第26話 『倉岡のアメとムチ』
どうやら私の専属コーチである倉岡は、人外のようだった。
私が引き止め何とか人間のメニューになるという程の塩梅。
いや、それでも十分キツイのだが・・・・・・
なぜこんなことが起こるのかと言うと、倉岡の馬鹿ボディのせいだった。
いわゆる『疲れ知らず』。
彼は花フックを喰らったあとも、颯爽とランニングマシンに戻り、私が休憩している間、更にスピードを上げてずっと走っていた。
走り終えたかと思うと私を引き連れベンチプレスへ。
私には20kg10回5セットを課し、本人は50kg30回を5セット繰り返していた。しかも笑顔で。
アホである。
人一人分の体重を30回笑顔で持ち上げて笑顔などとドМだとしか考えられない。
本人にそう聞くと、
「え、筋肉が痛み付けられるの気持ちよくない?」
だ、そうだ。Мである。
だが私は残念ながらМではない。
キツイものはキツイし、痛いものは痛い。
ベンチプレスも最初の1セットで既に腕が痛くなり、それ以降は倉岡に罵られ、蔑まれながら半泣きで(何なら汗と一緒に涙は流ていた)、腕が壊れて動かなくなっても仕方ないと思う程、自分を追い込んでフィニッシュした。
もう明日は筋肉痛で、日常生活すらままならないだろう。
しかし半泣きの私を、倉岡はらしくない優しさでなだめてくる。
何度も言うが、倉岡はイケメンだ。しかも日本国民が口を揃えて言うほどのイケメンだ。
そんなイケメンが、目を細め、私の体に触れ、褒めてくるのだ。
頑張れない訳がない。
私は倉岡のアメとムチにまんまと乗せられていることを自覚しながらも、力を振り絞って次のトレーニングマシンへと移動した。
*******************
倉岡の「終了」の掛け声でサイクリングマシーンから崩れ落ちる。
もはやスライムになった気分だ。
骨抜きにされたように全身に力が入らない。
そんな私の隣に、爽やかな汗をかいた倉岡がしゃがみこむ。
倉岡はいつもと違い、微笑みながら私に語り掛ける。
「お疲れ様。初日にしてはやるじゃないか。さすが綾乃」
ドキッ♡
ま、また名前を呼ばれてしまった・・・・・
いつもの嫌味でくそったれなダーク倉岡なら私を「お前」呼ばわりするが、私を褒める時は「綾乃」と名前で呼んでくれる。
そんなエッチな事が許されて良いのだろうか。
そんなのイケメンに名前を呼ばれるだけで三度の飯に成り代われる程のおかずだ。
倉岡はすくっと立ち上がると、汗で濡れた前髪を払い(エロい)、少し不安げな顔で私に手を伸ばした。
「立てるか?」
ほええええええええええええええ/////????!!!!!!
倉岡の大きな手と倉岡のイケメンな顔を交互に見る。
どうした倉岡???!!!!!!
お前そんな・・・・!!私をエスコートするようなキャラだったか???!!!!
いつもの倉岡なら似合わない!!!
が、しかし!!!!!!!!今日ここにいるのはどちらかと言うと陰キャ倉岡ではなくモデルのショウ!!!
もちろん手は握らせて頂く!!!!!!!
私はより一層体に力が入らないか弱い女子を演じながら、倉岡の手をがっしりと掴む。
倉岡はグッと腕に力を入れ、私を引っ張り上げた―――
と、思うだろう。
―――実際、私の体は持ち上がらなかった。
確かに倉岡は腕に力を入れていた。
が、何が起こったのか、私を持ち上げようとはしない。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
手を繋いだ2人の間に、妙な空気が漂う。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・重い。ムリ」
私は倉岡の手をパシーンッと叩いて退ける。
「『重い』ってナニよ!!!!!レディーに向かって『重い』って言うな!!!!!!」
「いや間違いなく重いよ」
「黙れゲス倉岡!!!!!」
倉岡はいつもの冷たい顔になると、鼻をツンと天に向けた。
「じゃあもう容赦しないからな。初日だから多少は甘くしてやったが、俺の女を名乗るんだったらこんなもんじゃ済ませねえぞ」
「うっ・・・・・これ以上にキツイの・・・・・?」
倉岡は首に掛けていたタオルを一振りし、私の頭にぺチン!と当てた。
「当たり前だ。付き合っている期間の残り一か月。その間に最低でも普通の体型にはなってもらうぞ」
「ちょ、ちょっとまって―――」
「待たない。もし抵抗するようだったら交際解消だ」
「そ、そんなぁ・・・・・」
落ち込む私を背に、倉岡は背後にドリンクや着替えを取り上げると、腕にはめていたG-Shokを見た。
「俺は6時から打ち合わせがあるからもう行くぞ」
「う、打ち合わせ?!」
驚く私を、倉岡は横目に見る。
「当たり前だ。俺はただの看護学生じゃない。人一倍忙しいんだ。ずっとお前に構ってやれるわけじゃない。まぁ、また学校でな」
倉岡はそう言い残すと、引き留める私を無視してトレーニングルームを出て行った。
取り残された私は、ボーッと倉岡の消えて行ったドアを見つめていた。
私の後ろのサイクリングマシーンを使おうとした男が私を邪魔そうに避けるのを見て、私は慌てて立ち上がった。
しかし足腰が小鹿のようで、立ち上がろうとしては崩れを二度ほど繰り返して何とか立ち上がった。
『こんなもんじゃ済ませねえぞ』
倉岡の冷たい目を思い出す。
その途端、私の背筋をスーッと冷たい汗が流れる。
「ははは・・・・まさか、ね・・・・これ以上キツイなんてこと、ないっしょ・・・・」
私のその儚い願いは、見事、外れることとなる。
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