Sec 2 - 第11話

 ミリアがしている右手はその子の顔の前に、正面しょうめんから対峙たいじする格好かっこうになっていたミリアの手指てゆび隙間すきまからは、その子の元気な目が、爛々らんらんとして落ち着きがないくらいに、好奇心こうきしんに動くのは見えていた――――――――


「―――――なにしてんだ?」

「困ってんじゃないか?もしくは挨拶あいさつか、」

「なんだそれ、笑える」

・・後ろで、好き勝手言っているケイジやガイや、ガーニィの声が耳に入ってきてるけど。

ミリアはほんのちょっとだけ、しかめっつらになったくらいで――――――――ぬぁははははっ!』

・・・!って・・、甲高かんだかい声で急に笑ったこの子に、ビクく・・っ・・と、またも、ミリアは目をつむらされた・・・。――――――この子に悪気わるぎが無いのはわかってるけど、これで何度目だろうか・・・。


・・どうしてこの子が笑ったのかは、ケイジが横腹よこばらを右手で押さえているのを見つけたからか、私の後ろにいるケイジをのぞいたりしてる。

「・・ふんぬぅー、・・・。」

それからまた急に、こっちをパっと振り返って、じっ・・・と私を見てくる。

私を、むずかしく顔をしかめて見て来ていて、何かを考えてるみたいだ・・・。


でも、今なら話を聞いてくれそうな気がする・・・なんとなくだけど、そう思った。

「えっと、」

私は、口を開いて。

と思ったけど、何を話せばいいんだろう?・・えーと・・、落ち着いて、話すために次につなげる言葉・・・?・・とは。


そもそも、今なら、っていうか・・・私たちのこの状況じょうきょうも別に、振出ふりだしに戻っただけなんじゃないか、って思うけれど、冷静れいせいになってみれば―――――――いや、この子が話を聞こうとしてくれてるだけ、進展しんてんしてるのかもしれない・・・この子が私の名前を呼んだあの時からは―――――――それが、なんかとおい昔の事のようで。


・・いや、この子とは、ついさっき会ったばっかりなんだけれど。

―――――なんにも思いつかない。


ケイジがこの子とちょっと話してた、・・会話になってたような、なってかったような?・・えっと、たまに、わからない言葉をはっしてたけど――――――


―――――って、一瞬いっしゅんあいだで、ミリアはちょっと、言葉にまってたけど。


左手の指の間から、この子がじっと見つめてきてくれているのは、わかってる。

その子の目とも何度か合っている、活発かっぱつで、ひかり具合ぐあいきらめめく様なときもあるその目は、こっちの言葉を待っているんだ、たぶん。

だから、えっと。

そう。

落ち着いて話そう。


「あのね?」

この子には、はっきり言った方が良いと思う。

遠慮えんりょしたらそのぶん、話が変に遠回とおまわりしてしまうから、きっと。

「私たちに用があるなら・・」

「・・ぬっ?」

――――――って、丁寧ていねい心掛こころがけていたミリアの、話してる途中とちゅうで。

その子が急に何かに気が付いた、その視線しせんがミリアをえて、後ろの方、・・ケイジを見てるような・・・。

「・・ん?」

気が付いたケイジもそれを見つけて、というか、ケイジは左手に黒い丸いなにかを持っていて、食べているようだ、いつの間に。

「それどコにあったぁ!?」

って。

その子がまっすぐ指差ゆびさして、ケイジに向かって行ってた・・・1番近くのミリアが急な、その元気過ぎる声に、またも耳をつんざかれていったけど。

目をつむりかけて、ビク・・っ!と・・・させられたミリアは・・、それから両耳を両手で押さえてむにむにマッサージしつつ、ちょっと・・とうとう、刹那せつなにも『イラっと』した気持ちが芽生めばえたのは、自分でも何となくわかった・・・。

ので、耳のマッサージついでに、ちょっとだけ眉間みけんあいだしかめも指の関節かんせつでほぐしておくけど・・・えっと、その間にも、その子がすれちがって、ケイジの方へまたみずかっかかりに行ってるので。

