第11話

 ケイジの歩く足がジャリっと、踏む硬い靴底の下に細かいガラスとコンクリートの床が擦れてザリっと鳴る中で、大きめの破片を踏んだときには、パりんっと割れた。

「おい、気を付けろ、」

EPFのそいつ、背中から文句を言われたが、大きな窓の傍に近寄っていたケイジは一陣の風が吹きすさび黒髪を撫ぜられるまま、注意して顔を覗かせて眼下に広がる景色を見下ろす。

その黒瞳に映る光景は、真下のかなり高いビルとビルの合間の道路にあって、顔を上げればビルの向こうへ続くプリズムが混じる青空の景色が見える。


『周囲はどうなってる?もう少し周りを見て』

通信でアミョの指示が、耳元から伝えられてくる。


ケイジの見る物はアイウェア装置を通じて、アミョの所へ映像でリアルタイムに届き分析されている。

「別に見るとこないだろ・・」

ケイジはそう呟くにしていたが、そういや、自分がさっきまでいたあの事件騒ぎのモールの入り口広場も見える。

『一応、記録を残しておかないとね』

別の建物が陰になってはいるがぎりぎり見える、大して距離が離れていないこんな場所に、拳銃を持った女がいて暴れた、ってことだ。

事件ばっかりで、なんか物騒だが。


しっかし、EPFのこいつが割ったこの大きな窓、遠慮なく派手にやっている。

窓枠にガラスが少し残っているが、人が通るには十分過ぎる大きさのそれは、あいつが一発で一面を割った証拠だ。

あの速度、あの体格で一直線に外から固いガラスを割って突っ込んできた、って。

『飛んで来た彼、生身だったよね?』

やっぱり普通じゃねぇな、EPF。


『高層ビルの窓はかなり固いよ。強風で割れないように砂嵐にも耐えられるはずだ。普通、あの速度でなら、逆に当たりに行った人間の方が潰れるだろうね』

耳元の通信からのアミョの声を、ケイジは聞いていたが。

「ん?」

ケイジがよく見てみる、割れていないビルの窓ガラスは分厚そうに見えるが、補修していた跡もちらほら見える。

『補修の跡みたいだね・・』

「ここで何かあったのか?」

『何を?』

「事件とか」

『なるほど』

そもそも、ここで前に事故か何かがあって、弱いスペアの窓で間に合わせてたのかもしれない。


『さすがに警察の記録には簡単にはアクセスできないよ』

「そういうもんか。」

『まあ、捜査は警察の仕事だしね。僕らには無理さ。法に抵触しない範囲での話だけれど、』

ちらっとイリーガル違法の話が聞こえたようだが、ケイジは目を僅かに左に寄せたくらいの反応にしておいた。

余計な事言っても、めんどくさそうだったからだ。

この目の前の窓はだいぶ風通しがよくなっちまったみたいで、それで良いし、これ以上はよくわからん、ってことだ。

とりあえず、ケイジはきびすを返して歩き出す、室内の様子に振り返る。


「―――――んん?ああ、わかってるって。・・・ああ。・・ああ?いや、ちょうど窓の傍だったろ?」

向こうの、あのEPFのヤツ、無線相手にちょっと声が大きくなっている声もよく聞こえる。

「人質が見えたし、いけそうだったから。・・そのまま行っちゃったんだよなぁ、身体が勝手に・・・わかってるって、」

あのEPFのヤツ、通信相手に言い訳しているみたいだ。


ていうか、あいつのアイウェアや情報補助機やらがIIS(連統合システム)に繋がっているなら、さっきのあの場面でも、あいつの視界に周囲の状況や、犯人たちの位置や様子が丸見えだったってことだ。

俺たちが補足していたものとかも共有されているはずだ。

それで、そのままこっちへ突っ込んできた・・・いや、やべぇだろ。

ここ何階だと思ってんだ。

たまに風が吹きすさぶ高層階の外壁には、わかりやすい足がかりがあるようには見えなかった。

一体どっから飛んで来たんだ・・・?って、聞いてもどうせ答えねぇだろうしな。

なんか隠し玉とかありそうだが。


「あ、はい。すんません。」

で、そいつが今は謝っている。

「銃口はあっち向いてたんですって。・・そりゃ手加減しましたよ。ちゃんと生きてますって。それより早く救護を・・・ああ、了解です。・・・それまずいですって。いや、勘弁してくださいよぉ・・・」

