第28話 『海のような心の持ち主』
「でさ、なんで体重増えてんの?」
「・・・・・・」
学校の休憩室。
長テーブルに長ソファだけが置かれた静かな部屋に二人。
私はその長ソファの上に正座をして、黙って説教を受けていた。
本格的に筋トレと食制限を始めてから5日。
屈辱的だが、その日から毎日体重計に乗って写メを送ることを日課としていた。
もちろん、体重が増えたのがバレたのは言うまでもない。
倉岡は私の前に片膝をついて、張り付いたような笑顔で私に詰め寄る。
「ねえ?」
殴られるのでは?と思うほどの殺気を、私はとりあえず笑顔でなんとかしようと口角を上げる。
そんな私の態度に、倉岡は私の顎を片手でがっしりと掴む。
「おいって」
「えっ、えへへへへ・・・・」
相変わらず笑顔で誤魔化す私を見て、倉岡の笑顔がすぅと消えた。
「じゃあもう交際解消で」
「待って!!理由があるんだってば!!」
「理由?」
倉岡はもう半分諦めているようだったが、話は聞いてくれそうだった。
「そう、ちゃんと理由があるのよ」
「果たしてそれは俺が納得できる理由なのか?」
倉岡が怪訝な目をしながら、ソファの背もたれによりかかり足を組む。
『聞いてやろう』という姿勢だ。
私はおもむろに口を開いた。
「あの、さ、いっぱい筋トレしたじゃない?」
「まだ足りないけどな」
「・・・・・・まぁ、それで筋肉痛になったのよ」
「筋肉が付いてるいい証拠じゃないか。確かに、筋肉が増えると体重は重くなるが、お前の場合――」
倉岡が私の体を舐めまわすように見る。
「『脂肪』だな」
舐め腐った態度にカチンと来たが、今ブチ切れて倉岡を殴るか、これから先もイケメンモデルと付き合い続けるかを天秤に掛けるとギリギリ後者に軍配が上がった。
「そう、ね。私、筋肉痛になってから動けなくなって・・・・・。ベッドでずっと寝ていたの」
「・・・・・・」
「それで心配したお母さんが、私の好物のパンケーキをたくさん作ってくれて」
「・・・・・」
「全部食べちゃった♡」
「『食べちゃった♡』じゃねえ!!!」
倉岡が私の頭を思いっきりはたく。
「いっっっっっっってええええええええええええ!!!」
私はあまりの痛さにのたうち回る。
「あのな!!筋肉痛だからって動かないのは結局±ゼロなんだよ!!筋肉痛に効くのは寝ることじゃない。痛い場所を温めたりストレッチ、軽めの運動とかしとくのが一番いいんだよ!!!
あぁっ、くそっ――!!俺が悪いのか、これは・・・・」
怒涛の正論をかましていたが、後半は突然頭を抱えた。
「・・・・・・・」
偉いな。
正直ちょっとキュンとした。
私を責めるだけじゃなく自分も責める。人間の鑑だ。
今までの私だったらしなかったが、倉岡のこういう姿を目の当たりにすると、自分の反省点が見えてくるのもコイツと付き合っているメリットかもしれない。
倉岡はすっと顔を上げた。
「すまん、それは俺の監督不行き届きだ。普段運動に慣れていない人間にそんな酷い筋肉痛が起こる事を想定してなかった。俺がお前の筋肉痛に気付いていればもっと対策できた。とにかく、何かあったら俺に言え。いいな?」
「・・・・・わかったわ」
「よし」
もしかしてコイツは最高の彼氏では?????????
えっ、悪いことしたの私だよね、えっ????
心ひろっ。海か????
「よし、お前、今日の予定は?」
ドキッ//////////////
こ、こ、この流れは――!!!
来たんじゃないか!!!!??????
「もちろん空いてるわよ。で、なんで?」
倉岡はそれを聞くと、パッと表情を明るくした。
「ほんとか?!」
おお、おお。めっちゃ食いつくやん。
そんなに私と遊べるのが嬉しいのか?
図らずも、私の口元も釣られて緩む。
「いやあ、よかった」
「で、どこでなにすんのよ」
街にデートか?!
それともお家デート?!?!
待てよ、お家デートだとしたら、この間はキスで、今度は――
キャァァァァァァァ/////////
心の中の私が顔を真っ赤にしてのたうち回る。
問われた倉岡はきょとんとした顔で私を見る。
「何って決まってるじゃん。ジム」
「は???????」
「いやだからジム行くんだよ。さすがにもう筋肉痛治ったろ。今から行くぞ」
心の中の喜んでいた私が風に吹かれて塵となる。
硬直したままの私は犬の様に元気になった倉岡に腕を引っ張られて部屋を後にした。
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