」
窓を開けて靖男が答える。
「え?おひとりでですか?」
「ひとりではありませんよ。私には彼がいますから」
そう言って靖男はハンドルを軽く叩いた。はやる気持ちを表すように悪魔の車は激しく空ぶかしをする。
「ほら、彼も早く行かせろと急き立てていますよ。ちょっと出てきますので、道を開けて下さいますか?」
「わ、わかりました!今、伝えてきます!ご武運を!!」
「はい」
返事をする靖男に頷くとベンギウムは一目散に馬を走らせた。
しばらくすると靖男の前方を塞ぐように展開していた馬が左右に別れ道を開けてくれる。
「失礼しますよ」
道を開けてくれた衛兵隊に挨拶をして先に進む靖男。正確には靖男を乗せた悪魔の車。
前方、土煙の中に見えるのはこちらに向かって走ってくる複数の馬。騎乗しているのはエリカの馬車を襲ったような荒々しい恰好をした者どもだった。
それでも、話し合いで解決するならそれに越した事は無しと思った靖男は、声をかけてみるから奴らに近付いて欲しいと悪魔の車にお願いした。
話が通じる相手ではないと見受けるがな、通じないとわかったら好きにやらせて貰うぞ。と悪魔の車は靖男の心に語り掛けるので、その時はお願いしますと靖男は答えるのだった。
「おらっ!!!」
こちらに向かって全速力で走って来た盗賊団の男は、問答無用で悪魔の車に持っていた大ハンマーを振り下ろした。
「ガッキィィィン」
悪魔の車はへこむ事も無く大ハンマーを跳ね返す。好きにさせて貰うがいいな?悪魔の車は律儀に靖男に確認を取った。ええ、仕方ありませんね、お願いします。靖男はお願いした。すると、一瞬、強風が起き辺りに砂埃が舞い上がった。そこからは一方的な虐殺の始まりだった。
砂埃に目を押さえた先ほどの大ハンマー男は、アクセルターンした悪魔の車のリアバンパーに馬ごと跳ね飛ばされ落馬したところをあっさり轢かれてしまう。一斉に襲い掛かって来る盗賊団の攻撃は、武器での攻撃も魔法の石つぶても悪魔の車のボディーに傷一つ与える事はできなかった。
悪魔の車は狂喜するように、オフロードを駆け抜け時にドアを開けて跳ね飛ばし、縦横無尽に暴れまくった。
なにしろ、この車、全長6メートル、重量2.5トンである。盗賊団はボーリングのピンのようだった。
それにしても、悪魔の車のドライビングテクニックはまさに神業、いや、悪魔的であった。というより物理の法則を無視するような挙動すらしていた。それでいて、乗っている靖男にはその横Gがほとんど感じられないというのも、甚だ奇妙であったがそれこそがホラー、我こそホラーの住人だ!と靖男は心の中で歓喜するのであった。
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