第3章・モフモフのヌクヌク

第7話・「ヌクヌク島にはいろいろなお客さんが来るっス」

 モフモフの【ヌクヌク島】に、ユルユルと午後の時間が流れる。

 ヌイグルミの家の床をホウキで掃いて毛玉掃除をしていた、ヌギヌギがアクビをしながら椅子に座っているプラプラに言った。

「ファ~っ、こうも何もない日が続くと、退屈すぎて死にそうになりますね」

 ヌイグルミのロッキングチェアに座って、フェルト生地で作られた本を読みながら、プラプラが答える。


「そんな言葉を『死霊使い』に聞かれたら『一回、試しに死んでみっか?』って言われて、魂抜かれるっスよ……平和で退屈なのは、いいコトっス……平々凡々な毎日に文句を言うのは贅沢な悩みっス」

「そんなもんですかね」

「そんなもんっス」

 読んでいた本を膝に置いたプラプラは、窓から空を見て言った。

「来るっスよ……注意するっス」

「えっ!? 何が来るんですか?」

 ヌギヌギが不思議がっていると、ヌイグルミ家の上空に白い雲が渦を巻きはじめ、渦の中から金属のカギヅメを生やした、巨大な金属アームがニューッと現れた。

 金属アームは、プラプラの家を目掛けて降下してくると、爪で家を挟んだ。

 挟まれた衝撃で揺れる家、プラプラが慣れた口調で空に向かって怒鳴る。


「この家は景品じゃ、ないっスよ!」

 プラプラの声に、クレーンアームは雲の中に引っ込んでいく。

 柱にしがみついていた、ヌギヌギがプラプラに訊ねる。

「なんですか? 今の?」

「知らないっス、時々現れてヌイグルミを持っていくっス。人間には興味が無いみたいっス」


 ふたたび雲の中からアームが降りてきて、生えていた木のヌイグルミを引き抜くと、そのまま雲の中へヌイグルミをつかんだまま消えた。

 直後に、空から金貨が降ってきてヌイグルミの地面に散らばる。


 プラプラが、ヌギヌギに命じる。

「早く拾って、回収するっス。今なら雲も消えているから大丈夫っス」

 ヌギヌギが、家の外に落ちている金貨を集めて家の中に持ち帰ると。

 プラプラは机の上に置かれた金貨を、ヌイグルミに変えて少量のヌイグルミ金貨をヌギヌギに渡して言った。

「お駄賃だちんっス」


 もらった金貨のヌイグルミを眺めながら、ヌギヌギは再度プラプラに訊ねる。

「本当になんなんですか? あの空から降りてきたアーム?」

 プラプラは、ヌギヌギの質問には答えずに、窓辺で外を見ながら言った。

「お客さんが来たようっス」

 扉が蹴り開けられ、そこに両手でつかめる程度のサイズの数名のヌイグルミ従者を連れた、赤いドレス姿の王女さまヌイグルミが立っていた。

 笑顔の王女さまヌイグルミが言った。

「やっと見つけたぜ、いつの間にか、城から逃げ出しやがったな」


 ヌイグルミとギャップのある王女の言葉に、ヌギヌギが悲鳴を発する。

「ひっ! 赤い城の王女さま」

 ヌギヌギの脳裏に甦る、恐怖の光景……バラバラにされて床に散らばるヌイグルミ。

 黙って立っていれば、上品で気品があり可憐に微笑む王女の、口を開いた時に発せられる、強烈なギャップ口調がヌギヌギの脳裏に甦る。


 怯えるヌギヌギ。

「いやだぁ、あの恐怖部屋には帰りたくない!」

「あぁん、てめぇなに勘違いしてやがる……あたいもヌイグルミになっちまって。ヌイグルミの気持ちがわかったから、もうヌイグルミ遊びは興味ねぇよ──城の中がヌイグルミだらけだからな」


 王女は従者の一人を、プロレス技のヘッドロックで締めつけて遊びながら言った。

「今日は【ヌクヌク島】に遊びに来ただけだ、島を見学したら帰る……じゃあ、また帰りに立ち寄らせてもらうぜ」

 そう言って王女は、プラプラの家から出ていった。

 床に座り込むヌギヌギ。

「助かったぁ」

「油断するのは早いっス」

 窓辺で、ヌイグルミの雲が浮かぶ空を見上げていた、プラプラが呟く。

 雲からコットンが噴き出して、渦を巻きはじめる。

「また、アームが現れたっス」

 ヌイグルミを捕獲する謎のクレーンアームは、幾度も降下してきて島にある岩のヌイグルミや木のヌイグルミを、つかんでは持っていく。


 岩のヌイグルミと一緒に、王女が連れていた従者が捕まって、持ち上げられていくのが見えた。

「ドアを開けるっス! マズいっス、王女さまが狙われているっス」

 下降と上昇を繰り返すアームが、ヌイグルミの島をえぐる。赤いドレスの王女がアームから逃れて家の中に飛び込んできた。

「なんだよ、アレ? あたいが連れていた従者が拐われた」

 アームは、ウロウロとなにかを探しているように移動する。

「王女さまを探しているみたいっス……どうするっスか」

「人間は見向きをしないんでしょう、だったら王女さまのヌイグルミを抱えて、アームが届かない安全な場所に移動すれば」

「甘いっス、アームは取りやすい位置に移動してくれていると思って、ヌイグルミを抱えた人間にも襲ってくるっス」


 プラプラは以前、怪獣みたいなサイズの生身の伊勢エビが、アームでつかまれて上昇していくのを、遠目で見たコトがあるとヌギヌギに語った。

「なまらパネェ、アームによっては、取れるまで意地になるモノもあるっス……でも、このままだと外に出て金貨の回収はできないっス……困ったっス」


 その時──ドアから以前、プラプラがヌイグルミに変えて売っ払った海賊の親玉が生身の姿で、怒りの形相で飛び込んできて怒鳴った。

「見つけたぞ! よくもオレをヌイグルミにして売りやがったな! 覚悟しろ!」

 人間にもどってプラプラに復讐リベンジしようと、家に入ってきた海賊を見て、プラプラはニヤッと笑った。


 数秒後──ふたたび、動かないヌイグルミに変えられて、家から離れた場所に放り投げられた海賊のヌイグルミがあった。

 プラプラが、海賊にさらにヌイグルミ魔法をかける。

「大きくなるっス」

 ポポポンッ、海賊のヌイグルミがビッグサイズに変わる。

《うわっ!? でっかくなっちまった?》

「さてと、うまく食いついてくれるっスかね」


 空から降りてきたアームが、ビッグサイズの海賊ヌイグルミをつかむ。

「かかったっス、気に入ったみたいっス」

 途中まで持ち上げるが、バランスを崩して何度も落下する、海賊のビッグヌイグルミ。

《やめろぅ!》

 落下するたびに島が揺れる。

「その、でっかいヌイグルミは、難易度が高いっスよ……なまらパネェ」

 大量の金貨が降り注ぎ、何十回目に吊り上げに成功した海賊のヌイグルミが空へと上がっていく。

《オレを、どこに連れて行くつもりだ! うわぁぁぁぁ!》


 海賊をつかんだアームは雲の中に消えた。

 プラプラがヌギヌギに言った。

「脅威は去ったっス、早く金貨を回収してくるっス」

 ヌギヌギは、本当に「なまらパネェ」人の弟子になってしまったと、後悔して師匠の口癖をマネて言ってみた。

「なまらパネェ」

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