第3話 「古本と少女」 少女の純真
どうしても欲しいものがあるのだけど、高くて買うことができない。
そんな経験は、誰でもお持ちかもしれません。
この物語は、古本屋においてある千円の本がどうしても買えず、結果苦悩する学生さんの話で、作者22歳の時の作品です。
ある古本屋に、その学生は毎日のように通っていました。一冊、欲しくてたまらないけど、買えない本があったのです。
学生は、詰襟の学生服を着た、かわいい男の子です。
ところがある日、学生がその本を手に取ると、本の間から千円札が1枚パラリと落ちるのです。
あわてて拾って周りを見ると、店の主人であるおやじさんも、店員であるその娘の少女も、全然気づいていません。
思わず学生は、店を飛び出しました。
学生はふと、途中で警官を見かけます。思わず冷や汗が出て、良心の呵責を覚えます。
しかし彼は結局家に帰り、『どうしてあんなところに挟まっていたのだろう。前の持ち主が挟んで忘れてしまったのかな』などと考えます。
『やっぱり返しに行こう』そう思って古本屋に向かうものの、『誰も知らないのだからいただいとくか』などと逡巡しながら、結局古本屋まで来てしまいます。
ところが店に入るとその本が見当たりません。と、カウンターを見ると、店員の少女が、その本をパラパラとめくって見ているのでした。
学生は少女に訪ねます。
「実は、この本を売りに来た人を探しているのですが」
たぶん、この時学生は、お金を本の持ち主に返すつもりだったのでしょう。と、ちょうどその時、タイミングよくその本人が、店にやってきたのです。
その人は絵描きのような帽子を被り、コートをまとった若者で、ちょうどその本を買い戻しに来たのでした。
「まだあったのですか よかったよかった 売ってください いくらですか?」
ところが少女は先に来た学生の方を見て、
「でもこれはこちらの方が先に……」
と言います。
しかし若者は引きさがりません。
「ほくの大切な本なんだ 金に困って手放したけど どうしても買い戻したいんだ」
と食い下がります。
と、そこで学生が待ったをかけました。千円札を出して、
「僕が先なんだ」
体が震え、汗が落ちます。
するとその若者は、
「よし、ぼくは千五百円だす」
と言うのです。
困ったのは店の少女です。
しかしそこへ店主のおやじさんが帰ってきて事情を聞き、
「よし わしも商売だ」
と、高い値をつけた若者のほうに売ってしまうのです。
「きみすまんね」
若者はそう言って店をあとにします。
学生は「ちよっ! あんなやつが持ち主とは」「こんな金使っちゃえ!」と、少しやけになるのですが、迷った末、結局古本屋で若者の住んでいるところを聞き出し、お金を返しに行くことにしました。
ところが若者を訪ねると、態度が全く変わっていました。
学生は、「このお金を返しにきたのです」
と、千円札を若者に渡します。
ところがそこで若者は、あの本は君のもとへ行くべきだ、と言うのです。そして彼は学生の住所を探すのにずいぶん苦労したと打ち明けます。
家に帰ると、その若者から小包が届いているのでした。中身は例の本です。
『この本は死んだおやじが大切にしていたものだ。かわいがってやってくれたまえ』というメモが入っており、本の間にさらにもう1通、別の手紙が挟んであったのです。
『毎日来ている学生さん あなたはこの本がとても欲しそうですね
でもきっとお金がないのでしょう ここに千円入れておきます。一生懸命ためたお金です。きっと買いに来てくださいね。お父さんにはないしょにね』
学生はかわいい店の少女を思い出しながら、その本をぎゅっと抱きしめるのでした。
つげ義春さんはのちにこの話を「甘い話だが」としながらも、発表の10年後くらいに絵を描き直したことを打ち明け、「なんとなく愛着があったのだ」と書いています。
つげ義春さんの、優しい、純真な心がうかがえる、とても立派な作品だと思いました。
お詫び
初めてこの紹介文を発表した時、作者18歳の時の作品と書きましたが、調べ直したところ、22歳の時発表された作品でした。
訂正してお詫び申し上げます。どうもすみませんでした。
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