第10話

 「あ、ああそうさ!人質だよ!動くんじゃないよ!」

「チーパっ・・!違うって!人質じゃない!何してんだ!?やめろって!」

「・・ったく、一体何なんだよ・・」

ケイジが舌打ち混じりに呟く・・・それは、わけがわからなくなってきたこの状況への意趣返しだ。


工事中とあった札と仕切りを超えてケイジが来てみたフロアは、リースが怪しいと言うから入ったのだが。

確かにコンクリートがむき出しの壁に工事用具やペンキなどが適当に置かれていたが、その奥には数人の人の気配がしていた。

んで、顔を覗かせて見ればけっこう人数がいて、なんか話してるのかと思って様子を見つつ息をひそめて近づいたのだが。

なんか肘に引っかけて、音をちょっと鳴らしてしまい、いろいろあって、EPFかと聞かれたがEPFじゃないと答えて、そんで気が付いたらこんな状況になっていた。



―――――とりあえず、いま一番ヤバイのは拳銃だ。


あの女が振り回しているというか、素人にしか見えないが、拳銃を持って男を人質に取っている。

んで、男が『自分は人質じゃない』と言っている。

いや、んなのどうでもいいんだが、拳銃を向けられていて、腕でがっしり掴まれていて、人質にされている、それがヤバイ。

あの女の機嫌であいつは死ぬわけだ。

なんだこの状況。

いや、拳銃は今はこっちに向けられているようだが―――――


―――――ケイジは、その手にした高機能ゴーグルで、向こうの様子を覗き見てはつぶさに観察してはいるのだが。


あの女の、混乱しているのか銃口が揺れまくっているし、後ずさりするようで男と息が合っていないわで足を踏んだりして、さらに慌てているようだし、暴発しても目も当てられない。

で、どうすりゃいいんだこの状況。

誰か、リースでも何でもいいから何かやれよ、と心の中で思うケイジだが。

リースが動く気配も全然感じられない。

そもそも、下手に動くだけで人質らしいそいつが怪我するかもしれないんで迂闊うかつに・・・。

『分析は済んでる、』

オペレーターのアミョの声が、通信で耳元に届く。

『アドバイザーがすぐ来るからもう少し持ちこたえててくれ。慎重に、だけど、危険を感じたらすぐ逃げて。」

「どっちだよ、」

つい反射的に、ケイジは通信向こうのアミョに文句を言ってたが。

「こっちも急に事態が動いてさ。ゴタゴタしてるんだ。だからそれまで・・・』

アミョが続ける言葉にもケイジはまた舌打ちするように、向こうの様子を覗いて、もう少し強く眉を寄せていたのだが。


つうか、あの拳銃を持った女の周囲には関係のありそうな奴ら、震えている奴らがいたのだが、どんどん外へ逃げ出していっているようだ。

別の扉が勢いよく閉まる音が聞こえ、バタバタ走る音からして奥の出口から逃げて行っている。

えぇっと、こういう場合は・・人質を取った犯人へ警告した方が良いのか?奴らが逃げないように報告した方が良いのか・・・?

少し考えたケイジは・・とりあえず、無線越しにケイジはリースへ、はっきりと伝える。

「リース、任せる」

『ぇ、何を?』

「報告とかそういうのだよ」

『もう大体してる』

「よし、」

ケイジは、満足である事を大いに通信越しに伝えた。

・・ふと気が付けば、連統合システムにリンクしている自分のアイウェア越しの視界に、逃げる奴らが人物としてマークされた事を示す表示が浮かんでいるようだ。

自分のゴーグルのセンサー外の彼らが、そうやってマークされているなら、あとはサポート本部に任せればいいだろう。

IIS(連統合システム)にリンクしているリースのアイウェアや監視カメラか、何かに引っかかって共有されている情報だ。

ってことは、今はリースは自分の周辺には居ないのかもしれないが。


「そういや。・・あいつら、『特能力者』か?リース、」


「・・・どうだろうな。・・ああ、あのじょ・・・ん?」

不自然に息を漏らしたリースの音をケイジは耳にして―――――――


―――――っぱぁんっ・・・!・・ジャジャっ・・!――――大きい衝撃が空間を引き裂いたかのように――――――ケイジがびくっと強張り、反応する意識外の音からっ――――――バリバリジャラララッ・・――――――何かが破裂した・・!飛び散ったのはガラスか!・・?――――大量のガラスが激しく飛散する音がその空間に満たされる・・・!――――――ケイジが振り返るその先、犯人と人質が立っていた向こう、いや横の死角からだ――――――既に視界が重なる―――――大量のガラスの破片が飛散する――――――刹那の、高速の黒い塊が目掛けて飛んできた、床を低く、滑るように床を吹っ飛んでいく――――――――犯人たち、彼女が顔を向けた刹那と重なる――――――その青い瞳へ―――――飛んできた巨大な影へが、遅れて彼女が振り返りかけた横顔へ―――――――その黒塊の重みが巻き込み―――――――絡み取られるように女が衝撃で吹き飛ばされた・・・―――――――まるで黒い奇妙な塊に喰われたように・・・見えたが―――――――



