第8話・「数少ない海の友だちに、会いに行くっス」

 プラプラとヌギヌギは浮かぶ大鍋に乗って、とある島にやって来た。

 浜に到着して鍋から降りたプラプラに、ヌギヌギが訊ねる。

「この島に何があるんですか?」

「島民から頼まれているコトがあるっス……島の民宿に行くっスよ」

 プラプラとヌギヌギが、島に一軒だけある宿を兼ねた食堂に行くと、

体格がいい等身の女将さんヌイグルミが笑顔で出迎えてくれた。


「いらっしゃい、プラプラちゃん待っていたよ」

 等身の女将さんヌイグルミの口には、ファスナーが付いている。

「プラプラちゃんにお願いして、ヌイグルミにしてもらったお陰で体調も良くてさ。長年悩まされていた腰痛からも解放されて、何も食べなくても夜通し働けるし、いいコトづくめさ」


「それは良かったっス」

「ただ、お風呂に入ると体が水を吸って重くなるのが難点だけれどね」

「そればかりは、しかたがないっスね……棒にでも吊り下げられて、乾燥するまで干されない限りは体は軽くならないっス」


 その時──狩猟ハンマーを持った痩せ細った貧弱そうな男が、部屋に入ってきてプラプラに頭を下げた。

 女将さんの旦那さんだった。旦那さんがヌイグルミの女将さんに言った。

「今日は、ヌイグルミのまた同じ『シマ柄イノシシ』一頭しか獲れなかった」

「上出来だよ、ハンマーで仕留めた獲物はどこにあるんだい?」

「外にある、持ってくる」

 旦那さんは、外から実際のイノシシと同じサイズのヌイグルミを引っ張ってきた。

 白地にトラ柄模様があるイノシシで、狩られた証のバッテン印の目をしている。

 トラ柄イノシシの腹部には、女将さんの口と同じファスナーが付いていた。


 女将さんが言った。

「気弱な猟師のあんたには、ヌイグルミの獲物がちょうどいいね。ヌイグルミのイノシシなら牙でケガをするコトもない」

 女将さんは、気絶しているイノシシを台所に運んでから戻ってきて言った。


「プラプラちゃんが、トラ柄イノシシをヌイグルミにしてくれたお陰で、へたれ猟師だった。うちの旦那も狩りができて猟師仲間からバカにされないで済む」

「散歩していたら、遭遇して襲ってきたから。ヌイグルミに変えただけっス」


 どことなく、顔色が悪い旦那さんが女将さんに言った。

「なぁ、たまには本物の肉を食わせてくれよ……ヌイグルミの中身ばかりじゃ元気がでなくて……コットンとか、スポンジとか、古布は食べ飽きた」

「贅沢言うんじゃないよ、そんなセリフは一人前に狩りができるようになってから言いな。今夜もスポンジのスープだよ」

 ヌイグルミの狩られた獲物は、お腹のファスナーを開けて中身を出した後。別のモノを詰めておけば生き返って、また狩るコトができた。

 女将さんが旦那さんに言った。

「そんなコトより、二階に泊まっているお客さんから、五日分の宿賃をもらってきておくれ……この先、何日泊まるかわからない客だからね──ここらで一回清算してもらわないと」


