第16話

 『彼は『EPF』の『インフロント・ナンバー』のメンバーだね』

そう、アミョさんの声が伝える通信は耳元へ、ミリアは意識を少し傾けながら傍のケイジ、ガイたちと共に歩いている。

歩道と敷地の傍を辺りを見回しつつ、そんなミリアがちょっと目に留めたのは、ケイジがじっ・・と眉をひそめていた横顔で。

怪訝そうなケイジの顔をちょっと、瞬いて見てた。

「インフロント、」

って、ガイがアミョさんの言葉を繰り返してた。

『あれ?本当に知らない?ミリア君やガイ君なら知ってるかと思ったけど、』

その言葉なら聞いたことはあるけれど。

たしか、EPFの少し特殊な・・・。

『うわ、なんですか?急に、』

って、ミリアが口を開く前にアミョさんが急に、驚いてたけど。

「なんですか?」

ミリアも反射的に聞き返してた。

『はぁ。まあそうですね・・。ああ、ちょっと切り替えるね』

アミョさんは、別の誰かと会話をしてたみたいだった。

『EPFのコードネームだろ?知らないのか?お前らくらいの年代には人気って聞いたんだがな、』

耳元にまた別の男の人の声がしたのは、通信回線の会話に誰かが入ってきたからのようだった。


『ああ。面白そうな話をしてんなって思ってな。『インフロント』って言ったら、EPFの中でも俺らと現場が一番近い部隊になる。なんとなくでも頭に入れておいた方がいいぜ、』

たぶんオペレーターの誰かか、現場にいる同じEAUのチームの人か。

「ある程度は知ってますけど・・」

ミリアは一応、そう答えつつ、ポケットから取り出した携帯端末で操作しつつアイウェアの設定を確認する。

アミョさんの方でいじったらしく、別のチャンネル、EAU内の共通チャンネルに今また繋がったようだった。

つまり、他の人たちもこの会話が聞けるみたいだ。

そんなに話せる事も無いんだけれど。


それより確か、『インフロント・ナンバーズ』はEPFの最前線に立つ部隊、という感じで、ニュースなどメディア上でよく紹介されているのを何度か見たこともある。

インフロント最前線』という言葉自体に、社会と市民の前に立つという意味も込められているらしく、それらはたぶん、EPFの彼らの立場も表わされている気がする。

『インフロント・ナンバーズは市民の前に立ち、EPFで最前線に立つ部隊に与えられるナンバーでな。一番にドーム市民たちと近い存在でもある。よくマスコミの前に立ってたりするだろ?だから顔だけはかなり売れてるみたいだぜ。』

その説明だから、大体の理解は合ってるみたいだ。

『ただの広報部隊って揶揄やゆする奴らもいるみたいだけどな。』

メディアの前に立つだけだから、か。

ふむ。

そもそも、EPFは、基本的に治安維持に関する活動はするけれど、表舞台というか、メディアには出ない人たちもいるはずで。

だから、『インフロント最前線』の数字はそういう区別でもあるのかもしれない。

『誰かEPFに会ったのか?』

新人ルーキーたちが挨拶したらしいぞ、』

『おぉ。あいつら、ヤなヤツもいるだろ?』

って、茶化すような、冗談交じりに話す他の人たちも加わって来ているようで、雑談みたいになってきてる。

たぶん、みんなヒマなんだろうな、ってちょっと思いつつ。

とりあえず、ミリアはちょっと、耳元のアイウェアを操作してボリュームをちょっとだけ下げておきつつ、また街の様子を見回していた。


『そのEPFのお陰でもう終わったんだろ?早く帰りてぇんだが、いつまでどうでもいいとこを歩かされるんだ?』

『じきに向こうの処理が終わるだろ』

基本的に、チーム内での会話は報告のためにチーム単位で運用・管理されていて。

それは会話が混じる混線を防ぐためでもあるんだけれど、全体の状況確認やセキュリティ・監査などのためにEAU本部で人がたまにどこかの回線を聴いていたり、記録されてもいるわけで。

