第5話 恐怖!嵐の夜!
俊雄君に破壊して貰った呪物についてエリカお嬢様が修道長に説明したところ、恐らくそれは、恨みや嫉妬など負の感情を抱いた者の毛髪で縛り付けた親動物の前で餓死させた子動物の骨を用いたカースであろうとの事で、使用が禁じられている物のはずだと言う。
ならば、これを使用したのがストレイトマン子爵だとの証拠をつかみ、しかるべき場所にそれを提出すればナイアセン領に降りかかった悪意の元凶を断つことが出来るのでは。そう言ってマリエラは意気込んだが、そう簡単に証拠をつかませるような子爵ではないだろうとエリカお嬢様は言う。
一応、今回の呪物を仕込まれた家の元の住人については、捜索して改めて事情を尋ねるという事で衛兵にも話を通したのだが、どの家も近所の誰にも行き先を告げずに消えたとの事で、探し出すのは難しいだろうという事だった。
「悔しいですお嬢様!!マリエラは、こんなに悔しい思いをした事はございません!悔しゅうございますお嬢様!」
マリエラは泣きそうな顔でエリカお嬢様に訴えた。
「あなたの気持ちは痛いほどわかります。ですが、こんな事で心を折ってはなりませんよマリエラ。まだまだ、このぐらいで我がナイアセン領は破綻しませんよ!ここからが勝負ですよマリエラ!」
「はい!お嬢様!」
懸命に鼓舞するお嬢様の言葉にマリエラは深く頷いた。靖男はそばで二人のやりとりを聞きながら、なにか自分にできる事はないかと思うのだった。
「ヤスオ様、私はこれから父に報告に上がります。よろしければヤスオ様もご同席下さいませんか?」
「私のような者がご領主様に謁見しても構わないのでしょうかエリカお嬢様?」
「何をおっしゃられますか!ヤスオ様には幾度も窮地を救って頂きました!!そのヤスオ様を御父上に合わせずしてなにがナイアセン家でしょう!」
エリカは興奮して言う。
「それにお嬢様などとお呼びになられるのはおやめ下さい。ヤスオ様は私の従者ではないのですから」
控えめなトーンで言うエリカ。それをみてマリエラは春の訪れを感じるのだった。マリエラは少々気の早い女性なのであった。
「わかりましたエリカさん。それでは私もご一緒しましょう」
という訳でエリカとマリエラと靖男は、馬車に乗ってナイアセン男爵家へと向かった。
ナイアセン男爵家は靖男が思っていたよりは質素な建物であった。とは言え靖男が暮らしていた日本では、そうそうお目にかかれないレベルの大きさではあったのだが。
「うふふ、ヤスオ様、もっと立派な建物を予想されていましたか?」
そんな靖男の気持ちを察したのかエリカは微笑んでそう言った。
「ええ、正直にもうしますと、もっとお城のような建物を予想していました」
「やはりそうでしたか、我が父上の爵位は男爵ですので、さすがにお城のような建物という訳には参りませんが、それでも以前はもう少し大きな屋敷に住んでいたのですよ。それも、衛兵隊の拡充のために売り払う結果になってしまいました。ここは屋敷を買い取ってもらった商人に格安で譲ってもらったのですよ」
「そうでしたか」
屋敷の門には一人の門番が立っており、馬車を見ると慌てた様子でなにか訴えかけるのでマリエラがそれを聞いている。
「以前は門番ももっといたのですが」
恥ずかしそうに言うエリカ。貴族社会の生活レベルがわからない靖男はこれが恥ずべき事なのかも良くはわからなかった。
「大変ですお嬢様!!ご領主様が襲われて怪我をしたそうです!!」
「え!!それで容体は!」
「命に別状はないようですが、襲われたのが屋敷の中という事でショックを受けておられるようです」
「ええ!!屋敷の中ですって!!」
エリカが驚く。安心できるはずの家の中で襲われるなんて、それじゃあ心休まる場所がなくなってしまうではないか!と靖男は強い憤りを覚えた。
急ぎ屋敷内の男爵が療養している部屋へ向かう靖男とエリカ、マリエラ。
「お父様!!」
部屋に入るなりベッドに横になっている初老の男性に抱き着くように崩れるエリカ。
「これこれエリカよ、そんなに勢いよく抱き着かれると少々傷に響くぞ」
「ごめんなさいお父様、それで、傷の具合は?」