その後ろを追って振り返るミリアの口の隙間すきまからも、両耳をさすりながら・・「ぇえ・・?・・・」――――と、こぼれたのは自然しぜんな気持ちだった。



「ヤらねーぞ。」

「イらなイ!」

ケイジとその子がまた、正面しょうめん語気ごきが強い。

まあ、食べかけみたいだし・・。

「ドコにあったんだヨっ、」

って、おこって聞かれてケイジは、ちょっと考えたように・・・。

おしえねぇ、」

そっけなくしてた。

「・・ナぁーっー!」

その子が、もっとおこったみたいだった。

・・・・はぁ・・。ケイジがそれを見て、・・ニヤリとしたようだった、わるい顔だ。

・・・・はぁ・・。

なんか、もうどうでもよくなってきた。

事情じじょうを聞くとか、必要ないんじゃないかって。


「ぬっ?」

ぴくっと、その子は。

「・・うはははははぁっ・・!」

って、ガイの方、テーブルの方に素早すばやい身のこなしでびかかるように。

「あ、おい、俺らんだぞっ・・!」

「まあいいじゃんか、」

ガイもケイジをたしなめているけど。

テーブルの上のサンドイッチの包みを頭の上へかかげるその子は。

「おんなじのが無い!」

・・あぁ。

「・・っくっはっはっはっは・・・!」

今度はケイジが勝ちほこっている、まるで魔王まおうのような。

やっぱり悪い顔だ。


・・まあ、からかって遊んでるだけみたいだし。

というか、もう普通ふつうしゃべってるな、この2人。


「ドコにあっタぁ・・!・・?」

「おしえねー」

「ぬぁんだヨぉおーっ!オマえぇーっ!」


・・元々もともと、この子は元気げんきな声らしくて。

ケイジはなんか、普通に話しているし、おこらせてるけど。

いや、いじめたがりなのかな・・・どっちかっていうと、ケイジは。

小さい子と遊ぶケイジは――――――あのブルーレイクのときの、あの砂漠さばくの村の光景こうけいも少しだけ思い出した。

子供たちに、まとわりつかれてたっけ。


・・・。

ちゃんと話してる、2人は。


なんとなく。

・・ふむぅ。

いろいろあったけど。

わかったような気がする。


まあ、それより、その子がしがっているのは、どうやら・・・ケイジが左手に持ってる、黒くて丸い、手のひらにおさまるサイズのライスボールのようだ。

たぶん『おにぎり』というもので、黒いのは海藻かいそう乾燥かんそうさせた独特どくとくかおりがする海苔のりっていうものでつつまれているからだ。

その中のおこめかたまりの中にも、ぜられた『なにか』のが入ってると思うけど、それはよく見えなかった。

いつの間に、ケイジがそのライスボールおにぎりを持っていたんだろうか、っていうのも不思議ふしぎだけど。

食べかけのそれは、いしんぼうなケイジだし、そこのテーブルに置いてあるサンドイッチとかの内の1つだったんだろう。


「おしえね」

「んがあぁあぁ!」

その子がもう、いやそうな、なんだか泣きそうな気がした。

ケイジもいつも通り過ぎるので、ミリアもつい口を開いてた。

「そんな・・意地いじわるしちゃダメだよ」

ため息っぽくなったミリアだけど、ちゃんと注意ちゅういしといた。

ケイジに、小さな子供に向ける言い方かもしれないけど、一応いちおう、言葉もちょっとはえらんだ。

さすがに、『ダメ・・っ』と小さな子供に言うような言い方ではないけど。

「へっへぇ、」

ケイジはまだニヤニヤ笑ってて、こっちの注意を聞いてないし・・。

「ケイジ、もうちょっとやさしくしてやれよ?」

って、ガイも見かねたように言ってた。

ガーニィと世間話せけんばなししてた合間あいまみたいだけど。


「やさしくってなんだー!」

その子がガイにもおこってた。

「おっ、ごめん、ごめん。あいつが親切じゃないんだよね?」

ガイも苦笑にがわらいだ。


「うん!ん?」

「わかってねぇんじゃねぇか?」

「ダマレ!」

「ぁあぁん?」

「おいおい、ケイジ、ケイジ、」

もう、いつの間にか、あの子のこととか、当たり前のようにみんな、気にしてないみたいだ。


「こいつがっかかってきてんだろ・・?」

ケイジが納得なっとくいってないみたいだけど。

「ンガぁーっ・・!」

あの子が、えてる。

「まあいいじゃんか、それくらい、」

ガイが口端こうたんを上げて、さわやかだ。

「よくはネェ。」

「コッチモだかんナ!」

「お前はなにがだよ、」


・・ケイジのライスボールおにぎりは、指の形にちょっとつぶれてる。

ちからが入ってて、さっきもそんなサンドイッチを見た気がするのは既視感デジャヴ、かもしれない。


だから、ミリアは、とりあえず声を、あの子へ、声をかける。

ケイジにくやしそうな、あの子に。