もちろん、プライベート通信なら公開はされないらしいけど。

『インフロントの誰を見たんだ?』

『モティビーがいたんだってさ、』

現場にいる誰かが興味本位にか、今は、面白そうなEPFの雑談に惹かれておしゃべりしに来ているみたいだ。

元々、プライベートの会話では無かったし、まあいいんだけど、仕事に支障が出そうなら、あとでアミョさんの辺りがしかられそうだけど。

『モティビーか?一昨日にもインタビュー見たぜ、』

モティビー・・・って名前、あぁ、道理で彼をどっかで見た事あると思った。

彼、ニュースとかでたまによく見る顔なのだ。

でも、名前と顔は知ってはいるけれど、映像で見るのと本人とではやっぱり違う、って本当なのかも。

実際に目の前で見ると、身体も大きかったし。

『あいつのフルネーム、知ってるか?『トップ・オブ・モティビ―』だとよ。』

「だっせぇ、」

って、隣のケイジがけっこう速かったけど。

『だよな』

って、苦笑いするような音も通信の向こうから聞こえてた。

『トップ・オブ・モティビー』って、その名前もちょっと見たことがある。

ニュースのタイトルだったか、SNSだったか。

『やっぱあれ、だせぇなって思うよな。』

『わかりやすいから覚えられやすいんだってさ。人気が重要だろ?彼らには、』

って、たぶん、アミョさんの声が通信の向こうでフォローしてるみたいだ。

『リングネームみたいなもんだしな、』

さすがに本名フルネームじゃないらしい、のはわかる。

『なんか意味がある名前なのか?』

『アニメから取ったとか聞いたな、』

会話に入る人がまたちょっと増えてる気がするけれども、たぶん、オペレーターの誰かが現場にいる人を繋いでいるのかもしれない、暇つぶしにでも。


まあ、そんな会話を聞きつつミリアが、ちょっと、傍のケイジの横顔を覗いていみれば。

さっきよりは幾分、ケイジが普通の表情になっているのは、気分がほぐれたのかもしれない。

なので、ミリアはちょっと聞いてみた。

「EPFの知り合いだったの?」


「・・さっき会ったばっかだよ。」

って。

なんか、ケイジが。

「ふぅん・・?」

また、ちょっとムスッとしているような。


「なんかあったの?」

覗き込んでみるミリアだけど。

「・・・」

明らかに聞こえてるはずのケイジは。

ちょっと表情を固めたまま。

なんか、こっちを無視するつもりみたいだった。


ふむ、とちょっと鼻を鳴らすミリアが、逆隣のガイへ、ちょっと振り返ってみても。

ガイは、肩を竦めて返してくるくらいだった。


なので、とりあえず、ミリアは周辺の散歩へ・・、じゃなくって、『見回り』に戻ることにした。


『俺も何人か見かけたことはあるけどな。』

耳元の通信では、EPFの誰に会ったことある、みたいな話が続いているみたいだったけど。

『あいつら、そも軍人だし固そうな奴らばっかだったな、』

『そうか?変な奴もけっこういるらしいけどな、』

『そりゃイメージが悪い、』

『噂の『アイスドール』も来てるらしいぜ?』

『マジか?』

ミリアはポケットから携帯を取り出して、操作をしつつ。

「アミョさん。マイク、チームチャンネルだけに戻します、」

アミョさんだけにそう伝えて。

