第6話 恐怖!真夜中のおばさん!

 「カッフージ執事長がなぜ?」


 門番をしている衛兵に事態を話し、衛兵隊に来て貰ったのだが、男爵の許可後カッフージ執事長の部屋を捜索した衛兵隊が発見したのは謎の薬品と幾つかの刃物、それに燃やされた手紙らしき灰だった。

 衛兵隊はそれらを遺体と共に持ち帰り詳しく調べると男爵に約束し引き上げて言ったのだが、これは、誰が考えてもカッフージ執事長が男爵の命を計画的に狙っていた事は確かだった。

 そして、男爵の部屋にてエリカ、エドモン、マリエラ、靖男が今回の件を話し合っていた。

 「何故かまではわかりませんが、一緒に見つかった薬品の内容によっては、お兄様の体調に関しても説明がつくかもしれませんよお父様」


 「何という事だ」


 エリカの言葉に男爵が頭を抱えた。

 

 「悪い事ばかりではないかも知れませんよ」


 悲痛な空気に包まれた中、靖男は言った。


 「なぜです?」


 エドモンが聞く。


 「まずエドモンさん、あなたの健康についてですが、もし執事長の薬が原因ならばこれからは回復の一途をたどる事でしょう。それに、あの執事長はこのお屋敷を購入された際に一緒について来たとのお話ですが」


 「はい」


 今度はエリカが返事する。


 「ならば、執事長の犯行動機と、このお屋敷を売った商会に何も関係がないと言うのも不自然ではないですか?」


 「まさか!いくらなんでも、アディショリア商会がなぜ?我が領とは古くから友好的な関係を保っているはずだが!」


 「お父様!御身体に触ります、落ち着いて下さい」


 エリカが興奮する男爵をなだめる。


 「ヤスオ様、ヤスオ様はご存じないと思いますがアディショリア商会は祖父の代からの付き合いがある商会なのです。さすがに我が男爵家に仇を成すような事は考えられません」


 エリカは、こればかりは譲れないという調子で靖男に言った。

 

 「エリカさんの話を信用しない訳じゃないので、それだけは忘れないで頂きたいのですが。子爵がどのくらいこの領を欲しているかを考えてみて下さい。その欲の強さを考えてみるとどうですか?それでも、アディショリア商会は信用できますか?」


 この世界と靖男の生きて来た世界ではいろいろと価値観も違うだろう、とは靖男も心得ていた。だから、貴族とその領にいる商人の関係性も自分には計り知れないと考えていた。しかし、人の欲はそうは変わるまいとも思っていた。靖男が見ただけでも盗賊に襲わせ、群衆に刺客を紛れさせ、呪いの道具を仕掛けるなど、とんでもなく手間がかかっているのがわかる。子爵の強い欲を靖男は感じるのだった。

 

 「むぅ、ヤスオ君と言ったか。それを言われると実に厳しいのだよ、エドモンにエリカよふたりにはまだ言っていなかったが、ストレイトマン子爵が我が領を強く欲しているのは理由があるのだよ。ふたりも大きくなった、この機会に話しておこうか」


 男爵がベッドから上体を起こして言った。

 

 「私は退出致しましょうか」


 さすがに靖男も家庭の事にくちばしを突っ込み過ぎたかと少し反省したのだった。


 「いや、ヤスオ君。君にはこの件で随分と世話になった、この話も聞いて貰いたい。お恥ずかしい話ではあるのだが」


 男爵は落ち着いたトーンでそう言った。それを聞いた靖男はエリカとエドモンを見るが、ふたり共、肯定の意味で頷くのだった。

 男爵に促され、部屋にあるイスに三人は座って話を聞いた。それは、男爵とその妻キャテリーヌ、そしてストレイトマン子爵にまつわる愛憎の話であった。

 ナイアセン男爵は幼少期より武勇に優れ、才気煥発であった。青年になったナイアセン男爵はその非才さに加え、人柄も良く、すでに領内外でその人ありと言われるほどであった。男爵はその辺りを自分事なので小さく表現していたが、エドモンとエリカにはそれがつつましい表現である事が良くわかった。

 そして、ナイアセン領でも格式の高い貴族の令嬢である娘と婚姻を結ぶ。エリカとエドモンの母である、キャテリーヌであった。

 彼女もまた、ナイアセン領内外に音に聞こえる人であった。それは、その美しさのみならず、知性に優れ、勇気もあるまさに智勇兼備な人と名高く、社交界でも多くの人を魅了する程の存在であった。そんな女性が放っておかれるわけもなく、引く手あまたで領外の位の高い貴族からも輿入れの話が上がるほどであったが、そうした好条件の話であっても本人がなかなか首を縦に振らない。

 実は彼女には社交界に見せる以外に他の顔があったのだった。

 ナイアセン男爵は、若い頃にたびたび屋敷を抜け出し街へ行っていた。それは、遊びではなく、いや気晴らしの意味もあったかな、と男爵はこぼすが、街に行く理由、それは市井の民の生活を肌で感じ知るためであった。

