第15話

 よれたビジネススーツに無精ひげ、少し腹が出ているようなそのおっさんは、くたびれた様子で歩いて、なんか眠そうな、で近づいてきていた。

陽光の下の道を歩く彼がその手でぼりぼり頭を掻けば、見えないフケでも飛んでいそうだが。

そんなおっさんがこっちを見て歩いてきている、だから、さっきケイジたちが呼びかけられたのは間違いないようだった。

道端で振り向いたケイジが、その姿と顔を見て・・・顔に覚えが無く、少し瞬いた。

「あれ、ロブさん、」

ケイジの傍のEPFのそいつが軽く手を上げ、そのおっさんに返事していた。

どうやら、そいつらは知り合いみたいだった。


「散歩っすか?」

「仕事に決まってるだろ、お前こそ遊んでんのか?」

「俺も単独で動くぐらいにはなったんですよ。」

んで、仲が良いみたいだ。

「ほお。偉くなったもんだ。・・・?」

と、そのロブってヤツと目が合ったケイジが、傍に立っている。

「・・ん?」

「ああ、こいつは『特務協戦』のヤツです。」

「『特協とっきょう』か・・」

「この人はロブさん。警備部の人で、俺が新米だった時に世話になった人だ、」

『ロブさん』と名前を呼ばれていて、言われりゃ見た目は警備部っぽい感じだ。

ビジネススーツってことは、刑事なのか?そんな感じだ。

「なんでまた『特協』なんかと仲良くしてんだ?」

そのロブっておっさんが、じろじろとこっちを見てくるが。

「いろいろあったもんで、」

「ほお・・?」

ロブの目つきがジロジロ・・、嫌な感じだが。

「後輩の指導でもしてんのか?偉くなったもんだな?」

「いやあ、こいつは、まあ、良いヤツっすよ、」

「なんだそりゃ。」

つうか、EPFのこいつが下っぽいようだ。

「・・お前は前の現場にも居たよな、」

って、そのおっさん、ロブがケイジを見て言っていたが。

ケイジは・・・会った事あるっけか?とちょっと考えても思いつかない。

「名前はなんだ?」

・・・まあ、名前ぐらいはいいか。

「・・ケイジ、」

「・・ケイジか?俺はロブ、そう呼んでくれ、」

自分を親指で差すロブは、愛想は無いが、持ち上げた口端の笑みでなけなしの愛嬌を見せた気がしないでもなかった。

「俺はモティビー。『モービ―』って呼んでもいいぜ」

って、EPFのそいつが親指を立てて言ってきた、にっと無邪気そうな笑顔で。

「変な名前だな?」

「な、なんだとぉ?」

ケイジがつい漏らした本音に、そのモービ―が不満そうだった。

「ん?お前ら、知り合いじゃねぇのか?」

「ああ、さっき知り合ったばっかっす」

「・・・」

にっと笑うモティビー・・いや、モービ―へ、ロブがなんか言いたそうな顔をしていたが。


とりあえず、ロブは頭をぼりぼり掻くことにしたようだ・・。

「・・あぁ、そういや、お前ら聞いたぜ。ヘマしたらしいな。誰かさんが『参考人』を逃がしたってよ」

どっかで聞いた話だ、そういや、ケイジもさっきそれに似た感じの光景を目の前で見ていた。

「・・あぁ・・・、」

「おかげで警備部が尻拭しりぬぐいする羽目になるってよ。お前、聞いてないか?」

「うーん、どうっすかねぇえ・・・?」

って、ロブの質問にモービ―は首をひねってるが。

「・・・」

・・ケイジが無言でじっと見ているモービ―の横顔は、意味ありげな表情がいろいろ次に次に変わっていってる、というか焦っているのか。

話を聞く限り、その話はあれで、あれだから、そういうことなんだろう。

こいつ、このモービ―が逃がすヘマをしたっていう当事者だ。

「そうだ、お前んとこの同僚ならきつく言っといてくれ、警備に尻拭しりぬぐいさせんなって、」

「あ、うっすっ、後で言っときますよっ。あの野郎・・・ったく、」

ぁ、すっとぼける気だ、こいつ。

「なぁ?」

って、すかさずモービ―に話を振られたケイジだが。

とりあえずケイジは口を閉じたまま、怪訝けげんが入ってる目でじとっと見てるだけだったが――――――モービ―が口端を持ち上げてケイジへ見せてくるのも、ケイジが片眉を上げつつ。

