第6話・「赤い城からの相談も受けるっス」

 プラプラとヌギヌギが、赤と青の島に滞在して数日間が経過した──生きたヌイグルミの兵隊たちが、可愛らしく戦う戦場は島の名所となり。

 口コミで広がり、観光客が訪れ、島の経済が潤う。

 島の市場を弟子のヌギヌギと一緒に歩きながら、骨つき肉のヌイグルミをかじるプラプラが呟く。

「これは、青い兵隊さんと、赤い兵隊さん関連のグッズを売れば売れるっスね……これだけ観光客が増えてきたら、なまらパネェ」


 プラプラが、ふっと思い出したように呟いた。

「そう言えば、ヌイグルミに変えて売っ払った海賊の親分。そろそろ魔法が解けて、人間にもどっているはずっスね……ヌイグルミが破損していなければ」

 プラプラの言葉に驚くヌギヌギ。 

「ヌイグルミ魔法って、自然と解けるモノもあるんですか?」

「あるっスよ……かなりの高等魔法っス」

「すごいですね、ヌイグルミ魔法って万能ですね」

「できないコトもあるっス」

「えっ!?」


「縫い目がほつれたり、破れて中身が飛び出したヌイグルミは、ヌイグルミ魔法じゃ直せないっス……普通に裁縫さいほうして縫い直さないとムリっス」

「縫い直されたヌイグルミは、どうなるんですか。時間が経過すると人間にもどるヌイグルミ魔法をかけてあった場合は?」


 プラプラは、肉の部分を食べ終えて骨ヌイグルミに変わったモノを、ヌギヌギに手渡して言った。

「その時は運が悪かったと……諦めてもらうしかないっス、一度裁縫されたヌイグルミからは、人間の心が消えて、普通のヌイグルミになるっス……なまらパネェ」

「……そんな」

 衝撃の真実に青ざめるヌギヌギ。

 その時──赤い城の者らしき数人の人間が、プラプラに声をかけてきた。

「お捜ししました、 プラッシュ・トーイ先生。宿で市場にいると、お伺いしましたので」

「赤い城の人たちっスか、何か用っスか」

「赤の城の王さまが、先生にご相談したいコトがあるからお連れするようにと」

「なまらパネェ! やっぱり何か問題が発生したっスか……両軍の兵士をヌイグルミにした時から、そんな予感がして島に留まっていたっス」

 プラプラとヌギヌギは、赤い城に向かった。


 城では赤い服の王さまとお妃さまが困り顔で、プラプラの到着を待っていた。

「おぉ、ヌイグルミ魔法師さま、お力をお貸しください」

 城内には、ヌイグルミの兵隊たちが「キャキャ」と走り回っている。

「どうしたっスか?」

 静かな口調で話しはじめる王さま。

「実は。わたしたちには引きこもりの王女が一人いるのですが……以前から自分の部屋にこもっての人形遊びが好きでしたが。兵士たちがヌイグルミ化した日から、さらに人形遊びが悪化してしまって」

「どんな具合に悪化してしまったっス?」

「それは、実際に王女の部屋に入って確認してください」


 プラプラとヌギヌギは、人形遊びが好きな王女の部屋の前に案内された。

 王さまが扉をノックして中にいる、王女に優しく話しかける。

「王女や……プラッシュ・トーイ先生が来てくださったよ……扉を開けておくれ」

 部屋の中から聞こえてきたのは、ガラが悪い女性の怒鳴り声だった。

「あぁん? 医者なんか呼んだのか! あたいは病気なんかじゃねぇ! 赤の国王だからって威張ってんじゃねぇよ!」

 ビビったヌギヌギが、王さまと王妃に質問する。

「失礼ですが……部屋の中にいらっしゃるのは、本当に王女さまですか?」

「言葉づかいは多少粗雑ですが、わたしたちの娘に間違いありません……口が悪い間違った教育係をつけてしまいました」


 部屋の中から、また口が悪い王女の声が聞こえてきた。

「なに、扉の前でこそこそ話してやがる! カギはかかってねぇから、勝手に入ってきやがれ……それから、早く新しい〝友ダチ〟を連れてきな。連れてこねぇと城の中を歩き回っているヌイグルミの兵隊を、部屋に拐ってくるぞ!」


