第11話『綾乃、挫折!!!』

「ふんふふーーーーん♪」


卵を溶いたボウルに砂糖を流し込む。ボウルの中で白い山が出来たところで溶き卵と一緒にかき混ぜる。

そこに四等分した食パンをどっぷりと浸す。パンは卵を身に纏い、卵の湖に浮かぶ。


バターをたっぷりと塗ら広げた熱々フライパンに、卵が滲み込み重くなったパンを丁寧に並べていく。


ジュワーッ  ジュワーッ 


「わぁぁぁぁ、もう美味しそう♪」


フレンチトーストは愛娘が大好きな朝食の1つ。

あの子ったら一人で食パン一袋分食べちゃうんだから♪


良い香りを醸し出してきたフレンチトーストに、更に砂糖を振りかける。

娘ちゃんは甘あぁぁぁぁぁぁぁいものに目が無いのよね♪


その時、ちょうど階段から人が降りてくる音が聞こえた。


フレンチトーストの臭いを嗅ぎつけたのね!!!!!

私は満面の笑みで振り返る。


「あーちゃん、おはよ―――・・・・あ、綾乃ちゃん!?」


そこにはいつものパジャマ姿の愛娘ではなく、体操着姿の娘が立っていた。



********************


「はっ・・・!はっ・・・!はっ・・・!はっ・・・!」


私、綾乃はタンスの奥から引っ張り出した高校の体操着姿で公園を疾走していた。


痩せるにはまず有酸素運動!!

朝のランニングは一日の基礎代謝量を上げてくれるから手っ取り早いダイエット方法よ!!


早朝ランニングは毎日のトレーニングメニューに取り入れた。朝ごはんはサラダとヨーグルト。甘いものならヨーグルトに掛けるイチゴジャムで我慢できる・・・!!

学校が終わったらバイト、そこから帰るのが22時半。そこから30分筋トレして半身浴してストレッチして一日をフィニッシュ!!

この内容なら1ヶ月で4kgは落ちる計算よ!


私は汗をかきながらも朝日を全身に浴び、己の完璧さに酔いしれていた。


はぁぁぁぁぁぁんっ!!


私ったらただでさえモテちゃうのにこれ以上スタイリッシュで自己管理完璧な女になったら男共が私のこと囲っちゃうじゃないいい!!


全く困っちゃう!!


なんで私ったらなんでもこんなにこなせちゃうのかしら??


朝の母さんの驚きっぷりも見物だったわ。

フレンチトーストはダイエットの天敵!

お母さんはデブだけど、私はまだ救いようがある!ぽっちゃりだからね!ぽっちゃり!!


さて!公園を2周して帰るわよ!!


5分後


「はぅっ・・・・・・!!っ・・・はぁっ・・・・・・!うっ・・・・・・あ゛あ゛あ゛あ゛っ・・・!!・・・っランニングって・・・っ!!・・・・・・こんなに、キツいの・・・・・・?!」


私は膝に手を付きながら必死に前に進む。

全身から汗が滝のように流れ、暑さのあまり服を脱ぎ捨ててしまいそうになる。

顔は真っ赤になって前髪もベタベタと額に張り付いてウザイことこの上ない!!!


これじゃあハウルの動く城の荒地の魔女だわ!!!


そんな私をヨボヨボの短パンのじいさんが颯爽と追い抜いていく。


私の心は折れた。

まだ公園を1周も走りきらない内にその場に倒れ込むと、胸を大きく上下させながら仰向けになった。


「はあっ・・・はあっ・・・」


汗が頬を横に伝っていく。

心臓が痛い。肺も痛い。こんなところで倒れ込んだ自分の不甲斐なさに心も痛い。


何よォォォォォこれしきでェェェェェ。

綾乃、あんたそんなもんだったのね・・・。見損なったわ・・・。


私は首を振る。


まだランニングを初めて初日じゃない!!

出来なくて当然よ!!!慣れればいいのよ慣れれば!!!私のポテンシャルはこんなもんじゃないわ!!


私は立ち上がり、また走り出した。


家の方向へ。


「そうよね!いきなりは無理よね!!こんだけ走ったんだから明日はもっと走れるわ!今日は終了!終了よ!!!」


********************



講義をする教授の声。

しかしその声は、私の耳を右から左に通り抜けて、全く頭に内容がはいってこなかった。


貧乏ゆすりが止まらない。

貧乏ゆすりをする奴はダサイって思っているのに今日は何だかイライラする。


原因は分かってる。


朝食がサラダとヨーグルトだけだったせいだ。頭が働かない。


あーイライラする。


視界の端にはいつも一緒に授業をうけていたうららとさやかが、遠くの席でニヤけながらひそひそと話している。


ふんっ。そうやって友達と戯れながら授業を受け続ければいいわ。どうせ単位を落として留年するのがオチよ。看護師舐めないで。


結局卒業して一流の看護師になれるのは私みたいな一匹狼なんだから。


あーあ、ほんっとムカついてきた。


私は教授から見えないようそっとカバンの中に手を突っ込むと、『念の為』持ってきていたチョコチップクッキーを開封した。

そして誰にも気付かれないようサッと口の中に放り込む。


はわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ♡♡♡


ザクザクとした食感が、砂糖とチョコの香りと共に口の中いっぱいに広がる。

砂糖の甘さが舌に染み込み、私の干からびた脳と心を潤していく。


美味い!!美味い!!美味い!!


私はクッキーをひと袋ペロリと完食。


講義終了まであと10分。そしたら昼休みだ。


もう私の心は決まっていた。



昼はロコモコ丼と唐揚げ定食を食べるんだ。

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