 何事も実際に経験してみないと気が済まない男であった青年期の男爵は、そうして折を見ては屋敷を抜け出し、街に行った。なかでも良く行ったのはスラム地区、いわゆる貧民街であった。

 その存在は知っていたが、実際に足を踏み入れてみて青年だった男爵は驚愕した。

 人がこのような環境で生活できるのか、子供や老人までいると言うのに、と。

 そして、実際にそこの人たちと触れ合うにつれ、もう一度驚愕する事になった。

 それは、ここに暮らす人たちが、あまりに明るくはつらつとしているからだった。

 若き男爵はこの場所を気に入った。そして、そうした地域で暮らすという事がどういう事なのかリアルに感じていったのだった。

 この地域の人たちの事がすっかり好きになった男爵は、時に悪辣な金貸しを懲らしめたり、不法なやり方でこの場所に住む者を追い出そうとする商会の陰謀を暴くなど、どこぞの遊び人のお殿様ばりの活動をしていたそうだ。

 そんな中で知り合ったのが、自分と同じように時折現れては、子供や老人に何かを持って来たり、困っていることがあれば世話をしたりする奇特な女性だった。

 

 「それが母上様だったのですね?」


 エドモンが尋ねる。

 

 「ふふふ、まあ、そういう事だ。キャテリーヌもまた私と同じ思いを持っていたのだよ」


 お互い素性を隠していたので当初はどちらも奇特な人だと相手を認識していたのだが、悪徳商会や暴力組織の介入によるトラブルを解決した際に何度も顔を合わせる事になり、その優れた武勇や衛兵などの官憲にも何かと顔が利いている様子などから、二人はお互い気になる存在になってきた。

 そうして、ある夜の舞踏会にて喧騒を離れバルコニーへ向かった男爵が見たのは、あの、貧民街で度々顔を合せる彼女であった。

 向こうもそれに気づいたようで、ふたりはバルコニーで笑い合い楽しい時間を過ごした。

 そしてそれからいくらもしないある日、男爵は正式にナイアセン領領主となった。それは簡単には屋敷を抜け出せぬ立場になったという事でもあった。

 それは男爵にとって、とても寂しい事だったが、領を治めるという事はそれだけ責任のある事、と腹をくくった。

 しかし、そうは言っても男爵もまだ若かった。そうした思いは表面ににじみ出ていたのだろう、少なくとも親しい物にはそう感じ取られていたようで、心配されていたようだった。

 それは男爵の父と母も、当然感じ取った。そうして男爵の父母が取ったのは男爵への婚姻話であった。

 男爵は難色を示したが、智勇兼備の素晴らしい女性だとの事、一度だけでも会って見よと父から言われ、会ったのがキャテリーヌだった。

 

 「私は知らなかったが、キャテリーヌは知っていたようで驚く私とは対照的にすまし顔だったのをよく覚えているよ。そうして、私はキャテリーヌを妻に娶ったのだが、最初に話した通りキャテリーヌは幾つもの縁談を断っていたのだが、そのうちのひとりが誰あろうストレイトマン子爵であったのだよ」


 「しかし、それだけの事で、ここまでするでしょうか?」


 エドモンが言葉を絞り出すように言う。


 「ストレイトマン子爵のキャテリーヌへの思いは異常なほどであったようだ。キャテリーヌはそれを怖がっているふしもあった。あの町のチンピラ相手に一歩も引かぬ豪胆なキャテリーヌが、だ。実際にキャテリーヌが貧民街へよく来ていたのも、屋敷にいるとストレイトマン子爵からの贈り物を持った使いの者が頻繁に来るので、不在にするためでもあったそうだ。」


 それに、と言って男爵は言葉を切る。そして、間を置いて語ってくれたことは気分が悪くなるような事ばかりだった。キャテリーヌへのプレゼントを持たせた使いの者が手渡せずに帰ると酷い折檻を受けると泣いて訴えた、とか、それで受け取るだけは受け取ったが当方にその気がないのでと、男爵家から丁重に送り返すようになってから、キャテリーヌが可愛がっていた庭に良く来る小鳥が毒餌で殺された、とか、どうにも子爵からのアプローチの影に悪質なストーカーまがいの現象がチラつくようになったそうだ。

 

 「そうした事はここへ嫁いで来てからパッタリ無くなったのだがな。そんな事もあったのでエリカへ縁談話が合った時も私は気が気ではなかったのだよ。子供の代まで遺恨を残すのは醜い事だし、エリカが決める事だからとは思ったのだがな。正直な気持ちを言えば、エリカが断ってくれて嬉しかったしホッとしたのだよ」


