第14話
そのビルのフロアにあったチェーンストア、『ヴォールロレン・コーヒー』で買ったプレミアム・キャラメルラテ、の棒付きキャンディーを口に咥えて、ケイジが1人でブラブラと歩いている。
その店で水分補給に水を買って飲んだ後、ビルの地上階からぶらりと出てきたケイジの足取りはそのままに、車も通らない道路を横切ったりで、のんびり戻って来ているのだが。
遠目に見える向こうの広場近くは相変わらず、ざわざわと人が多いようだった。
通信で聞いた話だと、自分が移動した後にあの広場で、なんかのゴタゴタがあったらしいが。
正直、あっち行くとめんどくさそうなので、遠巻きに眺めながら街中で立ち止まるケイジは、キャラメルラテ味のキャンディーの棒をつまんで、口の中で転がしてた。
香ばしい甘ったるさが体に染み渡る。
ケイジが目を細めているのはその甘みを深く感じているのか、単に眠くなってきたからか、ってくらい良い天気だ・・いや、2人か、いつのまにか傍にはリースが歩いてきていたのを、ケイジは横目に見つけていた。
リースは相変わらずいつの間にか現れる。
つうか、そのリースの足先に幻の残り香のような、煌めく粒子が消えるように見えた気がしたが。
ただ太陽の光が何かに反射したんだろう。
たまに、こいつだけ違う場所を歩いているんじゃないかと思う時さえある。
まあ、見間違いとかはどうでもいいんだが。
そんなリースの姿を横目に見たケイジは、さして興味もないが、その元々目つきの悪い目を少しの間、向けていた。
相変わらず眠そうなリースは、その金色の睫毛の
・・・その手に持っている同じ店で買ったキャンディーを、両手で持って、顔に近づけて、見下ろすように・・・なんか、書いている文字を・・じっと、読み込み始めるようだ。
たしか、紅茶系か
リースがそれを欲しかったのか、今は食品表示を警戒しているのか、もよくわからんが。
「この前の礼だからな、」
一応、釘を刺すように言っておくケイジに、リースはまた少しきょとんとした顔を向けていた。
まあ、何の礼かはいちいち言う必要が無い、どうでもいい事なので、ケイジはそのまま前を向いていた。
「ゲームに付き合ったやつ・・か・・?」
リースが隣でなにか呟いたが、とりあえずケイジは飴を口に咥えたまま辺りを見るのだった。
歩く先では人が多く
あれは、その横を抜けて、車両が集まる当たりや警備の現地指揮所などがある周辺へ行ければ知り合いか、ミリア達もいるだろう、たぶん。
いま青空は明るく、見上げれば高層ビルとプリズムが見える空に、さわやかな砂交じりの風が吹いたかもしれない。
『ケイジ君、リース君。』
と、耳元の無線からアミョの声が届いていた。
『これからミリア君たちと合流してくれ。位置を表示させるよ。事件はもう終わりに近づいてるから、僕らは早々に引き上げられそうだ。共通回線では少し賑やかになったみたいだけどね。切り替え設定は自分たちでできるままにしておくよ』
耳元の声を聞きながら、ケイジはまた一口キャラメルラテを口に咥えて。
「うっす」
耳元に手を当て返事を伝え、離す。
疲れた身体に甘さが染み渡るのを感じる・・・―――――
「―――――ずっと見てたろ」
そう、ケイジが隣のリースに掛けた声は。
「・・・」
振り返ったリースが、まあ、瞬くような、少し不思議そうだった。
たぶん、ケイジが何について言ったのかわからないんだろうが。
さっきの、ビルを上った先で、まあ、なんかいろいろあったヤツのことだ。
いろいろ・・・―――――工事中のスペースで人質騒ぎだったり、EPFと鉢合わせしたたり。
被害者が特能力者だったり、なぜかその被害者が逃亡したり、あれは、一連の事を思い出してみていても、なんか意味不明で収集がつかなくなってきたようだ。
他にもなんか凄いことがあったような気がするし、無かったような?って、もう詳しい事を忘れてきてるケイジだが。
「ま、別にいいけどな」
誰にとも言うなくケイジは、誰も聞いていないような独り言を言ったつもりだ。
またキャンディーを口に軽く咥えて、プラプラ歩き始めていた。
傍のリースは話を聞いているのか知らんが、たぶんソイティー味のキャンディーの包みを開け始めて、ようやくその口に咥えたようだった。
