おまけ

○あの時のゴリアデス・その1


 新婚初日。


 ゴリアデスは、この世で最も可憐で、この世で最も敬愛している女性――ステラ・ルクスとともに暮らせる喜びを噛み締めていた。

 というか噛み締めすぎて、いつの間にか三〇分の時が過ぎていた。


 我に返ったゴリアデスは、自戒しながらも目の前にいるステラを見やる。

 ステラは、天敵を前にした小動物のようにプルプルと震えていた。


 ゴリアデスは、彼女の〝強さ〟をよく知っている。

 そしてその〝強さ〟が、自分のためにはなかなか発揮しづらいことも、普段の彼女が決して〝強い〟女性ではないことも、よく知っている。

 それとは別に、自分の容姿が他者を威圧しすぎることも、よく知っている。


 そこまで知っていながら、浮かれてつい三〇分ほど喜びを噛み締めてしまい、結果、ステラに無用な恐怖を抱かせてしまった。

 知らず、重々しいため息を漏らしてしまう。

 普段の弱々しい彼女に、王国軍将軍の妻という重荷を背負わせてしまったことへの罪悪感が、沸々と湧いてくる。

 湧いてきたから、つい心配の言葉を口から漏らしてしまう。


「そんなザマで、王国軍将軍の妻が務まると思っているのか?」


 ほどなくして返ってきたのは、「そんなことは……」という曖昧な返事だった。


 いまだ怯えるような反応を示すステラを見て、気づく。

 どうにも自分は、言葉の選択チョイスを盛大にしくじってしまったらしい。

 そこまではわかっていても、ここからどんな言葉をかければ挽回できるのか全くわからなかったゴリアデスは、


「……もうよい」


 の一言で全てを誤魔化し、ステラの前から逃げ去っていった。

 万の敵に囲まれた時でさえ逃亡することなく戦い抜き、勝利をもぎ取ったことさえあるゴリアデスにとって、こうも躊躇なく逃げの一手を打ったのは初めての経験だった。






○あの時のゴリアデス・その2


 朝起きて、館の廊下を歩いていると、メイド服を着たステラが床の雑巾がけをしていた。


 メイド服姿のステラが、衝撃的なまでに可憐すぎて心臓が早鐘を打ち始める。

 だがそれ以上に、将軍の妻である彼女がどうして侍従の仕事をしているのか気になったゴリアデスは、疑問をそのままステラにぶつけた。


「何をしている?」


 途端、彼女の口から「はひっ」と裏返った返事がかえってくる。

 もう少し優しく声をかければよかったと後悔するも、そもそも優しい声音の出し方自体がわからないことに気づき、顔に出すことなくしょぼくれる。


 そうこうしている内に、ステラが侍従の仕事をしている理由を訥々とつとつと語り出した。


「そ、その……昔からお掃除とか……お料理とか……お洗濯とか……とにかく家事をするのが好きだから……ここでも、やらせてもらおうかなぁって思いまして……」

「……そうか」


 得心をそのまま口にする。

 同時に、ステラが好きこのんでやっていることにすら気づかない自分の察しの悪さに、つい重々しいため息をついてしまう。


 理由がわかった以上、このままステラの好き勝手にやらせるのが一番だと思ったゴリアデスは、


「勝手にしろ」


 その一言だけを言い残すと、察しの悪さを感づかれる前にステラから逃げ去っていった。






○あの時のゴリアデス・その3


 食卓にステラの手料理が並べられていくのを眺めながら、ゴリアデスは内心吃驚していた。


 確かにステラは料理も含めた家事をするのが好きだと言っていたが、ここまでおいしそうな料理を出してくるとは、失礼を承知で言わせてもらうと予想外だった。

 だからつい、こんなことを彼女に訊ねてしまう。


「これは、其方そなたが作ったのか?」


 例によって優しさの欠片もない声が出てしまい、不必要に怯えさせてしまったステラの口から「はひっ」と裏返った返事がかえってくる。


「ゴ、ゴリアデス様は……お肉が好きだと聞いたので……肉料理を中心につくってみました……」


 こちらの好みを事前に把握した上での献立に感動すら覚える。

 しかし、だからこそ解せなかった。

 食卓に並んでいる料理が、自分の分しかないことが。


「其方の分はどうした?」


 訊ねると、ステラは虚を突かれたように「へ?」と漏らす。

 どうやら、単純に自分の分を用意することを忘れてしまっていただけのようだ。


「えっと……あっと……わ、私は後からいただきますので!」


 彼女なら当然そう答えるだろうとは思っていたが、


「……そうか」


 一緒に食卓を囲うことができなかったせいか、つい無念さを滲ませた声音で応じてしまう。

 現実は、いつもどおり素っ気の欠片もない声音になっていることにも気づかずに。


 しばし落胆していると、


「りょ、料理が冷めちゃいますので! 私のことは気にせず召し上がっちゃってください!」


 ステラが食べるよう促してきたので、素直に従うことにする。


「……そうだな。いただくとしよう」


 そうして牛肉の赤ワイン煮を口に運び……顔に出すことなく再び吃驚する。


 旨い。

 下手をすると、ヴァルガード家専属の料理人シェフ以上に。

 続けてローストビーフを口に運び……そのあまりの旨さに、ついため息をこぼしてしまう。


 この感想をそのままステラに伝えたら喜んでくれるかもしれない――そう思ったゴリアデスは口を開き……喉元まで出かけた言葉を呑み込んだ。

 初めていただいた手料理にただ「旨い」と答えるのは、あまりにもわざとらしすぎる。

 下手をすると、社交辞令だとステラに思われるかもしれない。


 ならばこの料理の旨さ、いったいどうやって愛する妻に伝えればいいのか……考えて考えて考え抜いた末に出てきたのが、この一言だった。


「悪くはない」


 後はしっかりと完食すれば、彼女にも伝わるはず。

 そう信じて、ゴリアデスは黙々とステラの手料理を平らげた。






○あの時のゴリアデス・その4


 正直に言えば、ゴリアデスにとって社交パーティなど、ただ煩わしいだけのものだった。

 しかし、今回ばかりは違っていた。

 

 社交パーティには必然、ステラも同席することになる。

 そしてパーティに出る以上は、普段はメイド服だったり何かと地味目なドレスを着ているステラといえども、着飾らなくてはならない。


 見たいのだ、ゴリアデスは。

 綺麗に着飾った妻の姿を。


 だからこそ、彼女が将軍の妻としての体面を保てる範囲で地味目なドレスを選んできたことに、つい落胆してしまった。

 その落胆が、ついそのまま口から出てしまった。


「……なんだ、そのドレスは?」

「あの……その……すみません……」


 小動物さながら震えながら謝ってくるステラを見て、己が失態に気づく。

 着飾った彼女を見られなかった落胆から、つい咎めるような物言いになってしまった。


 怯えさせるつもりはなかったことをステラに伝えようとアレコレ考えるも、結局どんな言葉をかけるのが正解なのかわからず、深々とため息をついてしまう。


「まあいい。行くぞ」


 それだけ言い残し、逃げるように馬車に乗り込んだ。


 この後、夫婦として攻守が逆転する出来事が待ち構えているとも知らずに……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超コワい将軍様と結婚することになりました 亜逸 @assyukushoot

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説