「頼むぜ、EPFの奴らは警備部が働いて当然だと思ってやがる・・」

「んなことないですって、俺はいつも頼りにしてますよ」

「だから倒れるまで働けってか?」

「いや誤解っすよ、」

ケイジが肩を竦めるような気持ちで目をやった時・・・人が、周囲の視線が、通りかかる人が集まってきているような、立ち止まってこっちを見る彼らのいる中で。

ふと、視界の端に入ったあの2人の姿、少々目立つその姿たちを見つけて、ケイジは片眉を曲げていた。

「ぁ、」

つい、反射的に、だ。


EAUのジャケットを着た2人、背丈の高低差がけっこうあるミリアとガイたちがいつの間にかこっちへ歩いてきている。

ケイジは・・・『なんかサボっている』とか言われそうだ、と脳裏に嫌な予感を感じた。

だが、既に明らかにこっちを見つけていたようなミリアたちが、一言二言交わしながらこっちを見ている、・・いや、どうやらケイジの周囲へ目をやっている、知らない顔が集まっているからのようで。

「ん?」

モービ―達もケイジの様子に気が付く、ケイジが見ている方向を見て。

「お前の知り合いか?友達か?」

「あぁ・・」

ミリア達と同じジャケットを着ているケイジは返事をしつつも、初対面だらけのこの場で、なんてこいつらを紹介するべきか、なんて言えばいいのか自分でもよくわからん。

と思っていたが、傍に来たミリアとガイが立ち止まり、注目してくる彼らへ会釈えしゃくを自分から返していた。



 ―――――さっきからケイジたちの居場所はミリア達の視界に表示されているので、わかっていたけれど。

人が集まってきているような一角を見つけて、その様子を見に足を伸ばしてみたら、そのケイジたち3人の組み合わせが見慣れない。

なんで現場のビルの敷地内近くで立ち話をしているのか、ちょっと瞬きもしたけれど。

「あれ、EPFか?」

ガイが聞いたので。

「・・なのかな?」

一応、ミリアはそう答えたけど。

目の前に着く頃には彼の着ているジャケットもはっきりちゃんと見えている、EPFのユニフォームだ。

それが、気が付いてこっちへ向けてくる彼らの視線を受けながら、ミリアは口を開いた。

「お疲れ様です。私は、EAU、ミリアネァ・Cです。こっちは・・・―――――」


「――――・・・おいい、マジじゃねぇ・・?」

って、気が付いたのは、周囲の人たちがこちらへ注目していた事で。

「やっぱモービ―じゃんか・・?」

なにか更に騒がしくなってきている周囲は、もしかしたら自分たちが近づいたから余計に目立ったのかもしれない。

「本物ですかー?」

って、呼びかけてくる誰かに、周囲の人たちがまばらにだが、ひそひそ話からもう一歩近くに寄り始めている・・・。


――――――その人垣の中から子供が1人、誰か、走り出した。


「おっと、バレたか。」

って、彼が余裕そうに笑っていたのはミリアにも見えていたが。

「じゃあ俺はこれで、」

って、素早い反応で切り出し歩き出す、EPFのジャケットを纏っている体格の良い人だ。

というか、たぶん、本物のEPFだ。

「モービ―、次はヘマするなよ、」

もう1人、見覚えのあるスーツで無精ひげの人が声を掛ける・・モービ―・・・このEPFの人もどこかで見たような顔だ、とミリアはちょっと思いつつ。

「はい。なにを・・?ぁ・・」

って、なぜかバツの悪そうな顔をした彼は、笑ってるけど。

「長年、刑事やってんだ。ナめるなよ」

「はは、さすがっすね――――――」

どうやら、何かの話の続きか、そのおじさんがカマをかけて引っかかったと。

「さっきから思ってたんですけど、ちゃんとシャワー浴びた方がいいっすよ、」

「あんだと?」

軽い挨拶みたいで、笑って別れるような彼らは仲が良いみたいだ。

というか、追うように歩いてくる市民の人たちが、彼の方へ集まろうとするから、彼は逃げるように逆方向へ小走りに逃げて行く。

市民の人たちは禁止区域に侵入しているから注意するべきなんだろうけど・・・というか、『シャワーが・・・』って言われたおじさんはそんな事よりも自分の服の裾を、クンクンとさり気無く嗅いでいて、言われたのをちょっと気にしているようだけど。


道路の一角を封鎖している警備部の車両が集まる方へ大股で歩いて行く彼と、彼を追いかける人たちはなんだか楽しそうに笑いかけ、同じようにペースを合わせ小走りになっていっていた。

