第3話 恐怖!人の群れ!

 その後、盗賊も魔物も現れなかったので、靖男は街が見えた所で怪人クリーパーとクリスティーンにはお戻り頂くことにした。

 神らしき存在の説明では、呼び出した彼らは靖男が命じれば元の場所に戻るとの事であった。

 元の場所とはどこなのか問うと、神らしき存在は、こんな能力を授けたのは初めてだからわからないが、恐らくは映画の中であろうと言う。

 靖男はそう言われて納得した。靖男にとって彼らは銀幕のスターなのだから。

 

 「私も街に入って大丈夫なんですか?身分を証明するような物もお金も何もないのですが」


 靖男は街に近付いて急に心配になった。思い返せば、能力は授けて貰ったものの、この世界で暮らすために必要な物を靖男は何も持っていなかった。と言うより、着の身着のままの一文無しだった。おまけに来ている服も、転移前に来ていたカーゴパンツにサンダル、長袖シャツではなく、薄い布のズボン、獣の革で作った簡単なモカシンタイプの靴に腰を荒縄のようなもので結んだ貫頭衣と随分スースーするものだった。

 靖男は裸足で靴を履くと、右足のアキレス腱の辺りが靴に擦れて皮がめくれてしまうので、最初、裸足にモカシンと気が付いた時、嫌だなあと思ったのだったが、どういう訳か足に違和感はなく、良かったと安心したのだった。

 

 「私が一緒ですので、何の心配もありません」


 エリカお嬢様は快活にそう言った。

 靖男はそう言えばこの娘さんは男爵令嬢なのだった、と思い同時に男爵ってどのくらい偉いんだろうな、と考えた。日本で言ったら市長さんくらいかな?それとも県知事さんぐらいかな?どちらにしても、転移前では知り合った事も無い、まったく縁のない人たちではあったな、と靖男は今更ながら思った。


 「エリカお嬢様のお帰りだ!!馬車を通せ!」


 御者の男が大きな声で言うのが聞こえる。

 

 「私も顔を出します」


 「お嬢様!何かあったら大変です!どうか外には出ずにここにいて下さい!!」


 「いえ、そうもいきません。私も男爵家の娘なのですから」


 マリエラさんの制止に、毅然とした態度で答え御者台に向かうエリカお嬢様。


 「何かあればってなにかあったのですか?」


 幾分間の抜けた質問をする靖男だった。


 「お嬢様が命がけで手に入れたお薬、これは領内で流行りだした疫病を治すためのものです。しかし、その疫病も男爵様に敵対する勢力の指金ではないかと言われております。先ほどの盗賊団もあまりにもタイミングが良すぎます」


 「なるほどね。わかりました、私がそれとなく警護にまわりましょう」


 靖男はマリエラにそう言うと、馬車の後ろから荷台の幌の上によじ登った。

 荷台の幌はテントのポールのようなものではなく丈夫な梁で張ってあったので、靖男はその梁の上を選んで座った。

 馬車は街の入り口に入ろうとする群衆をかき分け、速度を緩めて進む。


 「皆さん!申し訳ありません!!薬が到着しましたので道を開けて下さい!お願いします!」


 エリカお嬢様の言葉を聞いた群衆は左右に避けて馬車に道を譲る。

 靖男は意識を集中して検索する。ヒット検索結果あり。

 馬車の上に座る靖男の前に、白いワンピースを着た金髪の少女が現れる。少女は伏し目がちに靖男を見つめた。

 長い金髪に幼さの残るソバカス顔、キレイな青い目をした少女は、靖男に問いかけるような視線を送る。


 「呼び出してごめんねキャリー。今日も可愛いね」

 

 靖男が呼び出した内気な少女、彼女こそが映画キャリーの主人公であるサイキック少女、キャリー・ホワイトその人であった。

 靖男に可愛いと言われたキャリーは、それを否定するかのように激しく首を振る。

 

 「可愛いからみんなが意地悪をするんだよ。私は絶対にキャリーの事を裏切らないからね」


 靖男にとってキャリーは特別な存在だった。彼女の家庭環境に、靖男は自分と重なるものを見たからだった。

 そんな気持ちを感じ取ってか、キャリーはやや顔を上げ真正面から靖男の事を見た。


 「私、何をしたらいい?」


 靖男は馬車の御者台で民衆に声をかけている少女、男爵令嬢エリカに悪意を持つ者がまぎれているかもしれない事、もし攻撃されたら迎え撃って欲しい事を話した。


 「わかった。任せて」


 キャリーは靖男にお願いされたのが嬉しかった。そして、教員の無理解、同級生のいじめ、更には狂信的な母親による抑圧が彼女を人の悪意に対して敏感にさせていた。

 

