第3話・「楽しいお仕事で報酬を得るっス」

 ヌギヌギが連れていかれたのは、ヌイグルミ家の裏で。

 そこには実物大のライオンのヌイグルミが、本物の鎖で繋がれていた。

 伏せて眠っているポーズのライオンの背後には、ニワトリの雌鳥メンドリのヌイグルミが木箱の巣の中で、ヌイグルミのイースターエッグを温めていた。


 プラプラが指甲套 しこうとうの人差し指で、ライオンとメンドリのヌイグルミを指差して言った。

「ライオンの頭を撫でて、メンドリの下からイースターエッグのヌイグルミを取ってくるっス……それが出来たら、弟子見習いにしてやるっス」

「そんな簡単なコトでいいんですか」


 ヌギヌギは、普通にヌイグルミのライオンに近づいて頭をナデナデする。

「このライオンのヌイグルミのタテガミ、フワフワですね」

「本物のライオンのタテガミも、ついでに触ってみるっス」

「えっ!?」

 プラプラの、湾曲した金属キャップの人差し指からキラキラとした光りの粒が、ヌイグルミのライオンとメンドリに向かって流れる。


 ヌイグルミが本物の生きたライオンとメンドリに変わり、ヌギヌギを襲う。

《ガオォォ!》

《コッコッコッ!》

「ぎゃあぁぁぁ!」

「なまらパネェ光景っス、早くタマゴを取るっス」

 ボロボロになりながら、ヌギヌギがヌイグルミのイースターエッグを手にすると、ライオンとメンドリはヌイグルミにもどった。

 ヌギヌギから、カラフルなイースターエッグを受け取ったプラプラが言った。

「合格っス……それじゃあ、さっそく初仕事するっス」


 プラプラは持ってきた、何かが詰まった白い布袋をヌギヌギの前に置いた。

「その袋を持ってついて来るっス」

 プラプラが口笛を吹くと、大きく黒光りする鍋が一メートルほど、浮かんだ状態でプラプラの前に飛んできて浮かぶ。

 ホバークラフト状態の大鍋に乗り込む、プラプラ。

 乗るのを戸惑っているヌギヌギを促す。


「どうしたんスか? 定員は二名までっス」

「なんですか? その浮かんでいる大鍋?」

「家宝の飛行鍋っス、これで海を渡って、岬の漁港町に行くっス……弟子になったなら、師匠の言葉に従って早く鍋に乗るっス……なまらパネェ」

 プラプラとヌギヌギが乗った飛行大鍋は低空飛行で、フェルトの波海を渡り……通常の波海から漁港の町に上陸した。


 プラプラが、人通りがある大通りまで歩いて来て立ち止まった。

「この辺りでいいっスね」

 道に敷物を敷いたプラプラは、ヌギヌギに命じて布袋の中にあったヌイグルミを敷物の上に並べさせる。

「見映えがいい配置で、並べるっス……売り物っスから」

 主に海産物のヌイグルミや、植物のヌイグルミ

に混じって【海賊の子分みたいなヌイグルミ】も袋の中から数体出てきた。

 ヌギヌギが、口の周囲を取り巻くヒゲがあり、アイパッチをした海賊のヌイグルミを手にして眺め心の中で呟く。

(可愛くないヌイグルミだな)

 その時、ヌギヌギの心の中にヌイグルミから声が聞こえてきた。

《可愛くなくて悪かったな……小僧》

「うわっ!?」

 思わず持っていた、海賊ヌイグルミを放り投げるヌギヌギ。


 ヌギヌギが放り投げなヌイグルミをプラプラは拾い上げて、軽く土汚れをはらう。

「売り物を乱暴に扱ったらダメっス……さて、楽しくヌイグルミを売って報酬を得るっス」

 プラプラは、路上で商売をはじめた。

「そこ行く、お客さん……あまり可愛くないヌイグルミいかがっスか? 安くサービスするっス」


 母親の手を握って一緒に歩いていた女の子が立ち止まり、海賊のヌイグルミを指差して言った。

「お母さん、この海賊のヌイグルミ欲しい」

「やめなさい、こんな小汚ないヌイグルミ」

 海賊のヌイグルミの声がヌギヌギの心の中に、また聞こえてきた。

《悪かったな、小汚なくて》


 なかなか、売れないヌイグルミを見てプラプラは、ある作戦に出る。

「こうなったら、抱き合わせ商法っス」

 プラプラは、海賊のヌイグルミの近くにイースターエッグのヌイグルミを置いた。

 イースターエッグのヌイグルミはいつの間にか割れていて、タマゴの殻を帽子にしたヒヨコが顔を覗かせていた。

「今だけの期間限定の幸福のヌイグルミを、海賊のヌイグルミに付けるっス……お客さん、あまり可愛くないヌイグルミいかがっスか? なまらパネェ」

 抱き合わせ商法で、道行く人たちが足を止めてヌイグルミを手にして買いはじめた。

 どうやら、この地域ではイースターエッグは特別な意味を持っているらしい……干支えとの置物か縁起物のように。


 突然、人々の悲鳴が上がりプラプラたちがヌイグルミを売っている場所から、集まっていた人々が逃げていく。

「見つけたぞ! ヌイグルミ魔法の魔女!」


 ヒゲを生やして、顔に切り傷がある海賊の親玉みたいな男が、怒りの形相で立っていた。

 今にも海賊の剣を抜きそうな勢いの海賊ボスが、プラプラに向かって怒鳴る。

「おまえか、数日前に上陸して酒場に向かった。オレの子分をヌイグルミに変えて持ち帰ったヤツは!」

「用事があって町に来たら、路地で絡んで金銭を要求してきたから……ヌイグルミに変えてやっただけっス……二人、売れたっス」

「なにぃ!? オレの子分を売っただと!」

 海賊ボスは、ワナワナ震えながら並べられて売られている、海賊子分のヌイグルミを凝視する。

「おまえたち、なんて姿に」

 ヌギヌギの心にまた、海賊子分のヌイグルミの声が聞こえてきた。

《迎えに来てくれたんですね親分》

《親分もヌイグルミどうですか? 食事もしなくていいから楽ですよ》


 子分の声が聞こえていない海賊ボスは、剣を抜いてプラプラに襲いかかる。

 プラプラが落ち着いた顔で、人差し指を海賊ボスに向けると、ボスはポンッと白い煙に包まれてヌイグルミに変わった。

「また、売り物が増えたっス……なまらパネェ」

 売り物として並べられる、海賊ボスのヌイグルミ。


 上品そうな紳士が足を止めて、海賊ボスのヌイグルミを手にして言った。

「勇ましい海賊のヌイグルミだ……孫が喜びそうだ、このヌイグルミをもらおう」

「まいどありっス」

 買われていく海賊ボスのヌイグルミからの悲鳴が、ヌギヌギの心の耳に届く。

《やめろぅ! 離せぇ、オレ売り物じゃねぇ! 誰か助けてくれぇ!》

 プラプラは、売れたヌイグルミの代金を数えてから。

「今日は、このくらいで島に帰るっス」

 そう言って帰り支度をはじめた。


 ヌギヌギは、とんでもない人の、弟子になってしまったと後悔した。


 第一章~おわり~

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