『はい。なにか秘密の話?』

「仕事に支障がありますから」

『まあ、そうだね。』

アミョさんは苦笑いしたみたいだった。


ミリアは一応、もう少し共通チャンネルの会話のボリュームを下げておいてから、顔を上げる。

辺りでは、相変わらず市民の人たちが広い事件現場を囲うように眺めて野次馬になっているようで。

たぶんそれは、警備部の彼らが現場検証やらの処理を終えて引き上げるまで散らないのかもしれない。


そんな光景を眺めながら。

ケイジには変わった知り合いがいるんだな、とちょっと思いながら。


いつの間にか、ケイジの傍にリースが一緒に歩いていて。

・・・って、ちょっと二度見したようなミリアが、ちょっと瞬いた。

ちらっと、リースがこっちを見たけれど。

リースは、その口に咥えた白い棒を、くりっと上下していた。


いつの間にいたのか、ミリアは。

横目にしたまま、えっと。


「よう、いたのか。おつかれ、」

「うん」

ガイの声に、リースが頷いたようだ。


「リース、あめ舐めてる?」

って、ミリアは聞いてみた。

「・・もう無い。」

リースが口の中で、ちょっともごもごしている。

まあ・・・。

「職務中は口から出してね」

ミリアの注意に、・・リースがちょっと考えた後、指先で口の細い棒を摘まんで。

素直に出したその棒は、確かに先っぽまで真っ白だった。


というか、リースは素直に口から出したのは良いけれど。


ミリアがしばらく見てたら、その手に持った白い棒を、ちょっと困った様にリースが持ってるのは、どうしようかと思ってるみたいで。


とりあえず、ミリアはゴミ箱を探してあげようかなと、また周囲を見回してた―――――




 ――――――ラキードが、別の特能力者と接触したらしい。」

彼は、低く落ち着いたその声でそう伝える。

『ぁあ?』

すぐに耳元から戻ってきたのは粗野な声だった。


細やかなデザインをあしらった近代芸術のような金属製のベンチ、それに寄り掛かって座っている彼は、高い天井辺りからの日差しに煌めく窓ガラスから零れ落ちる多少の光を見上げている。

舞う埃はもう無いはずだが、不思議な事にいつまでもゆったりと動く煌めきが止まる事は無い。

屋内の小奇麗な壁に床に合うよう、あつらえられたデザインが一体化しているような。

そのショッピングモールの入り口だった、その場所へ視線を下ろせば、屋内の近代的な美術品を思わせる意匠の欠片が、破壊されたオブジェなどが散乱するホールの光景が広がる。

そんな光景の中で、まだ無事だったベンチに腰を下ろしている彼が、耳元の通信機を手で操作しつつ、周囲の彼らに伝える。

「そして、逃がしたらしいな・・」

低く落ち着いた声で伝えるそれらは、アイウェアに映る情報や彼の耳元に届くいくらかの報告から得たものだ。

『マジ?』

『あいつが取り逃したってぇ・・?どんな奴だったんですか?』

「詳細は伏せられている。」

『そっち行きゃよカっタっ』

妙にテンションが高くなると甲高い響きが混じり始めるその女の声、それは、少し離れた壁近くの高い所、迫り出した大きな幾何学的なオブジェの先の、聖人らしき人間の隣、背中を預けつつ足をブラブラさせている彼女の声だ。

