12 いつのまにか誘拐犯

 それはシトラにとっては二度目の衝撃だった。

 一度目はイルヴァに初めて謁見した時に感じたものだった。全身全霊が目の前の女王の役に立ちたいと震えていた。この方に仕える為に生まれてきたのだとすらシトラには思えた。この身を彼女に委ねることに一切の迷いはなかった。


 その時抱いた感情とは別のものがふつふつと湧きたつ。今までに経験したことのないこの気持ちはなんなのだろう。崇拝とも違う高揚感にシトラは戸惑いを隠せない。もしかしたらと一つの考えが頭をよぎった。


──これが恋というものだろうか。


 頬に熱がさし真っ赤な髪の色と同じになったシトラはもう止まらない、止まれない。


(しかし相手はまだ子供です。いや、子供だからいいんでしょうか!? 私はそんな危険な気質を持ち合わせていたんでしょうか? いえ! この気持ちの根幹はもっと純粋なもののはずです。私は決して幼ければ誰でもいいわけではありません。この子だからいいのです! この子が! 男の子だから! いいのです! グリン君、グリンちゃん、グリちゃん……。かわいい!)


「はぁ……本当に愛らしい……。き、きみはこの女性とどんな関係なんですか?」


 先程までの凛とした面影を失ってでれでれしているシトラに何かを感じ取ったのかグリンは再びリリナの背後に隠れた。

 グリンに背中を押されるようにしてリリナが詳細を説明する。


「……グリンは事情があって今は言葉を話せないんです。耳は聞こえますし、意思の疎通もできるんですけど」


「まぁ! そうなんですか!? なんと可哀想に。それでは私の問いに答えるときは頷くか、首を横に振ってくだされば結構です。グリン君はこちらの女性と、どのような関係なんです? 御姉弟や親戚でしょうか?」


 シトラの問いにグリンはリリナの背中から顔だけを覗かせて小さく首を振った。リリナは思わずつばを飲み込む。


「なるほど。……お二人は出会ってからまだ間もないのですか?」


 グリンは一度だけ頷いた。その仕草を見てシトラは顎に手をやり思考にふける。


(ふむ。森の奥深くの隠された一軒家に不審な女性。言葉の話せない、かわいらしい男の子。どこか不自然で継ぎ接ぎだらけの説明……まさか!)


「私、全てに合点がいきました」


「え!? もしかして、わかってもらえましたか!? 私達、決して怪しいものでは──」


「あなたは──────誘拐犯ですね!」


 人差し指をリリナに突きつけ、シトラは声高らかに宣言した。勝気なその瞳は眩いくらいにキラキラと輝いている。


「ええええええええ!? 違いますよ! そんなはずないでしょう!」


 胸を張り名探偵を気取るシトラの論理の飛躍に、リリナは慌てて顔の前で手を振る。


 しかし見るからに思い込みの激しい彼女にこれ以上どう説明したものだろうか。リリナは目をぎゅっと閉じて思案する。


 魔女であることは堂々と公言をするものではないだろうし、そもそも魔法の制御のできない自分には一目でわかるような魔女である証拠を提示できない。

 仮に無理をして魔法を使い、自然災害のような事象を起こしたのなら、今度は別の意味で身柄を拘束されることは避けられないだろう。


 かと言って私達は主人と使い魔の関係ですなどとのたまえば、たちまちこのやけに目のぎらついた隊長に、開き直って妄言を吐く誘拐犯として拘束されるのが目に見えている。


 あれ? ひょっとして打つ手なしなのか? リリナのこめかみを一筋の汗が垂れた。


「美少年を隠すなら迷いの森の中……。欲望に身を任せ、よくもまぁこんな狡猾な企みを思いついたものです。まあいいでしょう、話はアイトリノに戻ってからゆっくりと聞かせてもらうことにします。さあ大人しく私達と飛空船で空の旅へと参りましょう?」


「い・や・ですよ! ちょっとグリン、私達仲良しだよね! 出会いはちょっとだけ不思議だったけど誘拐じゃない……はずだし、この森で何も悪いことはしてないよね!」


 藁にもすがる思いでリリナは振り向いて背後のグリンと両手で握手をする。どうやらこの赤髪の女性はグリンの言うことは素直に聞いてくれるようなので、ここは助力を求めるしかない。


 仲良し? 仲良しとはなんだろうとグリンは考えるが、自分はリリナに助けてもらい、その後の世話までしてもらっている。感謝しているし、誘拐されたわけでもないのでとりあえず複数回頷くことにする。


 次に悪さをしていないかどうかを考えるが、これは正確ではない。

 リリナは全く悪くないのだが、自分はうっかり吐いた炎で森を焼いてしまった。被害はリリナが最小限に抑えてくれたが、もし一人だったらとんでもない事態になっていたのは間違いない。


 素直なグリンは首を振り、自分を指さした後に焼け焦げた一帯と空を交互に指さした。

 リリナの儚い期待は外れてしまった。


──彼はまだ人として嘘をつくことを学んでいなかったのだ。


 グリンは自分の非を認めたつもりだったが、結果的には集まった女兵士達に「言葉を話せない子供が何かを必死に訴えているのではないか?」という邪推を生んでしまうことになり……。


「「「確保ぉ!」」」


「ちょっとおおおぉぉ! グリンの正直者おおぉ!」


 騒ぎに集まっていた複数のシトラとその部下が一斉にリリナとグリンを取り囲む。

 二人は引き離され、リリナは両脇を抱えられ後ろ向きで引きずられていった。


 二本の線を地面に残し、見習い魔女の悲痛な叫びが森に響く。

 残されたグリンは自分が正直者かどうかを考えた。自分は未だに助けてくれた少女に対して正体を明かしていない。

 恐ろしいからだ。リリナからの畏怖の目が、また捨てられてしまうことが。


 決して自分は正直者ではない。

 グリンは目を閉じ、奥歯を噛みしめて俯くしかなかった。

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