横になっていた男性、ナイアセン男爵は上体を起こし、傷は大したことはないと言った。昨晩、自分の部屋で夜中に気配を感じ、何者かと誰何するとカーテンの影にいた人物にいきなり刃物で切りかかられた。咄嗟にシーツを投げつけ大きな声を上げたが、素早い動きで投げつけたシーツを払った賊は男爵に向かって刃物を投げつけ、騒ぎを聞きつけた家の者が駆けつける前に窓から外へ逃げたのだと言う。
「このところ寒くなってきたので厚めのガウンを着ていたから傷は浅くて済んだのだが、左肩の下に突き刺さってな」
男爵がそこまで話し終えた時、ドアを叩く音がしてひとりの青白い顔をした青年が部屋に入って来た。
「エリカ、帰って来たのだね。すまなかったね、僕がもっとしっかりしていれば、こんな事には」
「なにをおっしゃられますかお兄様!お兄様はお身体を大事になされて下さいな、次期ナイアセン領、領主となられるお方なのですから」
エリカが青白い顔の青年、ナイアセン男爵の長男エドモンにそう言った。
「うう、すまないねエリカ。せめて母上がご健在ならこんな事には」
「それは言わない約束ですよお兄様」
「ごめんよエリカ。それで、そこのお方は誰なのだい?」
「そうなのです!お父様、お兄様!」
エリカは靖男についてふたりに説明をした。今日薬を持って帰る道中に盗賊団に襲われている所を召喚獣で助けてくれた事、その後も街に入る途中、人ごみに紛れてエリカを亡き者にせんと狼藉を働いた者達をことごとく返り討ちにした事、そして、領民を苦しめたカースの根源を発見し破壊してくれた事を、エリカは熱弁を振るって説明した。
それを見たマリエラは心の中で春近し!頑張れお嬢様!とエールを送るのだった。こうした話が大好きなマリエラだった。
「そうだったのですか。それは私からも深く感謝をさせて頂きます。なにかお礼がしたいのですが、我が領も私も、この有様でして、本当に情けない」
「ううう、父上、私が不甲斐ないばかりに!」
「お前はお前で頑張っているのを私は良く知っている。とにかく、健やかに過ごしておくれエドモン」
「ううう、父上!」
はっしと抱き合う男爵とエドモン。
「すいませんヤスオ様お見苦しいものをお見せして」
そう言ってエリカが振り返ると、なんと、その様子を見ていた靖男は涙を流していたのだった。
「えっ?」
まさかこれで涙するとは、さすがのエリカも予想が出来ず驚きの声を上げてしまう。
「うんうん、親子って素晴らしいよね。家族が力を合わせるのって本当にいいものですね」
ではまたお会いしましょうと続けそうな勢いで靖男は言った。しかし、本人はいたって真面目であり心の底から、そう言っていた。靖男は家庭と言うものに恵まれなかった過去があるので、余計にこうしたものに弱かったのだった。
「え、ええ、そう言って頂けますと私も救われますわ。しかし、お父様、昨晩襲われたこの部屋でまた過ごすのは些か物騒ではありません事?」
エリカが言う。
「それはそうだが、ここが一番、賊に対して守りが固い部屋なのだよ。昨晩はうっかり窓のカギをかけ忘れてしまったようだが、今日はしっかり鍵もかけ、隣の部屋には庭師と料理番の若者が寝ずの番をしてくれると言うから、そんなに心配する事もあるまい。それに、いかに賊が大胆でも二日連続で襲ってくることもあるまい」
「しかし、お父様」
「大丈夫だよエリカ。執事長のカッフージも警戒を怠らぬよう注意すると言ってくれている。それよりも、恩人にお食事を用意してあげなさい。ヤスオ殿、たいしたもてなしも出来ぬが、せめて、ゆっくりとされて下され」
「ありがとうございます男爵」
靖男は深くお辞儀をする。エリカは納得のいかない表情をしていたが、わかりましたと返事をし退出する事にした。兄のエドモンは食欲がないので、もう少し父上と話をするよ、と部屋に残った。
「私、どうもあの執事長の事が好きになれませんわお嬢様」
「気持ちはわかりますが、この屋敷の事は誰よりも知り尽くした方ですから、そう言わないで下さいマリエラ」
「すいませんお嬢様」
「でも、マリエラの言う事もわかりますけどね」
部屋を出た所でエリカとマリエラは言葉を交わす。
