第9話

 ―――――ふと、その黒髪黒瞳のケイジが高層ビルを見上げていた。

遠くに見えるプリズム色の空を向こうにして、窓ガラスの多い古いタイプの高いビルがそこに建っている。

吹き付ける砂風で汚れが長年にわたって付着した色だ。

そんなビルの向こうをケイジはただ、見つめていた。

向こうのビルと、ビルの切れ間にあるその高層ビルを見ていた。


・・・そして、ふと気が付く、横に並んで立っていたリースが、欠伸をしていた。

その顔を上げて、リースが見るのは・・振り返ったように、高いビルを見上げていた・・ケイジが見ていたのと同じ方向だ。


ケイジは・・・そのリースの横顔をしばらく見ていたが。


・・・むん、としているようなリースは、眠そうにだが動かないので。

ケイジから口を開いた。

「どうした?」

そうして、ようやくリースはケイジを横目にちらりと見た。

・・・。

何も言わないが。


ケイジは見つめていた。


「・・気にしなくていいと思う」

リースはシンプルにそう、言ってきた。


「・・・ふん?」


ケイジはもう一度見上げて、『そこ』をじっと見つめたが。

「てことは、『なんかいる』、ってことだな?」

「・・・・」

リースは口を閉じたままで、答える気は無かったみたいだった。


「報告するか。場所はわかるよな?」

明るい声で向こうへ歩き出すケイジだ。

「・・無関係かも」

「暇だもんな。」

「・・・」

ケイジの答えに、答えになっていないかもしれないけれど、見送るリースは口を閉じてた。



 ケイジは耳に手を当て、無線を繋げる。

「よお、リースが『なんかいるかもしれね』って言ってるんだけどさ。俺らで見てくるぞ。」


『ん?なに?怪しい動きが?』

少し待てば返ってくる返事はミリアの声だ。

少し離れた向こうで人に混ざっている、ミリアとガイ達はその車両や軽装甲車が集まる道路傍で、警備部たちと一緒に向こうの警戒するべき広場の方の様子を窺っていたらしいが。

「わからん。」

今はこちらを振り返ったミリア達へ、手を上げて見せるケイジの姿を、ミリア達も見つけたようだ。

『リースは何を視たって?』

「聞いてない」

『ん?一体何の報告?リース呼んで。リース聞こえてる?』

『・・・』

「隣にいるぞ」

「リース?」

「・・・」

「答えてやれよ。」

ミリアが一字一句をしっかり発音して、強めに命令していた。

リースが、ミリア達の方へのっそりと動き出していた。

「めんどくさがんなよ、」

リースは振り返りもしないが、心は無の境地みたいだ。

「へいへい。じゃあ俺は先に行っとく」

少しそれを見送っていたケイジは、踵を返して歩き出した。

「あ、地点ポイントにマーカー刺しといてくれよ」

振り返ったケイジに、横顔を見せてこっちを見てきたリースは、やっぱりめんどくさそうかもしれなかった。



――――――あ、ちょっと待って。」

『ちょっと見てくるだけだぞ?』

「待てって言ってんの、」

『ったく、なんだよ?』

「待っててよ?・・ったく・・・」

「どうしたんだ?」

傍で車両に寄っかかっていたガイが聞いてきた。

「無関係かもしれない。でも、暴徒の残り、かもしれない」

『犯罪を起こしてないなら?』

それは―――――

ガイの声は、周りでざわついている大衆の声でよく聞こえなかったかもしれないので、ミリアは耳元のボリュームを調節しつつ。

「犯罪者じゃないよね・・・」

『だよな。これ報告すべきか?』

「うーん・・・」

ミリアは考える、報告だけしてもいいけれど・・・。

とりあえず、こちらへのっそり歩いてきているリースが、手元のPDAを使っているようなのを、ミリアはやっぱり、耳元の無線機から声を掛けていた。

「リース?」

『・・はい?』

気が付くリースからの耳元への声をよく聞くために、ミリアは左耳に手を当てた―――――




「―――――ケイジ、ミリアから許可が下りた」

「ああ、」

いつの間にか、リースが近寄って声をかけてきていた。

さっきからビルの外壁の傍に来て、待っていたケイジはまだ振り返らない。

ビルを見上げているまま、その外壁の様子に目を凝らしている。

「それから伝言だけど、『連統合システム(IIS)は絶対に切らない。無線も開いておく。ジャケットは襟までちゃんと閉じて。あと私の命令で動いた。私の命令だからね』だって、」