「侵入しないでくださいー、」

「そこ、止まってください、」

周りの警備部の彼らも気が付き、その人たちへ注意しつつ集まって来ていた。


―――――ミリアも、ケイジたちも、そんな光景をちょっと瞬いて見送っていたけれど。


ミリアとガイのアイウェアの視界に表示されていないが、傍ですれ違うように別れた彼、ジャケットのロゴは目についていた。

「あれEPFか?」

って、ガイがちょっとケイジに聞いていた。

「らしいな」

ケイジの短い曖昧な返事だが。

「一体なんでまた、知り合いだったのか?」

ケイジは肩を竦めるようにしたくらいで、ミリアにもよくわからないけれど。

道理で、この進入禁止区域でも、彼を中心にちょっとした騒ぎになっている。

あれはバックアップチームの人なのか、堂々とあんなロゴ入りを着ているってことは作戦行動中でもないようだ。

そんな彼の周囲を警備の人たちが、慌てて騒ぎを止めに彼を守りに行っている。

「なんだあれ?」

「あいつのファンだろ。・・おっと、俺も呼ばれたか・・・」

って、残っていたスーツの彼が耳元の無線通信でなにか聞いたようで、彼の目線がちょっと横に動いてた。

彼も警備部っぽいけど、さっきも見たような・・・あ、思い出した。

さっきの事件の、ここに来る前の商店の前で会った、自分に注意をしてきた人だ。

この人とも知り合いだったのか、とケイジを見れば、ケイジは向こうを見てちょっと表情を移していた・・―――――


――――――つうか、はっ、と気が付くケイジは・・・。

どこかで見た事のある派手な衣装。

奇抜な色を散りばめた服で、遠くからでも目に入るその色使い、あいつが・・『ハごペンが』が、EPFのあいつを追いかける群れの中に、一緒にまとわりついているのを見つけた・・・っ・・――――――


「ぁ、あれ、『ハごペンが』じゃねぇか?」

って、ちょっと声が上ずったケイジに指差して言われたミリアは。

「・・・え?『ハごペンが』?見間違いじゃないの・・?」

ケイジが恐る恐る指差してるのを、ミリアが覗き込んではみたものの。

EPFの彼を追っていく集まりのごちゃごちゃした背中しか見えなかったので、よくわからなかった。

「ハごペンが?」

って、スーツの彼が不思議そうだったけど。

「まぁ、有名なストリーマーみたいで、」

ガイの説明に。

「流行ってんのか?」

彼はきょとんとしてたけど。

「そういや、あいつもここの配信してたよなぁ・・・」

なんだか、ケイジが思慮深く、名探偵の片りんに目覚め始めたようだ。


というか、ふと、また傍を通って行くようなファンの人たちに、ミリアは一瞥いちべつしてくるような人と目が合ったりもしたけれど。

「離れるか」

ガイがそう言ってきて、人がまだ集まってきそうだし、それを規制するための警備の人たちも集まってきそうだし。

「そうだね、」

ミリアは頷き、とりあえずきびすを返してEPFの彼は見守る事にした。

こういうのは警備の人たちの方が慣れているだろうし、自分たちが近寄っても邪魔になるかもしれない。


「そっちは行かなくていいのかよ?」

って、ケイジが、傍のスーツの彼へ言ったのは、警備部の人っぽいからか。

「・・仕事にもどりますかねぇ・・・、」

彼は重いため息のような、のっそりと、手をひらひら振りながら、別の方へ歩き始めてた。

まあなんか、仕事に戻るにしては気合が入ってない声だし、向こうを向いた後ろ姿は、なんだか豪快な欠伸あくびでもしてそうで、マジメな態度かは怪しい感じだけど。


ちょっと見送ってたミリアは、ケイジと目が合って。

なんでか、ケイジが肩を竦めてきたから。

とりあえず、ミリアも肩を竦めて返してた。


「行こうか、」

ミリアの声に。

誰からともなく歩き出し。


・・ミリアが、肩越しに眺めていた向こうは。


EPFを追う人達が、彼へ何かを話しかけたり、笑顔に目を輝かせて。

受ける彼は笑顔を振りまき、対応しながら真っ直ぐ歩いて行く。

彼が浴び続けるそれは、憧れの眼差しっていうやつなんだろう。

見ていたら、なんか、そんな感じがした。


小さな子供がキラキラした瞳で、彼を見上げているのだから。


程なくして、警備部の警官たちが増えてきて、市民たちの間に入って、彼の周囲をしっかり守り始めていた。


これで問題ないだろう―――――。



「―――――で、リースは?どこ?」

って、ミリアに聞かれたケイジが。

ちょっときょとんと瞬いた。

周囲を見回してから、零れ出る様な。

『あいつ・・』

と呟いていたので。


また隠れたのか、気ままにどこかへ行ったんだなってミリアは思った。

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