「執事長さんはどんな方なのですか?」
靖男が尋ねるとエリカは少しだけ眉をひそめて語ってくれた。カッフージ執事長はこの屋敷を譲ってもらった時に屋敷とセットでついて来た人で、この屋敷の事は誰よりも心得ていると、時に男爵やエリカの指示にすら難色を示すことがある人物だとの事。家主に逆らうとは凄い執事ですねと靖男が言うと、逆らうと言うほどではないのですが、ガンコな事は確かですね、とエリカは言うのだった。
「お嬢様、お客様がいらっしゃるという事ですが?」
廊下で話していると、鋭い目つきをした初老の男がつかつかとやって来て言った。噂をすれば影ですわ、とマリエラが靖男に目で語りかける。
エリカが靖男を紹介すると、お嬢様を助けて頂いた事には感謝するが、昨晩、男爵様が襲われたばかりで見知らぬ男性を当館にお泊めする訳にはいかない、と硬い口調でカッフージ執事長は靖男に言う。
さすがにエリカが声を荒らげ、命の恩人に無礼は許しませんと言うが、それでは男爵様の部屋から離れた客間でならばとカッフージは言う。エリカは何か言い返そうとするが、カッフージはこれが精いっぱいの譲歩ですこれ以上はいくらお嬢様でも男爵様の安全のためには譲れません、と取り合わない。
なるほど、こういう人かと靖男は納得するのだった。納得はするがそれでは男爵を守れない。靖男は一計を案じた。食事の時、靖男はエリカに男爵に警護を付けたいのだがと提案した。
エリカはありがたい話なのだが、さっきも見て貰ったように執事長が頑固でそれを許しはしないだろうと答えた。靖男は、自分の召喚獣ならきっと誰もその存在に気が付かないでしょう、ただ、男爵の寝室にそれがいる事は確かなので、エリカからそれを男爵に伝えて欲しい、とお願いした。
エリカがそういうことでしたら、わかりました了承いたしましょうと答えると、靖男は礼を言い、それではエリカさんの後に続いて男爵の部屋に行っておくれ、男爵を害する者には容赦しなくていいよと虚空に向けて話しかけるのだった。なにかはわからないがこれは靖男の召喚獣なのだと自分を納得させたエリカは、靖男に言われた通りにするのだった。
そして、その夜。
「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
屋敷中に響き渡るような絶叫にエリカは飛び起きて父の元へ走った。
「お父様!!」
激しい勢いでドアを開けたエリカが見たのは、いつのまにか嵐になっていたようで開いた窓から吹き込む強い風に舞うカーテンの姿だった。いや、カーテンの動きにしてはあまりにも不自然な膨らみにエリカは良く目を凝らすと、そこに見えたのは、カーテンで首を吊るようにしてブラブラ揺れる執事長カッフージの姿だった。
「男爵はご無事ですか?」
入って来た靖男に言われて初めて父の存在に思いがいったエリカがベッドの上を見ると、男爵はやはり目の前で起こった事に衝撃を受けたのか、言葉も出ずただ、手を振って自分は大丈夫だと示すばかりだった。
「どうやら、ご無事のようですね。エレナさん、男爵殿をお守りいただき感謝する」
その瞬間、稲妻が光り、靖男が話しかけている何もない空間に透明な身体が浮かび上がったのを、エリカも男爵も、駆けつけたマリエラとエドモンも見たのだった。
「そ、それがヤスオ殿の召喚獣なのですか?」
男爵がようやく落ち着きを取り戻したのか声に出して言う。
「ええ、そのうちのひとりですよ」
靖男は答えた。靖男が呼び出したエレナさんとは、映画サスペリアに出て来た魔女バレエ学院の長老にしてラスボス、エレナ・マルコスその人なのであった。
「ありがとうエレナさん、助かりましたよ」
靖男が声をかけると、部屋中に響き渡るような笑い声がして気配が消えた。魔女エレナ・マルコスは元の場所へと帰って行ったのだった。
吹き込む風と揺れる執事長の死体もそのままに、あっけに取られて固まっていた皆もそれで我に返ったようで、窓を閉め、執事長の遺体を降ろす事を始めるのであった。
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