 プラプラが、扉を開けて王女の部屋に入る。

 直後に、ガタッガタッガタッという、扉が震えるほどの音が聞こえ。

 青ざめたプラプラが部屋の中から出てきた。

 震える声でプラプラが言った。

「わかりましたっス……あっしが、なんとか王女さまの問題を解決するっス」


 宿にもどったプラプラは、何やら考え込んでいた。弟子のヌギヌギは心配そうな顔で師匠の初めて見る真剣な表情を眺める。

 やがて、プラプラが言葉を漏らす。

「かなり荒っぽいっスが……このやり方が一番手っ取り早い方法っスか」

 プラプラは弟子のヌギヌギに言った。

「確か弟子入りした時に、どんな厳しい修行も耐えると言ったっスね」

「言ったかな?」

 プラプラは猛禽もうきん類の爪のような、鋭い金属キャップの指甲套しこうとうを、はめた人差し指をヌギヌギに向ける。


「あっ、言いました、言いました。たぶん、なんですか? その何かを企んでいるような、意味ありの表情は……冗談はやめてください!」

「冗談じゃないっス、おまえもヌイグルミになるっス!」

「うわぁ!?」

 ポンッという白い煙に包まれて、ヌギヌギの姿がヌイグルミに変わる。

《動けないヌイグルミに変えられてしまった! 師匠、元にもどしてください!》


 ヌギヌギの声を無視して、ヌイグルミ化した弟子を持ったプラプラは赤い城へと浮かぶ大鍋に乗って向かい、王さまと王妃さまにヌギヌギのヌイグルミを見せて言った。

「このヌイグルミを、王女さまの新しい友ダチとして渡すっス……着せ替え遊びもできるっス」

 そう言い残して、プラプラは一人、大鍋に乗って宿に帰った。


 宿にもどったプラプラは、部屋でヌイグルミのカップに入った飲み物を飲みながら、ヌギヌギがもどってくるのを待つ。

 日が暮れて一番星が輝きはじめた頃──疲労困憊した人間姿のヌギヌギが、恨めしそうに師匠のプラプラを睨みながら、部屋のドアを開けた。


 ヌイグルミ魔法師は、平然とした口調で言った。

「お帰りっス……普通の食べ物と飲み物を用意したっス……まずは、話しを聞くのは空腹を満たしてからっス」

 ボロボロになった、ヌギヌギはむしゃぶりつくように、普通の食事をした。

 ある程度、食べ終わって落ち着いたヌギヌギに、プラプラが質問する。

「王女の部屋はどうだったスか?」

「どうもこうもないですよ! あの王女、とんでもない王女ですよ! 何度も壁や床に叩きつけられました!」

 ヌギヌギの話しだと、王女は「あたいの友ダチ」と言いながら。ヌイグルミをいたぶる性癖があるらしい。


「部屋の中には、ハサミで首や手足を切られて中身が、飛び出したヌイグルミが散乱していましたよ! あの王女、性格異常者です! あんな所にいたらバラバラにされます」


「王女は、ずっと独りで近くに友だちがいなかったから……人との接し方がわからないっス。あんな方法でしか、友ダチにしたヌイグルミと接するしかできない寂しい王女さまっス」

 プラプラは、食事が終わって落ち着いたヌギヌギに、さらに質問した。


「ところでヌギヌギは、どうやってヌイグルミから、人間の姿にもどって城から逃げて来たっスか?」

「どうもこうも、着せ替えで衣服を脱がされて。裸のまま床に放置され、遊び疲れた王女が寝入ったのを見て……逃げるなら今しか無いと、無我夢中でヌイグルミから人間に……あっ」


「気づいたっスね、極限状態だったからヌイグルミから元にもどれたっスね……その時の感覚を忘れないコトっス……一か八かの荒っぽい修行だったっス」

「師匠……もしかして、ワザと」

 プラプラは何も答えずに椅子から立ち上がる。

「最後の仕上げをするっス……王女さまにヌイグルミの気持ちになってもらうっス」


 プラプラは、赤い城と青い城の両方が見える場所にヌギヌギと一緒にやって来て、赤い城を指差して言った。

「面倒だから、城丸ごと中にいる人間もヌイグルミにしてしまうっス! 最大級になまらパネェ!」

 光りの粒子に包まれた、赤い城がボボボンッと白い煙に包まれてヌイグルミ化した。


 ヌギヌギが唖然とする中、プラプラは青い城にも指先を向ける。

「ついでに青い城も、ヌイグルミにしてしまうっス。これで、すべて丸く収まって、めでたしめでたしっス、そうれぇ」

 青い城がボボボンッと白い煙に包まれ、ヌイグルミに変わった。

「なまらパネェ」


 満足そうな表情で、二つのヌイグルミ城を眺めているプラプラの横顔を見てヌギヌギは……やっぱり、とんでもない人の、弟子になってしまったと後悔した。

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