第4話 「紅い花」 思春期と抒情

昭和42年に発表されたこの作品は、つげ義春さんの劇画の中でもひときわ名高く、よく知られた短編である。

かつて、新鮮な作風で一世を風靡したNHKの演出家佐々木昭一郎さんもドラマにしているし、「網走番外地」などで知られる石井輝男監督も映画にしている。もっともどちらもあまり人気はなかったようだが。

ただ、佐々木昭一郎さんの「紅い花」は、他にも「古本と少女」「沼」など3つの作品のオムニバスで、「ネジ式」などのエッセンスを加え、一本のドラマに仕立て上げられたもので、第31回芸術祭大賞を受賞している。

NHKアーカイブスで検索すれば全編見られるようになっている。

今見るとどうかわからないが、私は高校生の時に見て感動し、つげ義春の名前を知り、作品集を買うきっかけになった。




どこともしれない蝉の鳴く山で、まだ小学校高学年くらいのキクチサヨコは釣り人などに飲み物を売っている。

おかっぱのような髪をしたかわいい少女で、膝下までの長さの、浴衣のような和服を着ている。


ある日そこにひとりの釣り人が立ち寄る。

それまでだるそうにして、「えい、腹がつっぱって……」とひとりごとを言っていたキクチサヨコは、途端にシャキッとして、

「お客さん 寄っていきなせえ」と脅すような口調で釣り人に迫る。


キクチサヨコの茶屋には、アメくらいしか売っていないが、お茶を提供し、立ち寄った客は彼女が近くのせせらぎで汲んできた水で、足を冷やすことができる。


キクチサヨコは、その客にシンデンのマサジの話をする。客がよい釣り場はないか、とキクチサヨコに尋ねたからだ。

サヨコによれば、シンデンのマサジは根性まがりのいけすかんやつで、毎日私をいじめにくるのだという。

「それが釣場を知っているというのかネ」

と客が尋ねると、

「おっつけくる頃じゃろ おそいときは大抵学校で立たされとるのであります」

とサヨコは答える。


サヨコが客の足を冷やす水を河原に汲みに行くと、棒でサヨコの着物の裾をめくろうとするものがいる。

「そのような悪さをするのはマサジじゃろ かくれておってもつつぬけじゃ」

とサヨコ。

マサジが現れ、

「ヘヘッ お前らこの頃毛がはえておるじゃろ」

「知らん」「われこそ そのようないたずらをするならば 客人に言いつけてやる」

「東京もんか」

「まて サヨコ」

客人というのは釣り人のことで、マサジにとっては釣り場に案内して駄賃をもらう、大切な収入源なのである。


マサジは客人をヤマメの穴場へと案内する。

その途中、釣り人は流れの脇に咲いている一群の花を見て、

「あのみごとな紅い花は何というのだろう」

とマサジに尋ねるが、

「しらん」

とマサジはそっけない。

歩きながら釣り人は“あの女の子”のことをマサジに尋ねる。

「あの店の経営者かネ……」

マサジによれば、

サヨコのオヤジは病気で、学校を休んでばかりいて、同級生なれど2年もどりつした落第生なのだそうである。

「そんないいかたするもんじゃないよ気の毒な身の上で学校にこれないんだろう」

と釣り人は言い、

「あまりいじめないほうがいいぜ」

とマサジをいましめる。


釣り人から駄賃をもらったマサジは、戻る途中、清流に着物の裾を持ち上げてしゃがみ込もうとするキクチサヨコの姿を見かける。

「?」

と、その時マサジは確かに見たのである。紅い花が、ポタポタと水面に落ち、流されていくのを。

「花だ!」

「花だ」「紅い花だ!」

マサジは「キクチサヨコ」と呼びながら駆け寄るが、うずくまったサヨコは「寄るなッ!」「腹がつっぱる」


マサジは怖くなったのだろう、

「わしァ 知らんぞ わしァ 知らんぞ」



再び蝉の鳴く山の茶屋である。

マサジはサヨコに客人がくれた駄賃を分けてやっている。そして、「われそのように苦しんでおっても詮なかるまいに」と、店をたたんで山を降りることをしきりに勧める。


蝉の鳴く山の草原を釣り人が帰っていく。

遠くにサヨコをおぶって歩くマサジが見える。

何も知らない釣り人は、

「ふうん 仲なおりしおったかな……」


マサジはサヨコをおぶったまま、

「のう、キクチサヨコ」

「うん」

「眠れや……」


この頃のつげ義春さんの作品は、絵も丁寧に描き込まれていて、叙情的なものが多い。

この作品もそのひとつで、私はこれをつげ義春さんの一編の詩のようだと常々感じている。

つげ義春さんの作品、特にこの頃の作品に、私は詩的な感性を強く感じるのである。

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