 ―――――・・息を静かに吐くケイジは、眉を強く寄せながらケイジは、その物陰から注意深く顔を覗かせていた。


―――――なんだ・・・?」

『ぁぁ、特能力者だ――――』

そう、冷静なリースの静かな声が、通信か?傍にいたような、けど既にもう声が遠ざかるような感覚がある。

ケイジが振り返った時には既に幻のようにいなくなっている、・・よくあることだが。


「特能力者って言ったか?」

ケイジは通信でもう一度確認する。

『な、なんだい?どうしたんだい?い、いまなんか飛んで行って・・・―――――』

アミョの慌てている声も聞こえているが、しゃららら・・っと、ガラスが散らばり滑る破片が残るその中で。


・・その反対側、向こうへ飛んでいったその犯人と黒い塊を、ケイジは覗いて追うが物陰に入ったようだ。


「敵かよ?」

ケイジが、無線へ呟くように、警戒しつつ様子をうかがう・・・。

『い、今、確認取ってる・・でもおっかしいな、表示が無い・・警戒はしていてよ?』

アミョの通信の声を。

『・・いや、」

リースの・・・。

「・・・違う、』

耳元の無線からの。


小さな返事・・・。

リースが・・声を潜めてる、ってことは。


「うぉおっと、女かよ。・・骨・・・数本いっちまってないよな?」

男の声、軽快な調子の青年の声か、その空間に発せられていた。

つうか、テンションが高い、急に場違いで違和感しかないが。

「ダメか、・・で、おい!そこに隠れてるヤツ!誰だ!?・・所属は!?」

って、ストレートに響く男の声だ。

っつうか、こっちの事を言っているのか、ケイジが隠れているこちら側が警戒されているようだ。

「俺らの事だよな?」

『そうだね、』

『まだ確認中だ、』

「出てこねぇのか!?なら警戒行動に入るぞ!」

「答える、たぶん敵じゃない。」

『え、ちょっと待って、』

アミョの声は聞こえていたが。


息を吸い込むケイジは。


「警備部だよ!」

ケイジは大きな声で返す。


「警備部だと・・?」

男の声は訝しむ気配がした。


『特務協戦、EAUの者です。』

って、リースの冷静な小声が耳元に届くので、ケイジはもう一度口を開く。


「特務協戦、EAUのものっ・・でぁ!」


「あん?でぁ?・・あぁっ、か!はっ、こんなとこで何してやがんだ?」


「そりゃこっちのセリフだ!」


「はは、そりゃそうか!」

あいつは笑ったようだ。

陽気で暢気のんきそうな、けっこうシンプルな感じみたいだ。

「・・出るぞ!撃つなよ!・・お前は!?」

ケイジは念のため、ゴーグルを先に延ばして向こうを覗き込んでいたが。

「お前らも同じ匂いを嗅ぎつけた・・・!ってことだな・・!」

奴は納得してくれたようだが。

「お前は誰だよ・・!?」

ケイジの質問が返らずに――――――


「『EPF』だ!」


 を聞いて、ケイジは口を閉じる――――――そう、ケイジが物陰から覗いた・・そこで倒れ込んでいる2人、犯人たちを見下ろしているそいつ、EPFを名乗った男・・・。

―――――体格が良い、2M近くはあるんじゃねぇかと思わせるくらいだ、その黒を基調としたジャケットは確かにEPFのロゴも入っているだ。

現場で動くEPFの実働隊が着る汎用制服に、幾つかの防護プロテクタを着けている、ガジェット装備も機器なども確かにEPFの奴らによく見るなシルエットだ。


―――――・・・それらを見てケイジは、隠れるのを止めて、そいつの方へと歩き出す。


何より、ケイジがアイウェアを通して見ている視界には、ちゃんと味方の識別カラーが表示されていた。


「・・・ああ、仕留めた。・・完全に伸びてるよな、」

ヤツは、通信機で向こうの本部と会話を始めているようだった。

『確認が取れた。間違いないな。彼はEPFだ。でも急に信号が現れたみたいだ。』

ってことは、アイウェアの視界にいつの間にかそいつ、EPFの識別カラーが加わったのは気のせいじゃなかったんだろう。

ケイジは耳元に手を当て―――

「なんで・・?」

――――小声で訊いたが。

『なぜだろうね。大方、彼の方が起動していなかっただけかもしれない。あと考えられるのは、EPF側での意図的な操作か。彼らは少し事情が特殊だからね、』

味方にも知らせない、ってまあそれが一番当たり前の答えなんだが、自分は着けてねぇって・・。

「さすが・・」

――――さすが、EPF、と静かな口には出さなかったケイジだが。


『とりあえず、彼は増援だ。安心してくれ。そこの現場保存にまた人が増えるから、待機しててくれ。いちおう周囲は警戒しといてくれよ、仲間がいるかもしれないし』

