第4話 恐怖!異世界の呪い!

 「あれは丁度一年前の事です。隣領のストレイトマン子爵より、私を子爵家の嫁に迎えたいとの話があったのです。しかし我がナイアセン家の子供は兄のエドモンと私のふたりだけ。兄のエドモンは病弱なため、もしもの事を考えると私が輿入れできる状態ではありません。それで、事情を説明し丁重にお断りをしたのです。それから、我が領と取引のあった商会が急に取引できなくなったり、我が領の交通の要所に盗賊が出没し始めるなど、領経営が傾きかねない事が続きました。それでも、父と私で新しい取引先を開拓したり、私財を使い衛兵を増やすなど頑張って来たのですが、ここに来ての謎の疫病です。症状を見た修道長さんによると、これは何らかのカースであるとの事でした。私は、カースに効果のある薬を手に入れるために高名な薬師の元へ行ったのです。そして、その帰り道に盗賊団に襲われていた所をヤスオ様にお助け頂いたのです」


 エリカは振り絞るように言葉を出して説明した。これを持って、自分が招いた事と言うエリカの責任感の強さに、これまた靖男は心を打たれるのだった。だが、心を打たれてばかりもいられない。


 「それでは、それら一連の事はストレイトマン子爵家の仕業であるという事ですか?」


 「ええ、今回の盗賊の襲撃に続き街の入り口での狼藉で確信いたしました。ストレイトマン子爵は我が領の乗っ取りを画策しています。現在のナイアセン家は高齢の父に、その跡継ぎは病弱な兄、実質、私が領の実務を預かっていると言っても差し支えない程です。ストレイトマン子爵は私を輿入れさせることで、ナイアセン領を実質的な属領にする算段だったのでしょうが、その目論見がハズレ、細かな嫌がらせをして自分に泣きつくのを待ったのでしょうが、私たちが子爵の予想よりもしぶとかったために、更に強引な手段に出ざるを得ない状況だったのでしょう。その手段が私の暗殺だった・・・・」


 エリカは肩を落として言った。さすがに自分が命を狙われているという事を、口に出して言うのはショックだったのだろう。しかも、それだけではない、ナイアセン領の運命もがそこにはかかっているのだから。


 「ここに搬入された人たちの共通点として、同じ井戸の水を使用していた事が判明しています。その井戸と同じ水脈を使っている別の井戸の使用者には異常が無かった事、また、効果が薄まったり弱まったりせずに継続している事からも、毒物ではなくカースである事は確かなのですが、腹立たしい事に呪物が見つからないのです」


 エリカは悔しそうに言い、手をギュッと握りしめる。

 

 「呪物が見つからない限りその井戸は使用することが出来ません。本当に、悔しい限りです」


 「わかりました。私が何とかして見ましょう」


 感じなくても良い責任を感じ、負わなくても良い重荷を背負うエリカの姿に靖男は思わずそう言ってしまっていた。できるかどうかはわからない、自分にできるのは自分を救ってくれたヒーローを信じる事だけだ。靖男はそう思った。そして靖男はそのヒーローたちに全幅の信頼を寄せていたのだった。

 靖男はエリカにお願いしてその井戸に案内して貰った。井戸は三か所、現在は全て閉鎖してあると言う。

 そのうちの一か所に立った靖男は意識を集中した。カースってのは呪いの事らしい、呪いならばその道のエキスパートに頼めばいい、靖男は考えた。ヒット検索結果あり。

 

 「お願いします」


 靖男はいつものようにお願いをする。


 「ひっ!」


 「し、失礼ですよマリエラ、ヤスオ様の召喚獣なのですから」


 マリエラが息をのむのも仕方がない。靖男の前に現れた全身白塗りブリーフ一丁の真っ黒な目をした少年はそう、言わずと知れた日本ホラー界を代表するホラー映画、呪怨の俊雄君、その人である。


 「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁお」


 俊雄君はあくびをするようにやや上を向いた状態で口を開け、ちゃんとした猫の声で鳴いた。


 「ひぃ」


 小さく悲鳴を上げるマリエラさん。これには、さすがのエリカお嬢様も仕方なしと思いたしなめずにいる。


 「ごきげんはいかがですか俊雄君」


 悪くないけど、ここにはお母さんのじゃない嫌な匂いがするよ。俊雄は靖男に心の声で語り掛けた。しかし、俊雄と靖男、字面は似ていないが音にすると似ていてややこしいのであった。