歩いていたケイジがふと目に留めていた、そこの、目に入った歩く歩道の脇では、警備の制服組と残っているやじ馬の誰かが揉めてるのかと思った。
大きな身振り手振りだし声も大きそうで興奮はしてるのか、だが、朗らかな笑顔を交えて一般の人と話しているようだった。
フレンドリーでもあいいうのも相手にするのは、めんどくさそうだなと、ケイジは遠巻きに眺めながら歩いていたが。
って、こちらに手を振った様にしたそいつ、警備に関係なさそうなフレンドリーな一般の人らしいその男と目が合って。
ケイジは歩くまま・・・。
前を向いて。
とりあえず、見なかったことにした。
「――――――笑顔で手を振れよ少年、」
って一瞬、声と同時に後ろから急に、がっしっ、と力強く引っ張られた。
ケイジが『ぐぇっ』と声を漏らしたのだが、誰かが後ろから首を締めてきた、逃げようとはしたが、っつうか聞き覚えがある声な気がするが。
――――EAUのヤツか?誰だ・・・――――――?
身体を
つうか、こいつはこっちを気にせず向こうへ向かって笑顔で愛想よく手を振っている。
ケイジは横顔の下あごからヤツの腕の隙間を思い切り強く押し出して抜け出た、力ずくでだ。
「お、そんなに嫌がんなよ、」
肩を竦める様なこいつは、馴れ馴れしいっつうか、こんな・・はぁん・・・?
暑っ苦しいというか・・・いちいち、笑顔を振りまく仕草がわざとらしく見えるのだが。
少なくとも、さっき見ていた真面目な横顔と性格が全然違うように見える・・・いや、軽そうな感じはあんまり変わらないか。
それより、そもそも急に背後から首を絞めてきたら誰だって逃げるっつうの。
・・俺を追っかけて来たのか?
「EPFは善良な市民の味方だぞ、」
・・・・って。
「・・はぁ?」
「なんだよ?・・・おま・・笑う事ができねぇタイプか?」
なんか
「いやちげぇし、」
「なんだよ、期待しただろ」
「・・・・なにをだよ」
本気なのかわからんのだが。
適当になんでも軽く言ってきそうな感じがすげぇするこいつは、向こうへまた笑顔になって手を振る。
向こうじゃちょっと興奮して黄色い声を上げる女や、跳ねる様な子供も、ラインの外に少し集まってきたようだった。
こいつが呼び寄せているんだが、なんでだ。
つうか、そんな爽やかな演出をするこいつの笑顔が、至近距離で、ケイジは、なんか見てたらイラっとした。
なんか知らんが。
2、3歩離れていたのは無意識だ。
「お前も笑顔を見せろよ」
って、白い歯のさわやかな笑顔をこちらに向ける。
いや、何言ってんだこいつ、って思う前に、また腕を伸ばして来たので、さっと身を
正直、本気だ。
まあ、そのでかいそいつの腕をなんとか押しのけたケイジは。
「照れてんのか、はっはっは。ならお前も手を振れって。俺らはみんなのヒーローだぞ?」
・・・・。
「ん、どした?」
って、そいつにきょとんと、不思議そうな顔をされた。
「・・つうか、照れてねぇよ、」
ケイジが怪訝な顔で見ているからのそいつのきょとん顔だろうが、正直、疲れてきた。
ケイジは既に悟り始めている、無駄にパワーがあるこいつ、相手にしていると疲れるヤツだ・・・と。
「お前なぁ。良いことを教えといてやる。人気者になりたかったら、こういうのにも慣れておかないといけないんだぞ?」
「・・『だぞ』じゃねぇよ。別に人気いらねぇし、」
「うはっは、仲間だろ?仲良くいこうぜ」
「・・なかま?」
よくわからんが、なぜかそいつは可笑しそうで、つうか、こっちの話は聞いちゃいない感じだ。
ケイジは思い切り
「まあ、
「できてねぇじゃねぇか」
大丈夫かEPF。
「だよな。」
ぴっと指差してきて、即同意してくる、そいつは。
「いや、いいんだよ。俺みたいなのがいるからな。んで、・・お前さっき、『離れろ』って言ったよな・・?俺に。」
って、こいつ、急にマジな低いトーンになる・・・そういうのやめて欲しいんだが。
「なんであんな事言った?」
マジメに答えろよ?って感じの、圧だ・・それを少し感じた。
・・ケイジよりも背は高いし身体もでかい、そいつが顔を覗き込むようにじっと見てくる・・ケイジの眉が動くのは、多少の警戒のせいだ。
そいつのその茶色がかった目も、じっと覗き込んでくる・・・なんかを疑われているのか・・?
