第10話 『綾乃、痩せます!!!!』

パンッ


天野さんが笑顔で手を叩いた。


「お疲れ様!どう?春日野さん、仕事は覚えられた?」


仕事中、私と倉岡の間に何があったか知らない天野さんは呑気だ。

きっと、倉岡のほっぺが赤いのにも気付いていない。


私は残った気力を奮い立たせて笑顔を作る。


「はい、バッチリです」


天野さんは笑顔のまま目を見開く。


「そう!!良かったぁ~~~倉岡くんも、人に教えられるくらい成長したってことね!!」


天野さんが倉岡の背中をバシッと叩く。


「・・・・・あぁ」


叩かれた倉岡は腑抜けた声を出す。

いつものダークモード倉岡だ。

それとも私がぶったからなのか・・・・・


「よし、じゃあ今日はここまで。2人とも、気を付けて帰ってね?」


ふう、何とか今日はやり過ごした‥‥

いや、やり過ごせてはいないか‥‥‥


倉岡は何も言わず、その場を立ち去ってしまった。


私は1人静かにため息をついた。


まぁいいわ。

元々アイツのことは気に食わなかったし、妙なことばかりさせるし、距離を置くにはいい機会だわ。

この薄汚いバイトも3週間は働いたし、そろそろ性分に合わないので辞めますと言ってもみんな納得してくれるだろう。


倉岡の実母がいるようなバイト、続く訳が無い。


あーーーーーそうか。

倉岡は母親のそばに居たかったからこのバイトを始めたと言っていた。

つまり仕事をするためではないのだ。

だから仕事が身に入らずあんな仕事のできないダメ人間みたいになってしまっているのだ。それなら納得。


だとしたら余計このバイトは続けられない。


真面目に仕事ができない輩と一緒に仕事をする身にもなってみろ。

負担ばかり増えてイライラするだけなのだ。


次の出勤で辞めますと伝えよう。


そう思いながら病棟を後にした。


**********************


ピポピポーン


「いらっしゃいませー」


明るい店内に目が眩む。


バイト終わりに寄ったのは家最寄りのコンビニエンスストア。

嫌なことがあった日にゃあ美味しい食べ物が一番の処方箋よ!!!!


私の足が真っ先に赴くのはもちろんスイーツコーナー。

キラキラとしたスイーツを前に、私の目も輝きを放つ。


このコンビニチェーンが最も力を入れているのはスイーツ。スイーツコーナーにはこれでもかとホイップやらチョコやらカスタードが詰まった商品がぎっしり敷き詰めてある。


腰を屈め、隅から隅まで商品を吟味する。


さてさて、どれにしようかしら。


ホイップを詰め込んだショートケーキ、安納芋を使った甘々スイートポテト、カスタードとホイップクリームを混ぜ合わせた贅沢シュークリーム、コーヒーの苦味とシロップの甘さが織りなす絶品コーヒーゼリー––––––––


はぁあぁぁぁぁっぁん!!!!決められないわ!!!!

こういう時はこうよ!!!!!


目に留まる全てのスイーツを根こそぎカゴに入れていく。


これも!これも!もちろんこれも!!!!


これが私の幸せよ!!!!!♡


『デブスに好かれても気分悪いから』


アップルパイに伸ばした手がピタリと止まった。


なんでアイツの言葉を思い出すのよ・・・・・・・


私は脳内で再生される倉岡の言葉を無視し、アップルパイをカゴに詰め込む。

足早にレジへ向かい、重くなったカゴをレジに勢いよく置いた。


「ありがとうございまーす」


そう言いながら若い金髪の男の店員が、スイーツをスキャンし始める。


ピッ・・・ピッ・・・・ピッ・・・・


『お前、俺のこと好きだろ』


ピッ・・・ピッ・・・・ピッ・・・


『俺がお前の事を好き??????–––––はっwwありえねえだろ』


ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・


『デブスに好かれても気分悪いから』


「–––––––すみません!」

「はい?」


店員が手を止めた。


「あっ・・・・あ、あれえおっかしいなぁ。財布忘れてきちゃったみたい!すみせん、その商品、全部戻しといてもらえます??」

「ええっ!これ全部??」


店員が山積みにされたスイーツを見て怪訝そうな顔をしたが、私はそんな店員を横目に店を飛び出した。


何なの!!!何なの!!!!何なの!!!!????


私は自分の頭を何度も自分で殴る。


何でアイツの言葉を思い出すのよ!!!!馬鹿!!!!!私の馬鹿ァッ!!!!!


倉岡の冷ややかな目が思い浮かぶ。


うわああああああああああああああああああああああ!!!!!

ムカついてきたぁっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!

何であんな性格最低野郎の言葉に私の幸せ奪わせちゃってんの?????!!!!!


もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!


私は頭に来て思わず駆け出す。


ムカつく!!!ムカつく!!!!ムカつくぅ!!!!!


『あ??何にそんなムキになってんだよ』


脳内の倉岡が顔を近づけてくる。


ああああああああああああああああああああああああああああああああああ


私は頭を激しく振って倉岡を追い出す。

しかし何とか耐えた倉岡は、服に付いた埃をはたいて立ち上がった。


『全く乱暴な奴だなあ。これだからデブは嫌いなんだよ』


ああああああああああああああああああああわかったわよ!!!

痩せればいいんでしょ!!!!!!!!!!!!!痩せれば!!!!!!!


私は鼻を膨らませて決心する。

立ち止まり、夜空を見上げた。


「見てなさい倉岡ぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!あんたが付き合ってって懇願したくなるような女になるんだからぁぁぁぁぁぁ!!!!」


夜空の遠く、遠くまで。帰路についているであろう倉岡に届くように、叫んだ。





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