 「そんなお父様」


 「すまん、エリカ」


 「謝られないで下さいお父様!エリカこそお父様の御心を汲めず!」


 エリカが感極まって男爵に抱き着く。


 「おっと、麗しき家族愛はその辺りにしてもらおうか」


 突然声がして部屋のドアが開き男たちが入り込んできた。

 先頭の男は女性を人質に抱えている。


 「妙な動きをすると、この女の喉笛を引き裂くからな」


 男は後ろから抱えた女性の喉に短刀を当てた。短刀を当てられた女性は黙って靖男を見ている。


 「ヤスオ様?」


 エリカがヤスオを見る。


 「大丈夫ですエリカさん。お前たち、屋敷の者を傷つけてはいないだろうな?」


 靖男は入って来た男たちに聞いた。部屋に入って来た男は人質を取った男の後ろに4人。いずれも手に短刀を持っているが靖男からは血に濡れてはいないように見えた。


 「安心しな眠って貰ってるだけだ。なぜだかこいつにだけは眠りの魔法が効かなかったが、こいつの上着に眠り防止の術でも編み込んであるんだろ?まったく、こんなおばさんを眠らせずに働かせるだなんてな、あんたもそうとうな因業じじいだな、ストレイトマンと変わらねーじゃねーか」


 「おい!」


 人質男の言葉に後ろにいた男が制止をかける。


 「構わねーだろ?どうせこいつらはここで皆殺しだ、そこのお嬢ちゃんはもったいないけども、確実に殺せと言われてるからな、まあ、仕方ねーよもったいないけどよう。どうせカッフージはしくじると思ってたんだよ、偉そうなことを言っていつまでたっても、そこのガキひとり毒殺できねーじゃねーか!ガキをやれねーなら、親をいけって強い事言われてたけどよ」


 「誰が言ってたんですか?ストレイトマン子爵ですか?」


 「あ?そんなわけねーだろ?子爵様が俺らなんかに直接会って下さるとでも思ってんのか?って言うかお前、誰だよ?街の入り口でも俺たちの事邪魔してくれたな?先に殺すか」


 人質を取った男が笑って言う。男たちはいずれも顔を隠していない。これは目撃されても殺すから構わないという意思の表れだろうと靖男は考えた。


 「男爵如何いたしますか?彼らを生け捕りにしますか?」


 「な、なにを?ヤスオ殿?それではそちらの女性が。そちらの女性はヤスオ殿の?」


 「ええ、そうです」


 「そうですか、では、できればひとりは生きた状態で願いたい」


 「あ?お前らなにをごちゃごちゃと」


 靖男と男爵の会話に苛立った男が、人質のおばさんに突きつけた短刀をこちらに向けて怒鳴る。


 「わかりました。パメラさんやっちゃって下さい」


 靖男が言うと人質に取られていたおばさんが怖い顔で笑った。パメラと呼ばれた女性は自分を人質にしていた男の短刀を持った手をつかみ、男の身体を持ち上げて壁にぶん投げた。


 「ジェイソン!可愛い可愛い私のジェイソン、出てきて母さんを助けておくれ!!」


 ぶん投げた男から奪い取った短刀を持ったパメラが叫ぶと部屋の扉が吹っ飛んだ。


 「ジェイソン!助けておくれ!」


 パメラは扉を蹴り飛ばした巨体の男に言った。もう、説明は無用だと思うが、ホラー映画界のスーパーヒーロー、誰もが知っているこのホッケーマスクの大男こそが、映画13日の金曜日シリーズで有名なジェイソン・ボーヒーズその人であった。

 ちなみにジェイソンを呼んでいるこの金髪のおばさんは映画13日の金曜日パート1で殺戮を繰り広げた張本人、ジェイソンの母、パメラ・ボーヒーズ、その人であった。


 「いいよ!いいよ!ジェイソン!やっておしまい!」


 短刀を持ったパメラは叫び、男爵に襲い掛かろうとした男の刃物を持った手首を切り落とした。

 ジェイソンは近くにいた男の首を持ち、そのまま天井に向かってぶん投げると、男の首は天井に突き刺さり、ブランブランと身体を揺らすのだった。

 

 「クソが!!なんなんだこいつらは!!野郎ども!!出て来い!!」


 男が叫んで廊下が騒がしくなる。どうやら外に仲間がいるようだ。


 「彼らに任せて我々は部屋の端に避難しましょう」


 靖男が声をかけると、ようやくエリカとエドモンも正気を取り戻したようでベッドに寝ている男爵を起こして部屋の隅に移動するのだった。

 部屋の入り口付近では凄惨な暴力の嵐が吹き荒れていた。


 「皆さん、刺激が強いと思いますので目を伏せて下さっても結構ですよ」


 靖男は男爵、エドモン、エリカに言った。


 「いえ、ヤスオ殿の召喚獣ですし、これは我が身に降りかかった事、できれば目を逸らさずにいます」


 「そうですか、あまり無理をなされませぬよう」

 

 靖男は気丈に言う男爵へ伝えた。靖男は知っているのだ、あの親子の戦い方を。

 少なくともエリカさんにはあまり見て貰いたくないかもなあ、しかし、あのふたりはホラー映画界のスーパーヒーローだしなあ、悩ましいなあ、と良くわからない葛藤をする靖男であった。

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