「全部そうか?」

「全部そう」

「ふぅん・・・。」

ケイジはそれらの指示を飲み込みながら、首に提げていたIISトゥーアイズ(連統合システム)にも対応する多目的用装備ゴーグルを額に装着し直しつつ顔を上げ・・・。

「それ重要か?」

って、ケイジが振り返って聞き直してた、飲み込む寸前までいったが止めたようだ。

ミリアが強調する所が微妙に引っかかったのだが。

「まあ、重要なんだろうね。」

「そか、」

でも、すぐ納得するケイジだ、起動させた機械の多目的ゴーグルを目の位置に適当に調節して覆う。

「俺は、適当な入口見つけて中に入る」

「・・・じゃ、」

「お前も来いよ」

リースが言いかけた声とケイジの声が被るが、リースが言おうとした内容はお見通しだ。

「・・じゃあ、僕は中から」

ため息を吐くまではしないが諦めたようなリースは、エレベーターか階段を使うようだ。

頷くケイジは、さっきから見つけていたその頭よりもかなり高い外壁の良さげな足場に狙いを定めて、―――――両ひざを深く曲げて地面を踏み込んで、軽く跳ねる、それはそれなりに跳ぶ―――――

「あとでな、」

リースへの言葉。

『・・怒られない・・・?』

それを置いて、次に跳ぶケイジの身体は高さ5M以上はあった外壁と窓の間のくぼみへと目掛けて吸い付くように跳び、少し足らなかったか、―――――


――――・・それを見上げたリースはだるそうに歩き出し、違う道を探しに行く――――――――

ケイジが地面へ落ちてきた3度目にも、両ひざを更に深く曲げて地面を踏みこみ、顔を上げて見据えるその高さの場所へ、しなるバネの様に加速し跳躍し、届く――――――その足がかりから、さらに上へ加速し、跳躍して――――



 高層ビルは、上下層へ行き来できるターミナルの役割もある。

ビルのその側面に空中道路やペデデッキ ペデストリアンデッキなどが接していて、そこから歩行者や車両が入ったり、道を通って別の場所へ移動できる構造になっているのが一般的だ。

まあ、外国では珍しいタイプらしいけれど、『リリー・スピアーズ』ではそれらが連なって建っているのが一般的な光景だ。


「――――なんであんな目立つ方法で。」

って、ミリアが腕を組みながら、そんなケイジがビルの外壁を上って行く様子に眉を顰めて眺めていたが。

派手に跳んで行っている、外聞もお構いなしって感じだ。

「あとで説教だな。」

って、苦笑いのガイがいる。

ガイはいつもケイジたちに甘い気がするんだけれど、ミリアも今は肩を竦めるしかない。

てっきり、エレベーターなどで上がると思っていたんだけれど、今もケイジが上っているあのビルは建築年数はそれなりに古そうで、中層の空中路と接しているように見える。

『手続きは済んだ、ケイジとリースは僕がサポートしよう、』

「お願いします。」

耳元の通信からミリアは通信相手のアミョさんへ伝えながら、ケイジが身軽にビルの外壁を上って行く姿へ目を戻したけど。

何か考えがあるのもしれないから、とりあえず見守っておくか。

一応、ケイジなりに目立たないように気を使って、横壁の影になるようなルートで上がって行ってはいるように見えるけど。

「いいのか?別行動で」

ガイが聞いてきたけれど。

『ディオス、ディー。君のチームに余裕があるなら、この地点へ向かってほしいんだが、』

『向かえるぜ、りょうかい。なんかあったのか?――――――』

『不確定ながら』という報告を上げてから、無線の中でもEAUの仲間たちに少なからず動きが出て来たみたいで、そのEAU内の会話を聞きつつ周囲を眺めつつ、ミリアはガイに答える。

一禁エリア一時侵入禁止域の外みたいだし、『周囲の警護』は私たちの仕事だからね。そもそも私たちは哨戒してるわけだし。怪しいものがあったらちょっと確認しなくっちゃ、ってね。」

