大文字伝子の休日10

クライングフリーマン

大文字伝子の休日10

伝子のマンション。午後1時。「デート?誰が?」依田が福本と話していると、EITOのPCの画面が起動した。

「諸君。ご苦労でした。大文字君。予想通り、死の商人は口を割らなかったよ、背後組織については。雇われたことは認めたが、ネットで応募した、と言っている。」と、理事官は言った。

「やはり芋づるという訳には行きませんね。でも、事前に宮内庁のスパイを公安が捕まえてくれて良かったですね。」「うむ。お陰で計画は掴めて、新宿の5カ所にある時限爆弾も撤去出来た。君たちもドローンコンテストのチラシ配ってくれて助かったよ。例を言う。歩行者天国を利用したドローンコンテストは今後も行う。今回のように、上位者には商品券を配ってな。」と言う理事官に、「理事官。爆弾撤去の陽動じゃなかったんですか。」と依田が尋ねた。

「それもあるが、実はいざと言う時の協力者を募集しているんだ。通信妨害システムを応用したドローンを飛ばす為にね。」「駐屯地で使った、アレですか?」と物部が割って入って言った。

「そういうことだよ、物部君。万一に備えてね。勿論、ミサイルが落ちる地点が判明しないと出来ないし、操縦者の安全確保も大事だし、課題は山ほどあるし、今は選択肢の一つだ。ところで、大文字君はどうした?」

「泥のように眠っています。昨日は3カ所にワンダーウーマンで行って闘って、帰宅したら興奮が収まらないのか、私と子作りに励みました。更に、夜明け前に原稿を書いて、午前9時にバタンキュー。文字通り、大の字になって眠っています。起こしますか?」

「いや。いい。また連絡する。」画面は消えた。

「お前、理事官に子作りって、嫌味?皮肉?」と依田が言った。

「ところで、増田さんが白バイって、問題ないんですか?あつこ警視。」と福本が尋ねた。「世間にばれたら大変ね。叔父は、副総監は、『自衛隊員が白バイ乗るのは問題だ。だが、ワンダーウーマンは問題外だ。ヒーロー、いや、ヒロインだから。人手不足だからな。私が許可する。』って言ったの。」とあつこは応えた。

「なんで?って思うでしょ。白バイ隊隊長の早乙女愛が来られなくなったの。お子さんの虫垂炎で。」「私が申し出たんです。ごめんなさい。」と増田は謝った。

「いいのよ。叔父が許可したんだから。増田さんは本物の陛下達の馬車の馭者をやる筈だったの。それで、叔父が馭者の穴埋めをしたの。おねえさまもね、時間がないからルールは無視しろ、って言ったし。」とあつこは言った。

「まなぶう。私のパンツはあ?」と寝室から声が聞こえた。寝室を覗き込んで、高遠は言った。

「そこにあるでしょ。みんなが来ているんです。歯磨きはいいから、シャワー浴びて着替えてから出てきて下さい。」「はあい。」

依田達は総立ちした。「か、帰ろうか?」「いいよ、ヨーダ。命令しているから、びっくりした?今はね、『デレモード』だから。あ。南原さん、トースターのスイッチ入れて貰えます?」「了解。」

あつこが依田の近くに行って「ねえ。依田さあん。デレモードでお願いしていいかしら?」「な、何でしょう?」と依田は緊張した。「なぎさ達三人が交通安全教室とか見学したいんですって。私もまだ見学は、一回だけだし。」

「いや、それは愛宕さん達が責任者だし。あ、そうだよね、みちるちゃんに言えばオッケーなんじゃないのかな?」

「そうなの?」「そりゃそうよ。あつこったら分かってるくせに。」

「ヨーダを揶揄っているだけさ。小学校の交通安全教室は熱中症について。老人会の高齢者特殊詐欺撲滅キャンペーンの方は、架空請求詐欺。福本、ヨーダ。台本渡したよね。あ。小学校の方は、鈴木校長が特別参加らしい。一佐、台本要りますか?」と、あつことなぎさに高遠は言った。

「いやいい。見るだけだし。」

そこへ、シャワーを浴びて来た伝子が登場した。「ごめん。後でドライヤーかけるから。」と高遠が用意したトーストとハムエッグを瞬く間に伝子は平らげた。

「今回、止めておこうかな?鈴木さん、苦手だし。」と伝子は呟いた。

とある小学校。午前9時。結局、伝子は高遠を送りがてら、ついてきた。

テントの中で、この学校の校長と鈴木校長が談笑していた。「ああ。大文字さん。この学校の山下校長とは古い付き合いでしてね、押しかけて来ました。」

「お気遣い無く。これは警察署主催で、我々はボランティアですから。今回は、私の友人達も見学に参加しています。」と、伝子はなぎさ達を友人として鈴木校長に紹介し、鈴木は名刺を渡して愛想を振りまいた。