「見かけによらず、気になる性分でな。」
静かに口を開いて、そういうことらしいが。
・・なんか、その話に付き合うまでは逃げられないみたいだ。
「・・何のことだっけか?」
だから、ケイジはその話に付き合ってやる事にした。
「あのときだよ、お前の、あの少年がなにかしそうだーって時に大一番で、言ったろ?」
大一番・・・?っつうか、『あいつ』って、『あいつ』か。
目の色が変わる発現者、あの走って逃げた奴か、本気で逃げた時か。
確かに、俺は『離れろ』ってこいつに言ったな・・・。
結果的に、あいつを逃がす形になったが。
俺のせいにしてこねぇよな・・・?
それより、なんでだっけか。
なんで・・?
あのときは・・・なんでだったか・・・。
・・なんで、だったんだ・・・?
「・・別に、」
「理由は無い、か?」
わかったような顔をして言ってくる、そいつだが。
「・・勘だよ、」
「勘か。」
じっ・・と見てくるそいつのその目。
・・まっすぐに。
・・・真っ直ぐ過ぎて、ケイジは睨み返すしかない。
「・・・わりぃかよ、」
低めのケイジの声を。
「・・いや、」
・・・、にっと、そいつはすぐに笑みを見せた。
別に、文句を言いに来たわけじゃなさそうだ。
嫌味の無い笑顔ってヤツが、なんかあれだが。
「『ただの勘』は大切だな。こんな仕事してたら、特にな。」
って、心置きなく納得したみたいだ。
いや、そんなんでいいのかよ、ともケイジは思いはしたが。
「で、『あいつ』がどこ行ったかはわかるか?」
「知るか、」
―――――いや、違うなこいつ、俺の事を全然信用していないな、って気がしてきた。
「そうか、知ってそうだと思ったんだけどなー・・。」
ちらっとこっちを見るそいつが、なんか、いちいち、わざとらしい・・・。
なんか俺の事をグルだと思ってるのか・・?
「そいつがお前の仲間か、ようやく会えたな、」
って、傍にいたリースを見て言ってた。
リースの事を言ったつもりは無いが。
そういや、『1人で動いてる』って言ったんだった。
やっぱ俺の言う事を全然信用してねぇなこいつ・・・。
まあ、『1人』って嘘を吐いたのは間違いないんだけどな。
つうか、リースはケイジの後ろに半分隠れるようにしていた。
隙あらば、いつでも完全に気配を消して空気になろうとしていたリースっぽいし、リースらしいが。
見つかって名前も呼ばれたからには
もちろん愛想は全然ないが、まあ、絡まれてるケイジを見ているのだから、めんどうな事この上ないのがわかっているようだ。
リースが棒付きキャンディーを手に持ってるまま動かないが。
「あ」
ていうか、今気が付いたケイジが自分のキャンディーがないので、咄嗟に足元を見たら、その歩道に舐めてた棒付きキャンディーが落ちていた。
さっき脅かされたときに落とされたのか・・・。
「ん、どうした?落としたのか?」
まったく悪びれる気が無いそいつだが。
「・・・じゃあな、」
ちょっとテンションが下がったケイジの・・さっさと
「待て待て、待てって。」
すぐ呼び止められた。
「もう一個だけ質問させてくれよ。」
「あぁん?」
キャンディー返せよ、って言いたくもなるケイジだが。
「『あいつ』の事を見てたろ。『あいつ』をどう思った?」
って、また急に、マジなトーンになるのを止めてほしいんだが。
「あのとき俺とお前しかいなかったからな。俺はこれを聞きに来たんだ。」
「は?なんでそんな・・」
「お前は『あいつ』をどう思った?」
本気でそれを聞きたいだけのようだ。