 ヌイグルミの女房に言われた旦那さんは、トポトボと階段を上がり、客室のドアをノックした。

 部屋の中から男の「部屋に入ってこい」という

声が聞こえ、旦那さんは恐る恐る部屋のドアを開ける。

 ベットの上に両手で持てるサイズの、柄を握った片手と一体化したもりを持った海の男のヌイグルミが、ちょこんと座っている。

 海の男のヌイグルミが言った。

「なにか用か?」

「あのぅ、そろそろ一回宿賃を清算してもらわないと」

「『一角白鯨』を仕留めたら、まとめて払ってやる」


「女房から催促されまして、今すぐ宿賃を頂いてこいと……これ以上、女房を説得して、宿賃の支払いを引き伸ばすコトは困難かと」

 舌打ちをしたヌイグルミが立ち上がると、戸棚を握った銛先で示して言った。

「チッ、しょうがねぇな……その戸棚の中にある布袋から必要な分だけ持っていけ、他のモノには一切手を触れるな」

 旦那さんが、戸棚の中から宿賃の金貨を取り出しているのを横目に。

 ベットの窓に近づいて窓枠によじ登った海の男のヌイグルミは、庭で小枝を集めているヌギヌギを見下ろして呟いた。


「窓枠によじ登るのも一苦労だな、なんて小さくて不便な体だ……あのヌイグルミ魔女の野郎、こんな情けない姿に変えやがって」

 庭で小枝を集めていた、ヌギヌギがプラプラの呼ぶ声で家の中に入ったのを見た、海の男のヌイグルミがニヤッと笑う。

「ヌイグルミ魔女が弟子をとったって噂は本当だったみたいだな……マヌケそうなつらをした弟子だったな……そうだ、あいつを利用して島の北側の洞窟で岩に鎖で縛られている、オレの知人を……」

 振り返った、海の男は戸棚の中を必要以上に漁っていた旦那さんに向かって。

 ベットの近くにあった花瓶を投げつける、花瓶は壁に当たって割れる。

「ひっ!」

「オレは、必要な分だけ持っていけと言ったはずだ」

 旦那さんの手から、宿賃以上の数枚の金貨が床にこぼれ落ちる。

 青ざめた旦那さんの手には戸棚に入っていた、巻き貝も握られていた。


 海の男が言った。

「その巻き貝は離れた場所の相手と会話をする〝通信巻き貝〟だ……宿賃以上の金貨は戸棚の布袋にもどして、巻き貝をこっちに持ってこい」

 旦那さんが言われた通りにすると、海の男は旦那さんの耳元で囁く。

「いいか、ヌイグルミ魔女の弟子に、こう言って北側の洞窟に行くように仕向けろ……上手くいったら銅貨を一枚やるから、それでスジ肉を買って食え」


 プラプラが民宿に到着してから一時間後──プラプラは、弟子のヌギヌギと一緒に大鍋に乗って、島の南側にある漁村にやって来た。

 小さな島なので、歩いて島を一周しても一時間とかからない。

 漁村では、漁民たちがプラプラを出迎えてくれた。

 漁民の一人が言った。

「ご苦労さまです、ヌイグルミ魔女さま……また例の件で島に?」

「また、例の件で島に来たっス、年に一度くらいは様子を見に来ないとっス……なまらパネェ」

 漁民たちが、海上から突き出ている一本の巨大な角を眺めて、プラプラに訊ねる。

「やはり、一角白鯨をヌイグルミ化して、海中に沈めていただくワケにはいかないですか?」


「くどいっス、一年のうちに、たった三日間だけ漁を我慢すればいいだけっス……あと二日で一角白鯨は島の海から去っていくっス……ヌイグルミになって海水を吸って沈んだ一角白鯨は、二度とクジラの歌を歌うコトはできなくなるっス」


 プラプラは、一人で浮かぶ大鍋に乗ると浜に立つヌギヌギに言った。

「ちょっとした用事があるっス、すぐにもどるから。渡してある銀貨のヌイグルミを本物にもどして、焼き魚でもご馳走してもらうっス」

 そう言って、プラプラの乗った大鍋は、どこかへ浮かび飛んでいった。


 翌朝──海に霧がかかる、漁村近くの南の岬に立つプラプラの姿があった。

 海上には白いシロナガスクジラに角が生えた、一角白鯨が浮上してプラプラを見ていた。

 プラプラが一角白鯨に言った。

「また今年も、昔この島の近くの海で見た。メスの一角白鯨には出逢えていないっスか」

 一角白鯨のオスは、静かに潮を吹く。

「幻だったかも知れないメスを、探し続けて毎年この島を訪れるっスか……それもいいかも知れないっスね」

 一角白鯨は、一夫一妻……選んだパートナーと生涯を共に過ごす。


 プラプラが、ポツリと思い出したように言った。

「そう言えば昔、一角白鯨を狩って名をあげようとしていた海の男を、動くヌイグルミに変えてやったっスね……あの男、どこでどうしているやら」

 プラプラは、近づいてきた親友の一角白鯨の角を優しく撫でた。

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