いろんな言い訳は思いつくけど。

「それもそうだな。」

ミリアの言葉に頷くガイに、それからミリアはケイジの姿を眺めている・・・ビルの壁をよじ登るようにスイスイと上がって行くその姿を・・・―――――

「・・なにかあったらすぐ連絡入れる、って言っといたし。大丈夫でしょう、」

「そうだな、」


別に、嫌な予感なんか、しないけど。

そう、ミリアは手をかざして、日の光を避けてプリズム色の青空が向こうにあるそのビルを見上げていて。



ガイとミリアは、そう・・。

――――――どこまで上がるんだろうな」

ガイの声に、ミリアはふむ、とちょっとだけ鼻を鳴らした。


っバァアアッ・・ンっ・・リリンっ―――って・・・ミリア達は反射的に振り向き身構える―――耳を裂くような響き、悲鳴、怒声が溢れた――――青空の下の広場の向こう、ビルの入口への大きなガラス戸の扉が割れ響く、黒く赤く・・鈍い光をその結晶状のものに、光を反射させる・・人間、一瞬異形の存在に見えた『発現者』が・・・飛び出してきたのはその時だった―――――――――




 ――――――ビルの向こうで、戦いがあった。


いや、あれは彼らにとっては戦いだった。


そして、政府の警備隊や、EPFにとっては戦いにもならないんだろう。


・・それなのに、なぜあんなに、激しく戦えるんだろうか。


心を昂らせて、立ち向かっていけるんだろう・・あいつは―――――。


「な、なんだあれ?」

「あれウルクか?」

ざわつく周囲の彼らも驚く、あの紅い姿は、異常だ。


―――――ずっと、彼は、その青い瞳で。

目の前の、その窓の外を見ていた。


赤い結晶があんなに広がり、いつものウルクじゃない。


ウルクの『力』は見た事がある。

でも、今のウルクの姿は全身が血まみれのようだった。



「あんた、味方なの?」

隣の彼女が、僕に聞いてくる・・・。

――――現実に引き戻されるような感覚だった。

・・僕らはただ、誰もいない・・薄汚い場所で。

けれど、安全な場所で、・・僕たちは、あのウルクたちを見下ろしている・・・。

「・・じゃなければ、敵?」


――――――・・・そんな2択・・おかしい――――けど、彼女は真剣な目つきで、僕を見つめていた。

だから、僕は顔を、前に戻して窓の外を―――――


「こっち見ろよ、チャイロ」

耳に重く、胸の奥に強く・・・。


彼女は目を強く閉じ、顔を背ける・・・。


それを見た時から。

チャイロの指の震えが止まらないのが、彼らには見えていないようだった。

彼女が、僅かに開いたその瞼の隙間から・・僅かに震える彼の身体の異変に気が付く・・・。


その彼の横顔は、歪みはしない。

ただ、一点を見つめている。


・・・かたかた・・指を震わせて。



それは、ウルクたちが地面へ引き倒されていく、その光景をあわれれむようで。

かなしむようでもあって―――――――――――


―――――瞳を歪ませて彼女は、それを見つめていた。


―――――――彼女は、腰に挿した『それ』を手で握り込み、引き出す。


チャイロはその動きに気が付き。


それは黒い塊に見えた・・が、それがなんなのか、すぐに理解した。


『銃』を、彼女が、取り出したのを。


「なに、やって・・・」

チャイロの声に、気が付く彼らも。


「おまえ、それ、どうしたんだよ・・・?」

「なんでそんなの持ってんだ?」

「わたしだって、私だって・・戦える!戦えるんだ、戦うんだ・・・!」

「やめろって!!」


「あんたたちを呼んだのはウルクを助けるためなのに!?」


「だって無理だろ、あれは、」

「イカレてる・・!あそこに飛び込むのか!?」

「それでも・・!」


彼女は押し黙る・・・。

彼らへ向ける銃口は、揺らめきながらでも。


「落ち着けよ、な?」

「とりあえず下ろせよ、話し合いだろ?な?チーパ、話し合いが必要だろ、チーパ、」


―――――彼女の目もその銃の先も、力強さが失われずに、揺れ続けている。


「本当に、ウルクがそう言ったのか・・?」

彼が。

・・チャイロが・・・そう・・。


「ウルクが、助けてくれてって言ったのか・・?」

静かに、彼女に訊ねる・・。


「・・・・」

彼の、青く揺蕩うような瞳の色が。

見つめる。


・・彼女が、口を閉じて、結んだ時に、涙を溜めた表情を見つめていた。


「・・それでも・・!!」

けど、なのか。

「お前は戦わないのかよ!!」

だから、なのか、彼女は・・・。


「こっちに来いよ!!」

彼女はチャイロの肩を掴んで、引っ張って力ずくで、そのビルの向こうの光景を見させる―――――