「もう、そろそろです。」と、高遠がテントの中の皆に注意した。

演壇。依田が挨拶を開始した。「皆さん、おはようございます。僕は視界の依田といいます。仲間には『ヨーダ』と呼ばれています。何故か、分かる人?」「はーい。」「そこの君。」慌ててみちるがマイクを向ける。「化け物だから。」

「うーん。半分当たっているかな?実は『スターウォーズ』という映画に出てくる宇宙人に似ているから。」

子供達の反応は薄かった。「今日は、熱中症についてのお話です。熱中症って何か分かる人?」「はーい。」「はい。今度は君。」愛宕がマイクを向ける。

「んと。熱くてめまいして倒れちゃう病気。」

「はい、その通りですね。じゃ、どういう時になるか分かる人。」「はーい。」「じゃ、リボンが可愛い女子。」みちるがマイクを向ける。

「この間、テレビで、お父さんとお母さんが買い物に行って、自動車の中でお留守番していた女の子がぐったりしていたから、救急車呼んだら、熱中症だったって言ってました。」

「よく出来ました。みんな、拍手して。」拍手が起って、女の子は照れくさそうに座った。

「今言ってくれた例は、多いようです。みんなもレストランとかスーパーに行った時、駐車場でクルマの中でこどもだけいるのを見たら、お父さんお母さんに言ってね。みんなのお父さんお母さんはそんなことはないかも知れないけど、世の中には忘れん坊しやすい大人もいるんだね。その事件の時も、その子のお父さんお母さんは時間が大分経っているのに気がつかなかったって言ってる。みんなも何かに夢中になると、時間を忘れる時があると思うけど、大人も時間忘れちゃうんだね。」

「忘れちゃダメだよ。」と誰かが言った。「その通り。さて、この頃、お部屋の中で熱中症になる人も出て来ている。お爺ちゃんやお婆ちゃんだ。エアコン勿体ない、ってつけなかったり、つけるのを忘れちゃったりする。おうちにお爺ちゃんやお爺ちゃんがいる人は、お部屋を閉め切って、エアコンつけないままかどうか、気をつけてあげてね。」

「はーい。」「じゃ、熱中症ってどんな様子か、見てみよう。劇団の方、お願いしまーす。」

福本がお爺ちゃん、祥子が孫娘、松下、本田が家族の配役でお芝居が始まった。

テントの中。山下校長が「お芝居ですか。」と驚いた。

「そうなんです。言葉を伝えるだけじゃ忘れてしまう。そこで、大文字伝子先輩に相談したんです。」と、愛宕が言った。後から来た青山警部補が「大文字伝子さんは、人脈が広いんですよ。」と言葉を添えた。

10数分で寸劇は終わった。

演壇から依田が声をかけた。「では、警察の人のお話です。青山警部補、お願いします。」

青山警部補は演壇に上がり、子供達に説明した。

「今から配るのは、さっきのお話やお芝居に出てきた熱中症のことが書いてあるチラシです。おうちに帰ったら、お父さんお母さんに渡して下さいね。」

校長室。隣の予備室(宿直室)では、祥子達が着替えている。二人の校長と、伝子、高遠、依田が、隣の皆が来るのを待っている。

「鈴木校長。ミニ運動会第2弾を行ったそうですね。しかも、本当の運動会も開催したとか。」と高遠が話題を振ると、「そうなんですよ。皆大喜びでね。山下校長も検討されてはどうですか?コロニーのお陰で運動会や遠足が無くなったのは全国的なことでしたけどね。もう心配要らないのだから、時間を工面して、やれないことはないのです。子供達には消えた時間なのですから、一生引きずります。」と鈴木校長は持論を展開した。