なんか、さっそく偉い奴に当たってるのか、勘弁してほしいらしい。


まあ、叱られるだろうな。

たぶん、このビルの器物破損とかなんとか、勝手に物を壊して侵入したわけで。

あと容疑者2人に怪我をさせたのか。

責任とかEPFでも言われるだろう、まあ映像がいろんな証拠になるだろうが。

俺がやったら絶対に怒られるだろう。

アミョとか、ミリアとか、他のなんかの偉い人に。


まあ、警備側は犯罪者みたいには振る舞えない、ってヤツだ。

最低限、法律は守んなきゃいけないし、そこで転がっている2人のようなヤツらでも、他人の命は救わなきゃいけない。

って、めっちゃ言われる。

まあ、できるだけ、努力するって感じだが。



通信を一旦終えたらしいそいつが、床に転がっている奴らの傍から立ち上がった。

ケイジはそれをじっと見ていたが。

そいつはため息を吐き、肩の力を抜いたのはやる気が下がっているからみたいだ。

そういや、こいつもガラスに突っ込んだ割には綺麗な格好だ。

剥き出しの顔とかに血は見えないが、ちょっとでも肌を切っててもおかしくないはずだ。

が、まあ、EPFなら着ているその服も特別製って可能性はある。

自分たちEAUの特製インナーも似たもんで、防刃性能や防弾性能がアレとかなんとかで、めっちゃ頑丈で破けないらしい。

ナイフの刃くらいは通さないって、確か誰かがそう言っていた。


そいつは、微妙に参っているような顔を向けて、傍のケイジが腕を組んでじっと見ていたのと目が合った。

「で、情報収集は済んだのか?」

と。

「あん?」

「改めて聞かせてもらうぞ。お前は何でここにいる?」

・・・さっきまで誰かに『すんません』とか謝ってたのに、偉そうだ。


「それが仕事だろ、」

「そういう意味じゃない。なぜここにでいる?『特協とっきょう(特務協戦)』って言ってたな?新人か?指揮官は?」

「あぁ・・」

「まさか、独断で動いてたってわけじゃないんだろ?」

「あぁ、そりゃぁ、俺たちが・・・」

ケイジは少し言いかけて・・、そういやリースが隠れてんだった、ってのを思い出した。

それに、ミリアがなんか言ってたな、ってのも思い出した。

「どうした?」

「ちょっと待てよ。えぇっと・・」

確かなんだったかな・・?ここへ来たのは、リースが最初に何かを見つけたっぽいからで、2人でここに来たってのはそうなんだが。

たしか・・リースが言ってたな、ミリアが・・こういう時にこう言えって言ってた言葉・・・。

「あ、そうだ。『うちのリーダーの命令』だよ。」

確かこんな感じだ。

「そりゃそうだろ。」

って言い返されたが。

「何考え込んでたんだよ。特協とっきょうのリーダーか?えぇっと、・・なんだっったっけ?『D.vase』じゃないよな?」

「『EAU』」

「『EAU』か、なるほどな。」

とりあえず、そいつは納得したみたいだ。

そう、そいつが一瞬、左に目を動かした気がしたが。

何かを見た、というわけじゃなく、一瞬ピントを外したような目の動きだ。

「俺の方がちょっと遅れてきた、ってことか。」

何事もなく話すそいつは、たぶんアイウェアなどから情報を見たか、無線通信で誰かの声を今も同時に聞いているのかもしれない。

「それがなんだよ?」

「助かる。市民も助けられたようだ」

って。


礼を言われたケイジだ。


ケイジは。

ちょっと瞬いたが。


「あん?」

ちょっと片眉を寄せて、怪訝けげんそうにした。

とりあえず顔を背けるように、向こうの何でもない方を見たが。


「で、どういう状況だったんだこれ?」

って、そいつのシンプルな質問だ。


一応、ケイジは辺りを一回見回してみたが。


内装工事中かの広い空間に、自分ら以外は床に倒れている2人、床に物が散乱している、ガラス割ったりとか物を巻き込んだのはこいつがやったことだが――――――