一緒いっしょさがしに行く?」

「行く!」


―――――って、こっちを振り向いたその子が。

こっちを、見たほんの一瞬で。

1つ瞬きをすると・・私を見つけて。

それから、にいっ・・って。



笑った、私へ、


――――うん。


笑顔を、私へ。


その子は、爛々らんらんな大きな目を、楽しそうにほそめてる。

めいっぱい、口のはしも持ち上がってる。


私は、ちょっと吃驚びっくりしたんだと思う。

急だったから。


はながちょっとって。

――――――ちょっと、笑ったのかもしれない。



あと、やっぱり。

用事ようじは無かった』ってことで。

まあ。



――――――私が、ちょっといきいたのは。

ほんの少しのかたの力も抜けたみたいだった。

どうでもいっか。

この子が、こんなに、めいっぱい笑うなら。


「―――――ロヌマ。こんな所にいやがった、」

―――――・・って、こっちへ声を掛けられたのは、不意ふいで。

ミリアは少し、おくれて振り返っていた・・・?


だれにでもからんでんじゃねえぇってぇの、・・ん?」

この子を呼んだのか、横から大きなかげがぬぅっとあらわれた・・・、私とその子をおおかくすぐらいに大きな人影ひとかげが・・・とても大きな男の人が近づいて来ていたのだ。

「ぬっ?・・シン!」

あの子が名前を呼んだ―――――・・一瞬いっしゅん、ミリアはちょっと、立ち位置を、足の位置をなおしたのは、少し警戒けいかいをしたからだ・・でも。


その子の知り合いらしい、なら『EAU』の隊員だろう。

その大きな男の人、ガイよりもだいぶも大きいけど。

見た目は動きやすそうなTシャツにズボン、ラフな格好かっこうにがっしりとした均整きんせいの取れたその体格は服の上からでもわかる。

「なにしてんだ?ったく・・、いちいちお前は、どっか行きやがって・・、」

って、静かに見下ろしている彼の口元がまったく動いていない・・・、その声は彼からじゃなかった、その横からもう1人、べつの男の人が顔をひょいとのぞかせていた。

『ゴドー!』

って、この子がちょっとおどろいた感じで、その、『ゴドー』って呼ばれた彼は、めんどくさそうに、ダルそうに頭の後ろをいている。

さっきからの声は、このゴドーっていう人のもののだったようだ。

というより、最初に見つけた『シン』っていう人が見上げるくらい大きいから、目に入らなかったのかも。

ちらっと、こっちを見た彼、ゴドーさんと私は目が合ったけど。


彼らは、私たちよりもけっこう年上だろう。

それに、ゴドーさんは大きな彼、シンさんの隣にいるからちょっと小さな印象いんしょうを持ったけど、よく見ればそのゴドーさんも一般的いっぱんてき体格たいかくくらべればガッチリしていて、かなり良い方だ。

日頃ひごろからちゃんと鍛錬トレーニングんでいる人だと思う。

そして、その後ろに立ってるシンと呼ばれていた大きな彼は、そのたたずまいだけで目立ちそうだけど、物静ものしずかというか、こちらやまわりを静かに『見ている』ようだ。

「で、何してたって?」

そのゴドーさんがその子に状況じょうきょうを聞いていた。

何をしてたか・・私達もわかってないけど。

・・おしゃべり?


その子、渦中かちゅうの本人は、でも一回きょとんとしたように。

そして素早すばやく振り返って、またケイジをにらむようにしてた。

急にさっきの続きを思い出したのかもしれない。

なんか、わかる気がする、この子の考えていることが。

「あん?」

ケイジがまたまゆせて、ふたた応戦おうせんしそうな雰囲気ふんいきを出してるけど。

まあ、もうほうっておいてもがいは無い2人だろう。


それに、ほんとに、ころころ表情が変わる子だな、って。

名前、確か『ロヌマ』って呼ばれていた。

そう、この子の名前は『ロヌマ』だ。

たぶん。


初めて名前がわかったけど。

逆に、『初めまして』って感覚かんかくがもう無いな、って・・・くらいの感じは、なんだかとっくに距離きょりが近いんだと思う。

「なんだ?やるか?あぁん・・?」

「ぅぬぁあーるっ・・!」

特に、ケイジには遠慮えんりょがないし。

今も距離きょり近過ちかすぎて、みつきそうだ。


って、大きな彼がぬっと静かに動いていた、のに気が付いたときには、シンさんがロヌマのその後ろに立って、ネコの首根っこをつかまえるように、じゃなくって、両脇りょうわきを手でひょいっと軽々かるがると持ち上げてた。

「ヌぬぁあーっ!?」

おどろいたロヌマが元気にいてたけど、シンさんのかたまで上げられて、ちょっと大人しくなったかもしれない。

・・・あ。

あれが、ロヌマのただしいあつかい方、・・なのか・・・?