 「あの人」


 キャリーが前方左手、馬車を避ける群衆のうち逃げ遅れたように見える中年男性を指さした。


 「エリカさん!左前方の中年男に注意してください!」


 靖男が声をかけ、エリカが左前方の男を見る。見られた男は懐に手を突っ込み刃物を出す。御者がエリカをかばおうとし、男が刃物を振り上げたその時。キャリーはその男をキッとにらむと男の刃物を握った右手があらぬ方向に曲がった。

 

 「ごめんなさい、私が余計な事を言ったばかりに」


 キャリーが謝る。


 「謝らなくてもいいんだよ。君は間違った事をしていないんだから。またお願いね」


 靖男はキャリーに言った。キャリーは、その育った環境から極端に自己評価が低いのだ。靖男は彼女に、君は悪くないんだよ、評価されるべき事をしているんだよ、と言い聞かせる。

 キャリーは靖男に肯定されて心が温かくなり、もっと役に立ちたいと強く願った。

 靖男もキャリーのそんな気持ちを感じ取り、ありがとう、助かるよ、と心から言うのだった。

 

 そうして群衆をかき分け馬車は進んだが、街に入るまでに群衆に紛れてエリカを襲おうとする者が他に3人もいたのだった。

 先のひとりと合わせて4人とも、キャリーのサイキックにより武器を持つ手を折られ、その激痛に転がりまわっている所を衛兵に押さえられた。

 

 「キャリー、ありがとうね疲れなかった?」


 キャリーは恥ずかしそうに細かく首を振った。

 靖男は感謝の気持ちを込めてキャリーの頭を撫でる。キャリーはうつむいて少しだけ顔を赤くした。

 本当にありがとうキャリー、また来てくれるかな?靖男が心の中で問いかけるとキャリーはしっかりと頷いた。

 良かったよ、それではまたね。靖男にとってキャリーは非常に思い入れのあるキャラクターである、とても名残惜しかったが、サイキックが使えるとはいえ中身は少女だ、それも普通の子よりもセンシティブな子である。先ほども一生懸命気を張って群衆を見つめてくれたが、人の群れに疲れを感じているのもまた靖男には感じ取れてしまう。キャリーには再会を約束して元居た場所へ戻って貰った靖男だった。

 馬車は街に入り駆けつけた衛兵さんの先導で教会へ向かう。

 教会へ到着するとエリカは馬車を降り、トビラに立つ修道士へ薬を持って来た事を告げる。エリカに話を聞いた修道士は急いで教会の中に入った。

 

 「ヤスオ様、本当に申し訳ないのですが薬を降ろすのを手伝っては頂けませんでしょうか?」


 内から何まで申し訳ない、といった風情でエリカは靖男にお願いをする。もとより、こんな時にただ座ってるだけなど靖男に出来るわけもなく、勿論、手伝わせて下さいと二つ返事で引き受けるのだった。

 荷台に積まれたカゴに入った沢山のガラス瓶がその薬だと言うので、靖男は洗濯カゴほどの大きさのカゴを、えっちらおっちらと教会内まで運んだ。

 修道女がトビラを開けてくれたので、靖男はカゴを持ったまま教会内に入った。

 そこで靖男が見たのは、まるで野戦病院のように、あちらこちらに寝かされ、脂汗を流しながら唸り声を上げる人々の姿だった。


 「こっちへ持って来て下さい!」


 修道士が靖男に呼びかける。靖男はカゴを持ってそばに駆け寄った。


 「助かりました!どんどん持って来て下さい!」


 「はい!」


 靖男はしっかりと返事をし馬車へ向かった。見ず知らずの自分みたいなものが、いきなり頼りにされた事が靖男にはとても嬉しかった。そして、教会内で苦しんでいる多くの人を、早く助けてあげたいと思った。

 靖男は走って薬を取りに戻り、えっちらおっちらとカゴを運んだ。

 修道士やエリカ、マリエラの手伝いもあり、靖男が五回ほど往復すると積み荷の薬は全て教会内へ運ぶことが出来た。


 「これは、いったいどうしたのですか?」


 運び込んだ薬を修道士達が手分けして患者に飲ませているのを見ながら、靖男はエリカに尋ねた。

 エリカは暗い顔をしてうつむいた。


 「お嬢様に変わって私がご説明差し上げましょう」


 マリエラが代わりに話すと言う。これは、エリカお嬢様にとって言いづらい事なのだなと靖男は思った。

 

 「場所を変えますか?」


 「いえ、お気遣いありがとうございます。マリエラ、やはりヤスオ様には私自身の口から説明したいと思います」


 「しかしお嬢様」


 「いえ、いいのです。これは私が招いた事でもあるのですから」


 エリカはそう言って覚悟を決めた表情をした。

 靖男は言いづらい事を言わせることになって申し訳ないと思いながらも、聞くからにはエリカのその覚悟に応えたいとも思うのだった。

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