「わかんね」

ケイジはきっちり、真顔でそいつに答えてやれば。

「あん?」

やっぱ、そいつはきょとんとしていた。



 「俺が来た時からあんなんだったんだけどよ、あ、そいつ、そいつと揉めてたぞ」

ケイジが指を差しながら説明してやる・・・。

「はぁん、・・なるほどな。なるほどじゃねぇけど、」

そいつは腕組みをして、もう一度この現場を見渡していた。


つうか、話を聞こうにもあの犯人たちも衝突に巻き込まれて失神しているようだし。

そもそも、人質ぽかったそいつも一緒に巻き込まれている。

全部こいつがやったんだが。

・・・そういや、EPFはヤべぇ奴らが多いって聞いたことはある。

なんとなくこいつを見てたら思い出したのだが。

あの2人が吹っ飛ばされたのも『災難だったな』、で終わらせるかもしれん。

あいつら、生きているだけマシだろってくらい、吹っ飛んでたしな・・・。

・・EPFってこんなやつばっかりだったら、ちょっと引くかもしれん。


つうか、また目が合う・・・。

じっとこっちを見ている。


「なんだよ?」

「いや、救護班待ちだ。」

「・・・」

「けど、よっぽど腕があるのか、自信家か、お前、」

「あん?」

「普通、1人で動かねぇだろ?」

「お前も1人だろ、」

「俺はサポート入ってる」

って、そいつが軽く肩を竦めたので、ちょっとケイジはイラっと眉を寄せたかもしれない。

「俺にも来てるよ。つうかお前、機動系だろ・・」

「おっと、他人ひとの詮索は無しだ。」

「あん?」

「お前だってバラさないだろ?」

「あぁ・・」

こいつが言いたいのはあれだ、特能力は秘密にしといた方が良い、と。

何か知らんが、そういう感じの雰囲気が特能力者同士の会話にあるのは知っている。

まあ、良く知らない奴に自分から能力を話すのは、よほど間抜けな奴なんだろうが。

「・・お前の所のEAUがどうなのかは知らんが、他の所だと嫌われるぞ?」

って、言ってくるそいつは、やっぱなんかイラっとするケイジだ。

「・・・」

「・・やっぱ、もう1人いるだろ?」

って、周りを見ていたそいつが、それからケイジへ視線を戻していた。

「ん?」

ケイジは向こうを振り返ってみたが。

「お前の仲間か?」

こっちにカマをかけに来てる感じだ。

・・ああ、そういうことか。

リースがいるのに感づいたみたいだ。

「どうだろうな。」

ケイジは肩を竦めて答えて見せる。

「なんだよ、秘密か?」

「・・お前が喋んなって言ったんだろ?」

口を閉じたそいつは、ちょっと瞬いたみたいだが。

「そりゃそうか、」

そいつは、今度は口端を持ち上げて笑ってた。


・・・まあ、どうせリースが何処にいるのかはケイジにもわからない。

こいつが気が付いたのは、なぜかは知らんが。



「――――――ん・・ぁ」

微かにうめく声が・・・、・・傍で倒れていた青年が目を覚ましたようだ。


「んん・・、・・ぁ・・・?・・」

瞬くそいつの目の焦点が次第に合っていく。

「お、大丈夫か少年。危ない所だったな。すぐ救護班が来るぞ、」

少年、というよりは青年という感じだが。

EPFのこいつが世話するなら放っておくか、とケイジは腕を組んだまま見下ろしておく。

その助けられた青年が黒い目を開き、目の前のものを見ようとし始めてるのを、ケイジは腕を組みながら眺めていた。


・・そういやあの時のこいつ、なんか犯人と揉めてたよな。

知り合いなのかもよくわからんが、まあ後で話を聞けば全部わかるだろう。

なにがどうなってあんな状況になってたのか知りたい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る