 

 「やっぱり、そうでしたか。実はお願いと言うのは他でもない、その匂いの元凶を探って頂きたいのです。できるでしょうか?」


 お安い御用だよ。先生もいい人だったけど、靖男兄ちゃんもいい人みたいだから、やってあげる。

 俊雄は靖男に心の声でそう言った。


 「ありがとう。では場所を教えてくれるかい?」


 俊雄は小さく頷いた。

 

 「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 俊雄が周囲を見渡すと、小さなうめき声のようなものが聞こえて来る。俊雄は井戸から段々遠くに歩いて行く。

 

 「ぁぁぁぁぁぁあああああああ」


 うめき声のようなものが大きくなる。俊雄は一軒の家を指さす。


 「ここの家の人は?」


 「もう、随分前に夜逃げをして今は空き家です」


 靖男の問にマリエラが答えた。


 「入ってみよう」


 靖男は俊雄に言いドアを開けた。靖男が先に入ると後から俊雄もついて来る。

 俊雄は周囲を見渡し壁に一点を見つめる。ここだよ、この中にあるよ。

 俊雄は壁を猫のようにカリカリと引っ掻いた。


 「どうやら、この壁の中に何かが埋まっているみたいです」


 僕が壊そうか?俊雄が靖男の心に語り掛ける。


 「俊雄君が壊しても良いか尋ねてます。壊しても良いですか?」


 靖男は、まだ俊雄の事を怖がっているのか及び腰になっているマリエルとエリカに尋ねた。

 

 「え、ええ、構いませんが」


 マリエラさんが言う。


 「いいってさ」


 靖男が言うと、俊雄は頷き壁に向かって猫の声で激しく鳴いた。


 「なぁぁぁああああるぅぅぅぅぅろぉぉぉおおおおお!!!!!!!」


 壁にひびが入り、中から壺が転がり出て落ちて砕け散った。

 

 「きゃあ!」


 マリエラが声を上げる。砕け散った壺から出て来たのは何か動物の骨と長い毛の束だった。

 骨と毛の束に向かって俊雄は更に攻撃的な鳴き声を上げた。すると、どうだろう?骨と毛の束は見る見るうちに風化して消えてしまった。

 これで、嫌な匂いは消えたよ。俊雄は靖男の心に語りかけた。俊雄の言っていた僕が壊そうか?とは、壁のみならず呪物も壊そうか?という問いだったのだと靖男は今更ながら気付く。


 「そうか、そうだったんだね。俊雄君には呪物を破壊できる力があるんだね。凄いよ俊雄君!」


 靖男は感動して俊雄の頭を撫でた。俊雄は嬉しそうに目を細める。

 

 「これは?もう、カースは解かれたという事ですか?」


 エリカは靖男に聞く。俊雄は靖男を見てこれで終わりじゃないよ、まだ匂いはするよ、と心に語りかける。


 「どうやら、まだあるようです」


 俊雄はついて来いとばかりに靖男の服を引っ張り家の外に出た。そのまま、また周囲を伺いながら歩き出す俊雄。靖男たちはその後に続く。

 

 「先ほどの家の住人は、息子さんがストレイトマン子爵領の商会で働いていたんですが、息子さんが仕事で大きなしくじりをしたとかで大きな借金を作り、それで夜逃げしたそうです。もしかすると、それも仕組まれた事なのでしょうか?」


 「まだわかりませんが、その可能性は高そうですね。あ!また俊雄君が見つけたようです」


 そうして、その後も俊雄が嗅ぎ付け破壊してまわり、最終的にそうして壊した呪物の数は5つになった。

 いずれも、夜逃げした家や放火されて空き家になった家など、普通ではないなり方で空き家になった家ばかりであり、マリエラが言ったように子爵家が絡んでいる可能性はいよいよ濃厚になったのだった。

 

 「ありがとうね俊雄君。本当に助かったよ」


 靖男は感謝して俊雄の頭を撫でる。

 なあに軽いもんだよ、退屈しのぎにちょうどよかったよ。今度はお母さんも呼んであげてよ。俊雄は靖男に言う。


 「うん、その時が来たらお願いするよ。じゃあ、またね俊雄君」


 ばいばい靖男兄ちゃん、またね。俊雄は靖男の心にそう語りかけ元の場所へ戻って行ったのだった。

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