「で、何してたんだ?ロヌマ、」

ゴドーさんがそう、シンさんが距離きょりをおいてゆかに下ろそうとして、ねるように着地ちゃくちした、身軽みがるなロヌマに聞いてた。

ロヌマは彼らへ向けてか、って、その胸の前で腕組うでぐみをしなおして、ほこらしげに大きくむねらした。


「センパイだからな!」

って、大きく胸を張って言ってた。


元気の良い、気持ちのいい声は、とてもまっすぐで、耳によくひびく―――――――――

――――その後におとずれる、少しの静寂せいじゃくが、あった。


いや、私達の音がえたようなだけで、他の音は、まわりの喧騒けんそうにずっとまぎれて聞こえてはいたみたいだけど。


――――・・・・―――――・・・あー。


なんとなく、わかったような。

わからない部分も、まあ、あるけど。

それはまあ、なぞだから置いておくとして。

周りのみんなも、本当にみんな、きょとんとしているようだし。

私には・・じわじわと伝わってきてる。


そもそも、みんなだまったからなのか、その子、ロヌマって呼ばれてるその子は得意とくいげにちょっとはなを高くしてて、かかげるような笑顔がどっしりと顔に鎮座ちんざしてた。


えっと、今までに、わかったことをまとめると。

『この子は、ロヌマっていう』らしい。

そして、『先輩せんぱい』なのか。

・・なるほど。


情報量じょうほうりょうは、とてもすくない。


「・・ぶはははっ!」

って、ゴドーさんがき出してたけど。

「ぬ!」

ロヌマが警戒けいかいしてた、今度はいぶかしげに、ゴドーさんを変なものを見る目で。


「ソレがなんだよ、」

って、ケイジが不躾ぶしつけだけど。

「せンパイならっガァアーーっていくの!当たり前だロ!」

ケイジにはとっても強気つよきなこの子、ロヌマがすごく堂々どうどうと言っている。


・・なるほど・・・。

いや、ぜんぜん納得なっとくはできてないんだけど。

つまり、たぶん、そういうロヌマのプライド誇りがあるらしい。

最初に私たちとバッタリ会ったときに、・・好意的こういてきに考えるなら、挨拶あいさつをしてくれた、ってことなんだと思う。

ぎゃくに、わるとらえるなら、ずっと先輩風せんぱいかぜかそうとしてたってことで・・・かしてたのかな・・・?・・当てはまるふしが思い出しにくいけれど・・・。


まあ、なんとなく、『そんなようなこと』の気はしていたけれど・・・。

ロヌマにとっては、そういうものらしい・・・?・・。


「ぶぁっはっははっ、まあっ、そうだなっ・・・」

遠慮えんりょなく笑ってるゴドーさんは、ロヌマをあまやかしてるみたいだ・・普通ふつうは、注意ちゅういする所だと思うんだけど。

だからロヌマはもうちょっと得意とくいげな顔になってて・・・。


「まただれかにき込まれたんだろー?」

って、ゴドーさんがニヤニヤしてて・・・。


「・・ぬ??」

ロヌマが、不思議ふしぎそうに、きょとんとしてた。

まゆしかめたまま、それから小首こくびかしげてた。


ぁ、ゴドーさんの、これはちがう、あまやかしてるんじゃなくて・・・ゴドーさんは、ロヌマをからかっているだけだ、たぶん。


ふぇっ、へっへぇぃ、と余韻よいんを引きずって笑ってるゴドーさんと。

きょとんとしているロヌマが、それをいぶかしげで。

そして、何も言わない大きなシンさんは、一番冷静れいせいそうだけど、無表情むひょうじょうで、憮然ぶぜんとしているようにしか見えなくて。


その対面たいめんで誰も何もしゃべらないこっちのチームの中で、ミリアは、なんか、大きめの息を胸へって。

そして・・・、最奥さいおくからの、自然しぜんつかれがまった息が、・・はぁ・・・・と、出ていた。

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