「でも、授業は?」「体育と音楽以外は補習です。1時間程度で、休日もなし。でも、不満をぶつける児童や父兄はごく僅かでした。勉強は『思い出』にはなりません。でも、イベントは違います。一生残る『思い出』です。私は祖母から『私たちには青春はなかった』とよく聞かされました。学徒動員。授業なんかあまりありません。鍋ややかんから、鉄兜、詰まり、ヘルメットを作りに鋳物工場に行かされたそうです。空襲警報に日夜怯え、大変な日々だったようです。失われた時間は戻ってこない。でも、少しはチャンスは取り戻せるかも、って思いました。ミニ運動会なるものは、そこにおられる、大文字夫妻の提案です。臨時に、大文字伝子さんの知り合いの方の自衛隊員の方々も応援に来て下さいました。本当に助かりました。改めて礼を言います。ありがとう。」

そう言われた伝子は「頭を上げて下さい。恐縮してしまいます。」と言った。

「なるほど。早速明日職員会議にかけましょう。」と山下校長は言った。

福本達が入って来た。「お疲れ様。」という高遠に、「腹減った。」と福本は笑った。

午後1時50分。公民館。青山警部補と依田と老人会会長が打ち合わせをしていたが、突然老人会会長が。「しまった。武井さんが、この災難に遭っている。お金を取りに来ると言っていた。」「何時ですか?」と青山が尋ねると「2時です。公民館の3軒左隣です。」と会長が応えた。

「青山さん、捕まえましょう。応援の手配を。学、ヨーダ。後を頼む。」

青山達と伝子達は、武井邸に急いだ。武井老人らしき高齢者と、男が5人、押し問答している。「だから、借金した覚えないから、詳しく教えて欲しい。」

「いや、武井さん、この人達も困っているから。」と警察官役の男が言った。

「どこの署の方ですか?失礼だが、警察手帳を拝見出来ますか?」男はそっと、オモチャの手帳を出そうとしたが、みちるが手錠をかけた。「確保!」

後の4人は四方に逃げた。いや、逃げだそうとした。

一人目を、増田が体落としで投げた。

二人目を、なぎさがフライングボディーシザーズ・ドロップで一人を地面に落とした。

三人目を、あつこが脚にブーメランを投げ、前のめりになったところを送り襟締めで気絶させた。

四人目を、伝子がラリアートで倒した。最後の一人が伝子の方に向かって来て、その後ろを金森が走って来たので、伝子が足払いをし、金森がキックした。

公民館。警官隊に詐欺グループを渡した後、伝子達は武井さんを連れて戻って来た。

丁度、福本達の寸劇が終わったところだった。「丁度いいタイミングかな?皆さん。もう少しで武井さんは詐欺グループに金を渡すところでした。これが、その葉書。何故信用してはいけないかはもう分かって頂けたと思います。パンフレットにも書いてありますが、必ず家族や老人会に相談して下さい。会長さん、後で、この見本はコピーして、お持ちします。」と青山警部補は言い、「お願いします。」と会長が応えた。

翌日。伝子のマンション。「老人会会長さんがスピード解決に舌を巻いていたよ。」と青山警部補が言い、「婦人警官さん達は皆頼もしい、って会長さんが言うので、婦人警官は二人ですよ。後は僕の奥さんと奥さんのお友達で、皆武道の有段者です。って僕が言うと、更に驚いていましたね。」と、高遠が言葉を足した。

「まあ、他の署ではあり得ないでしょうね。先輩みたいな人もいないし、一佐達みたいな人達もいない。」と愛宕が言った。

「そもそも、寸劇付きの警察の活動なんて、他の署ではやらないだろう?」と伝子が愛宕に言った。「みんな先輩のお陰です。あ。みんなは?」「お休み、さ。」

「貴重な時間をボランティアに割いて頂き、いつも感謝をしております。」と青山が畏まって言った。

「聞きそびれていたんだが、愛宕、新居は慣れたか?」「なかなか慣れないです。」と、何故か言いにくそうに言った。

「豪華だからね。ところで、大文字さん。お腹が目立って来たら、自重するように、白藤に言って貰えませんか?愛宕の言うことはあまり聞かないし。」

「分かっています。あつこも、いずれ産休に入るでしょうし。」

「心配いらないですよ、先日二人で仲良く映画館を出てくるのを、何人かの人間に目撃されています。みちるちゃんだって、胎児を危険な目に遭わせたくはないでしょうし。でしょ、愛宕さん。ベビー服買いに行ったんですよね。」

「何もかもお見通しでしたか。」

青山と愛宕は笑いながら出て行った。

奥の部屋から、噂の当人である、みちるが出てきた。何故かパジャマを着ている。

「あー、よく寝た。何かありました?」

「ありました!!」と伝子と高遠は声を揃えて言った。

「学。今度から宿泊料取るか?」「そうですね、食事代もね。」

―完―






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