そこは適当に歩き回った末に見つけた、座り心地が悪くない、彼女の少しお気に入りの場所のようで、壊れたフロアを見下ろすのも既に飽きていたようだ。

今はそこで適当に片膝を立てて、片足を引っかけて座り込んでいる彼女、カレンの声は専用の無線通信を通してメンバーに共有されている。


「騒いでいたのはそれでですか・・。」

と、ベンチの傍に立っていた1人、彼女の眼鏡の奥の、柔らかい愛嬌を感じさせる丸い瞳が彼を見下ろしてきた。

「隊長、それって事件の関係者だったんですか?」

「わからん、そいつは逃げたらしい。」

その視線に気が付く彼は、またその乱戦の跡の光景へ目を移す。

『あたしなら逃がさなかったぜぇ~』

へらへらとカレンが笑ってるのは、声からでも離れた遠目からでもわかる態度だ。

カレンが足をぶらぶらとさせて、だいぶ飽きているとアピールしているのもだ。

まあ、さっきまで『埃がある』とか『掃除しろよ』、とか対して気にしちゃいないのに文句は言っていたようだが。

『あいつの楽しみを奪うなよ、』

その声は向こうで立っている男、EPFのジャケットを纏ったあいつ、グーボの声だ、ずっと警備部の彼らが後始末をしている作業の様子を腕組みして眺めている。

周辺の被害者の救助や、暴れ回った犯人たちが適切に扱われ連行されていく様子を見守り続けているんだろうが、その背中はただヒマなだけな様にも見える。

『オマエは行くのがめんどくせぇだけなんだろ?』

『口が悪いぞ?カレン、』

『それがどうした?』

カレンが牙を見せつけてくる様な挑発的な声に、向こうで立っていたそのグーボが肩越しに振り向いてでも、人差し指で彼女を真っ直ぐ指差したようだが、そのまま手の甲を見せて上へ向ける、少々挑発的なジェスチャーを見せたようだ。

『あんだよ?そんなにあたしとヤりたいってのか?あぁン?』

『けっこうピュアななんだな。意外と、』

『あんだと?おまえ・・、』


「――――プライベートでやれ」


隊長、彼の低い声がさえぎる、機嫌が悪そうにさえ聞こえるその声に、その耳障りな会話は止まるが、代わりに舌打ちが聞こえた。

「・・そもそも『特能力者』の素性がわかっていない。事件に無関係な人物の可能性もある。お前は誰でも手荒に扱う可能性がある。任せられん。」

『ぁぁあん・・?』

『あいつ、その場で取り押さえ損なったんですか?』

「どうだろうな。手荒な真似は避けたのかもしれん、」

『そりゃ、あいつらしいですね』

「ただの通りすがりの特能力者だったと?」

傍の彼女も疑問を問い掛けてきた。

「可能性がある、」

ベンチの上の彼は答える・・――――――



『―――――チームβブラボー8へ、帰投命令が出ています。直ちに指定の場所へ移動してください。繰り返します。現場任務は終了です。βブラボー8への命令です。直ちに――――』


連絡の声が通信上で混じった。

『隊長、本部への帰投命令が出てます。』

『お、隊長、もういいんじゃねぇの?』

軽い男の声と、カレンの嬉々とした声も重なる。

「ああ、聞こえている。」

彼は耳元のアイウェアを操作し、設定を切り替える。

「・・βブラボー8だ。もう戻っていいのか?」

ベンチの上で彼は気だるく重い体を起こして、唸るような声を出す。

『ええ。はもう終わるそうです。指定の車両に乗ってください。施設まで送ります。』

「確認した。これより帰投する。」

『お疲れ様です。キマヤ隊長。』

オペレーターからの指示を聞き終えて。


「出るぞお前ら、」

ベンチから立ち上がる彼は。

『やっとかよ・・っくうぅー・・・』

『特能力者がいるっつうから来たのに、』

メンバーがそれぞれ立ち上がり始める―――――

『マジで『あいつ』がそうだったのか?』

歩き出し始める、隊長の彼は見回し、辺りを一べつしながら向かう。

『いなくても命令だから来るべきだろ』

――――こちらへきびすを返し向かう姿。

『モチベーだよ、モチベぇー、いちいちつっかかんな、』

――――――高所から音もなく飛び降りる彼女の姿。

「・・はっ、・・・」

傍で彼女がちょっと呟いたのが聞こえ、横目に見えたその眼鏡の奥がキラリと光った気がしたが。

行くその先は大きなガラス戸のあった、今はほぼ割れたガラス扉が残っている入口の方だ。

まあ、その周辺も壊されているわけだが、修復できないものじゃあないだろう。

『あぁあんん?』

『あぁん?』

「やめろ、耳に近いんだよお前ら・・、」

また通信上でケンカ腰になっている彼らへ、隊長の彼がうんざりと歯止めをきかせてやっていた。


そうやって各々の様相や歩幅ペースで歩く彼らが、ようやくつどい始めるのは、外の光へ繋がるガラス扉の道の上だった。


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