4 我が家の温泉
リリナが尋ねたところ、どうやらグリンは言葉を理解しているものの、話すことはできないらしい。見た目は人間と同じなのだから発声練習をしてみる価値はあると思うが、その度に火を吐かれては困りものである。いずれにせよ焦る必要はないとリリナは考えた。
「あとはこれ以上悪さをしないといいんだけど……。あ、グリンのことじゃないよ、私が呼んだ雲の話!」
表情の読めないグリンに誤解されまいとリリナは必死に取り繕う。あたふたしながらリリナが指を差す灰色の雲の塊をグリンはじっと見つめていた。
ほどなくして完全に炎は消え、雨も止んだ。森から離れていく雨雲をリリナ達は見送ることしかできない。
情けなさに小さく溜め息を吐いてリリナは立ち上がると、黒く焼け焦げた地面に残り火がないかを念入りに確認する。軽く土に触れ問題がないことを確かめると、グリンを我が家へと案内することにした。
グリンと意思の疎通ができるのなら、リリナにとってこれからの生活になんら不安はない。不謹慎なのかもしれないが、リリナにとっては自分のそばにいてくれる使い魔を召喚するという積年の願いが果たされたのもまた事実である。
しかも姿を現したのはリリナの好みのど真ん中を射抜く可愛らしい男の子なのだ。ふわふわの愛玩動物とは別枠の愛らしくてたまらない存在……。
一人暮らしを始めてからついぞ経験したことのない自分の家に誰かを招くという行為にリリナの胸は高鳴った。繋いだ手のぷにぷにした柔らかな感触にリリナは顔がにやけるのを抑えられない。こんな可愛い子が我が家にやってくる。
さて、まずはあそこに──。
しばらく歩くと二人は白く漆喰が塗られたこじんまりとした二階建ての家屋に行き着いた。
玄関へは飛び石が敷かれ、扉の左右には黄色い花を咲かせた鉢植えが置かれている。辺りを覆う緑の深さも相まって、絵本に出てくるような穏やかな空間がそこにはあった。
「さぁ濡れちゃったし、先にお風呂で温まろうか。私の家のすぐ裏にな・ん・と! 天然の温泉が湧いてるんだよ! 着替えとお風呂道具を持ってくるからちょっと待っててね」
リリナはグリンに話しかけながら忙しなくドアを開け、すぐに鼻息荒く竹の籠を抱えて戻ってきた。
そのままグリンを連れて家の裏手に回る。視界には確かに湯気が立ち昇っており、岩で囲まれている温泉は泳ごうと思えば泳げるほどの広さがあった。
リリナから離れてグリンはふらふらと温泉に近づく。しゃがみこむと乳白色の湯に手を入れてみた。じんわりとした温かさが手のひらに伝わり、グリンはゆらゆらと手を動かして湯の感触を確かめた。
「どう? 熱くない? ほ~ら、こっちへおいで」
リリナに手招きされ湯から離れたグリンは、地面に板が張られた洗い場へと案内される。
グリンがきょとんとして立ちつくしていると──目を怪しく光らせたリリナの手によって羽織っていたローブを躊躇なく脱がされてしまった。リリナも自分の衣類を脱いでは籠の中に入れていく。
お互いに裸になって向き合うとグリンの華奢な身体が余計に目立つ。かたやリリナが豊満な乳房と立派なお尻の持ち主だというのもあるだろうが。
「……さすがにそんなにまじまじと見られると恥ずかしいかな~。人間の身体が不思議なの?」
グリンは首を傾げると自分の胸をペタペタと触る。リリナの目にはグリンはまだ人間の身体に困惑しているように映った。
「ふふっ、グリンは男の子だからおっぱいはないんだよ。大丈夫、お風呂に入って身体を綺麗にするのはとっても気持ちのいいことなんだから。はい、この椅子に座って背中を向けて。まずは石鹸で身体を洗おうね」
リリナはグリンに掛け湯をし、石鹸で泡立てた手ぬぐいで背中を擦り始めた 。グリンはなされるがままじっとしている。
「ほんとびっくりするくらい綺麗な肌だなぁ……。どう? グリン、痛くない?」
リリナがグリンの顔を覗くとグリンは気持ちよさそうに目を細めていた。リリナが安心していると、つい彼の股間の『男の子』が視界に入ってしまい、今更ながら気恥ずかしさがふつふつとこみ上げてきた。勢いだけでここまで来てしまったが、果たしてこの行動が正しかったのかリリナにはわからなくなってくる。
(あれ? グリンの歳なら女の人とお風呂に入ってもおかしくないよね? そもそもグリンの歳って? グリンに人間の常識を当てはめても……。いや、グリンには人間として接するべきだし……)
グリンの背中の同じところを何度も擦ってしまっていることに気が付いてリリナは我に返った。グリンが不思議そうに振り向く。
「……あ、ごめん、ごめん。身体の前は自分で洗ってみてね、はい、これ」
手渡された手ぬぐいで素直に自分の肌を磨き始めたグリンを見てリリナは手持ち無沙汰になる。
結局、もうお互いに裸を見せてしまったのだから恥ずかしがる方が恥ずかしいとリリナは開き直ることにした。すると今度はグリンが純粋無垢なことが気になってくる。
ひょっとしてグリンに常識がない今は一世一代のチャンスなのでは?
今のうちに風呂とは、スキンシップとはこういうものだとグリンに植え付けてしまえば、これから先に薔薇色(桃色)の未来が待っているのでは?
大人しく自分の身体を洗っているふりをしてリリナは思考を巡らせる。普段、魔法の練習をする時よりもはるかに真剣だった。
もうリリナはグリンの真っ白な肌から目が離せない。
(例えば今、グリンの脇腹をくすぐったらどうだろう? これならいやらしさを出さずに合法的にグリンの身体を触れるのでは!? 天才じゃないの!? 私って!!)
もしかしたらほぼ表情の変化が見られないグリンが思い切り破顔するのが見られるかもしれない。その想像はリリナにとって実に蠱惑的に思えた。
──リリナの『〜きゃっきゃうふふ〜洗いっこ計画』が今、幕を開けた!──
「はい、身体を流しますよー。あっ、ここに泡が残ってる!」
誘惑に耐えられなくなった変態はグリンの背中の石鹸を洗い流すと、その隙に両手を脇腹へと滑らせた。
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