「・・そいつら、死んだのかよ?」

ケイジは少し大きな声を出し、離れて立つそいつへ問いかける。

振り返るそいつは、ケイジへ。

「俺を殺人犯にすんな、」

って、返ってきたEPFのそいつは軽口の響きだった。

「伸びてるだけだよ」

ケイジは半分冗談、半分本気だったが。

「そっち行くぞ。・・つうか、こっちは識別信号出てるだろ?」

「ん?」

「なんでわかんねぇんだよ、」

「悪いな。いちおう確認したんだ。」

「出るからな、」

ケイジは両手の平が見えるように、胸の前まで上げて見せつつ、警戒はしつつ、そいつから目を離さずに物陰から前へ出ていく。


一応こっちを見たそいつは、まあ、さしてこっちに興味もなさそうだ。

ケイジは、そこで伸びているらしい奴らの所へ近寄りながら、周囲も見回しておいた。

工事中らしいコンクリートのむき出しの壁が見えるフロア内には、立ち入り禁止の札が色々見えるのだが、物が置かれていないスペースにいた犯人の関係者っぽかった奴ら、他にいた奴らは、もう全員この室内から逃げたようだ。

「怪我人がいる。見えるか?」

と、そのEPFのそいつは通信でまた誰かと話している。

その目を守るように覆うアイウェアの形状は『EAU』の物とは違うが、分析のための高性能なセンサーを搭載している高級なヤツなのは間違いないだろう、EPFだし。


『――――周囲に関係者らしい人はいないみたい』

耳元に届くリースの報告に。

『――――わかった、警戒は続けててくれ。2人とも、』

アミョの応答と。

『―――了解』


やっぱ、他の奴らは既に全員逃げたようだ、と、少し周囲を見回したケイジはEPFのそいつと目が合った。

距離は少し置いているが、ここからでも見えるヤツの黒髪、少し茶色い瞳の、どっかで見た事あるような顔は整っていて、いかにも好青年って感じの印象だからだろう。

それにやっぱ、軍部所属のEPFだけあって体格が良い。

いや、本当にどっかで見た事あるのか・・?

その身に纏うEPFの制服は黒を基調としていて、自分たち『EAU』の制服と少し似た印象のデザインで、それもよくネタにされることだが、たぶん本物だろう。

「よう、ここは制圧できたみたいだな。おつかれ、」

って、そいつから声を掛けてきた。

「・・IIS(連統合システム)、でリンクしてんだろ?」

「ん、だから反応ねぇな、って。」

「いや味方だ、って話だよ。」

「ああ、一応確認をな。偽物かどうかとか、あるだろ?初対面の奴はあんまり信用しない方がいいんだ。悪いな、」

悪びれた様子もなくそいつは、倒れている2人へまた屈みこむように、そのアイウェアを通して映像情報を本部へ送っているようだ。

・・確かにその男の傍で、その拳銃を持っていた女、白目を剥いて泡を吹いて倒れている。

女と男・・どっちも一般人の軽装で、女の方はちょっとやんちゃが入っているような感じだが、どっちもけっこう若そうで、十代か二十代ってところだが。

ちょっと化粧が濃い目の女の方は美人・・・だったのかもしれないが、今はあまり他人には見せられない顔のようだ。

まあ、EPFのこいつは容赦なくその変顔を記録して本部へ送っているのだが。

耳にピアスとか結構開けてるな・・。

「そういうのある話だろ?持ち主とは違いましたって感じで」

って、そいつは、ケイジとの話の続きみたいだった。


つうか、よくあるあれか、仲間だと思って信頼したのに後ろからいきなり撃たれるってヤツ。


「映画の見過ぎじゃねぇの・・?」

ってケイジの言葉に。

彼は取り出したPDA携帯端末を弄っていた手を止めて、ケイジを見上げたが。

ははっ、と笑った。

「確かにアクションは好きな方だ、」


・・ケイジはそんな彼の様子をじっと見ていたが。

まあ、こいつも『EPF』なだけあって、ただのシンプルなヤツってわけでもなさそうだ、とは思った・・・。


『――――ところで、人質交渉アドバイザーと繋がったけど、今は必要かい?』

「いらんわ、」

「ん?」

「いや、こっちの話、」

ケイジの一見すると独り言に、は様子を見てすぐ納得してくれた。


くすっとしたアミョの声が聞こえてたので、それは彼の茶目っ気の所為だと思うが、ちょっとはイラっとしたケイジは。

とりあえず、ジャケットの暑苦しかった首元のファスナーに手をかけて大きく下ろしていった。

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