・・・『あいつ』ねぇ。
『あいつ』・・・あの目の色が変わって、現場から猛ダッシュで必死に逃げたって感じだったが。
「・・俺、EPFじゃねぇし、」
って言った後に、ケイジの口端がちょっと持ち上がる様な、ニヤっとしたかもしれない。
「固い事言うなよぉ」
って、妙な猫なで声が軽いノリのそいつが近づいてくる、ので、身の危険を感じた、つうか少し気持ち悪いのでケイジはまた数歩距離を離して安全を確保しといた。
そいつはすぐ諦めて肩を竦めて見せていた。
「感想言うくらい楽だろ?」
って、また絡まれるのも嫌だし仕方ないので、ケイジはそいつにちゃんと向き直った。
『あいつ』は、あちこちに身体をぶつけて、うるさく騒がしく、バタバタと必死って感じだった。
が、正直、本気でEPFのこいつが捕まえようとしたら捕まえれただろう、怪我させるぐらいは強いタックルをかませばだが。
まあ、『おかしな』EPFに追っかけられりゃ、怯えて逃げ出したくなるってのもわかる。
が、まあ、・・でも、あんときは、どうだったか・・・確か・・リースも同じような事を言ってたな――――――なんか
よくわからんが、なんか―――――
――――なんか、あれだったか。
「―――――・・なんか、あった気がした、」
ケイジは、ちらっと後ろのリースを肩越しに見たが、・・つうか、完全に真後ろにいるのか姿が見えなかったんだが。
「だろ?聞いたか?」
って、EPFのヤツが急に誇ったような顔をしてた。
「だから言い訳だって決めつけるんじゃなくってな?・・本気かぁ?」
向こうへ顔を向けながら、耳元のアイウェアの無線通信の相手と話し始めたようだ。
「・・そうだよ、なんかあるんだよ、」
話しかけてきた最初から、向こうのアイウェアから
まあ、アイウェアを着けてるんだから、そりゃそうなんだろうが。
「わかんないだろ?今までにないタイプかもしれないだろ?・・・。そりゃ、根拠も無い勘だよ。」
なんか言いくるめたがっているようだが、逆に開き直っている様にも見える。
・・まあ、こいつも同じ感触を持っていたのかもしれない、変な感じというか違和感というか。
「えぇ・・?詳しくは?・・・どんな感じだ?」
って、会話途中にまたこっちに聞いてくる。
「詳しく聞かせてくれ。」
「・・あぁん?」
「そか、やっぱ、勘だ。」
返事してねぇが、もうそれでいいらしい。
やっぱ適当だな。
「いやぁ、こっちの
って、こっちに言って寄越してくるが、今の会話をEPFの報告に使うらしかった。
そんなんでいいのか、って思うが。
「お前んところでも他人事じゃないだろ?どう報告するか迷わないか?
つって、参った参ったって風に笑っている。
「あ、聞こえたっすか?だからほら、こいつも言ってるじゃないっすか、だから変な感じだったんですって。・・なので緊急的状況と判断し、窓から侵入しました。」
きりっと、マジメな顔で報告していた。
「・・うへぇ、」
すぐに表情が溶けたので、下手な言い訳は
まあ、そんな顔も知らない奴らに、さっきから会話を見られてるのはケイジには、全然良い気持ちはしないんだが。
「よお、お前がいるなんて珍しいな、」
って、野太い声で横から声を掛けられた。
ケイジが振り返ると、そのなんか、おっさんが・・・、知らないおっさんだ。
「あれ、ロブさん、」
かなりくたびれた顔のそのおっさんが、こっちへのそのそと歩いてきていた。
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