―――――がしょっ・・こん、カラ・・カラコロコロ・・・って、何かが床を転がる音が響いた。


・・振り返る彼女たちは、息をひゅっ・・と口元に鳴らす。


工事途中の廃墟か倉庫、ここには誰もいないはずなのに。


離れた場所で何かが動いた音がした。

誰もいないと思っていたその場に、何かがいる。



「・・だぉい、なんかいるのか・・・?」

「・・・んなわけ・・・ないだろ・・?」

彼らの目には恐れが映っていく。



「お前見て来いよ・・」

「なんで俺が・・」



―――――おーう・・4人以上はいんのかよ・・・?」

少し間の抜けた声だ、緊張していた空間には似つかわしくない。


若い男の声、歩いてくる姿・・耳元に手を当てた・・姿は黒髪の少年か、青年か・・・だるそうに物陰から出てくるその姿、黒い上着、顔を機械のゴーグルで覆った、・・制服・・政府のなにか・・・?・・・?

「動くな!!」

彼女がその男に銃を向ける。


「・・うぉやべ、銃を持ってるっ」

って、慌ててケイジは壁に身体を張り付けて隠れる。

「・・おま、話違ぇだろ・・っ・・」

小声で誰かと話してるようだが。

「ごめんじゃねぇよ・・っ・・おまそんなこと言ってなかっただろ・・・」


「おいお前!敵ってことでいいんだな!」

叫ぶあいつらに。

「なんでだよ!敵とは言ってないだろ!」

ケイジは大きな声で返す、ちょっとキレ気味だったかもしれない。


「なん、だと・・・!?」

あいつらには明かに動揺が見えた。

って、ん、動揺すんのか?って、ケイジは思ってちょっと向こうを覗いたが。


「あいつ見た事あるヤツいるか?」

「どこのチームだ・・?」

「いや、ガレットさんの所のかも・・」

「知らねぇ奴だろ、」


奴らはかなり困惑しているようだ。


まあ、とりあえず時間が稼げそうなので、ケイジがどうにかしようか。

と、一応、装着したアイウェアを残して、手早くその高性能センサー付きのゴーグルを通した視界を外し、壁の横からそっとそのセンサーの部分だけ出して映してみる。

『よく見える。もう少しそうしててくれ、』

オペレーターのアミョの声が耳元をくすぐる。

「そうしててくれって・・」

緊迫してるぞ、って言いたかったが。

ケイジは歯を見せるように引きつった笑みになったのだが、アミョにはそんな顔は見えてないだろう。


「あ、なんかこっち見てるぞ、」

覗き見ゴーグルがバレたらしい、ちょっと引っ込めたケイジだ。


「当局、治安維持部隊の者だ。貴様らの武装を確認している。」

って、はっきり話す違和感あるが、リースの声が聞こえた。

この空間のどこかからか、冷静に彼らに警告していて、リースは遅れてここの辺のどっかに辿り着いたようだ。

どこにいるかわからないが。

「治安・・?」

「当局・・・?」

「も、もしかして、EPF・・・」

ざわつく彼ら・・・だから、もう一度ケイジはゴーグルを物陰から出して、装着したままのアイウェアの視界に映る様子を見てみる。

「急に現れるって・・」

バケモンEPF・・・?」


「貴様らは人質を1人捕っていると見える、間違いないか?」


「ひ、ひとじ・・?」

「え、お、俺か?ち、ちがう、人質じゃない・・!」

「俺らは無関係だぞ?」

「まだ何にもしてねぇって・・!」

がたんっと、逃げ出す彼ら、動揺が広がる中で・・・。

リースが上手くハマっているのが微妙に面白いかもしれないが。

銃を持っているその女だけは、青年を放さずにこちらへ銃の先を向けていたのは、ケイジは装着したままのアイウェアの視界に見えていた。

だから迂闊うかつに動けないのだが。

とりあえず、ケイジも口を開く。

「ああ?違うのか?じゃあ、トモダチか?人質じゃなくて?」

「あ、ああそうさ!人質だよ!動くんじゃないよ!」

「んぁ?」

「チーパっ・・!違うって!人質じゃない!何してんだ!?やめろって!」

「逃げねぇとやべぇぞ!」

「・・ったく、一体何なんだよ・・」

ケイジが舌打ち混じりに呟く・・・わけがわからなくなってきた状況に、誰かリースでも何でもいいからやれよと。


『分析は済んでる。アドバイザーがすぐ来るからもう少し持ちこたえててくれ。慎重に、だけど、危険を感じたらすぐ逃げて。」

「どっちだよ、」

「こっちも急に事態が動いてさ。ゴタゴタしてるんだ。だからそれまで・・・』

アミョの声にも、ケイジはまた舌打ちするように、向こうの様子を覗く顔も、もう少し強く眉を寄せていたのだが。



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