第4話

 エレベーターの小部屋の中で見える階数表示が上がって行き『7』になった。

「最近は警備部からの要請も多くなってきた、っておっさんボヤいてたな。昔はそうでもなかったらしいんだが、」

「お、ここだ、」

そして、自動で開いた扉から出て、彼らの後ろを付いて行けば、そこにはEAUのオフィスフロアの小奇麗な景色が広がる。

ミリアとガイは別のフロアでそのエレベーターに乗り込む前から、数人の見知った彼らと適当な会話をしながら移動していた。

到着したフロア7、そこは主にClass - Aのチームが使っている部屋が多く集まるエリアがあり、ミリアも最近は見知った顔を見つける事も増えてきた。

「特務協戦が近年は増えたって聞くけどな。それでも人手不足ってことか?」

「治安に熱心なのは限られた地元の企業だけって聞いたことあるから、他の所が手を貸してないんだろう。」

ミリアが耳を傾ける、傍の彼らが話すことも最近の事情は少し興味があるし。

「特務協戦なら軍部への協力は義務じゃなかったか?」

「いろんな理由を付けて出し渋るんだよ、今ちょうどお腹が痛くて行けないっす、ってな、」

「で、俺らにしわ寄せが来るのか。良くできてる社会だぜ。」

「そのくせ、自分らが興味がある事なら頼まれなくても首を突っ込んでくる、」

「リプクマもEAUもリリーが地元だもんな。まあ慈善事業ボランティアは自慢していいことだし、俺も嫌いじゃない」

過ごしやすく見渡せるフリースペースの光景を歩いて、各部屋への扉やコクーンのようになっているスペースなどでは、他のEAUの隊員が過ごす空間も眺められる。

今も歩いてて見えるそこの壁はブラインドされていなく透過してて、室内で人が集まり話し合っている様子も見える。

ブラインドされてないなら、マジメな表情の割には重要な話をしていないんだろう。

大真面目の顔で女性の好みを話している人たちも見かけた事あるくらいだし。

「特能力関連の研究は外国に流れてるって噂もあるくらいだしな、」

「それはあるだろ。現実的に考えたら。むしろ外国の企業はそれが目当てのド真ん中だろうしな」

「じゃあな。」

と、行く方向を別れる彼らへ、ガイが声を掛けて。

「お、そいじゃ、」

「おう。またな、」

ミリアも、ガイの傍で、手を上げたような彼らをちょっと覗き見るようにしてた。

少し気になる話を彼らはしてたけど、まあミリアも知っているような話もあった。

特務協戦は正直、リリー・スピアーズの社会の中では微妙な立場になる事も多いみたいだし。

軍部や警備部が必要な時だけ協力を義務付けられている、というのは、都合が悪いときは仲間はずれにされる場合もあるということだ。

まあ、別にひどい扱いを受けている、というわけじゃないんだけれど。


ミリアとガイ、2人はそんなオフィスのスペースを歩いて、いつもの道を角で曲がり、突き当りの扉へ辿り着く。

自動的に解錠アンロックされ、手で開いた部屋に足を踏み入れれば、懐かしくも落ち着くようなコーヒーの匂いがちょっと漂っていた。

そこは自分たちのオフィス、真ん中の大きめのテーブルで寛いでいた彼ら、ケイジ達がさっきまでピザを食べていたらしく、その匂いが鼻腔をくすぐってくる。

まあ、不真面目なケイジはソファで寝そべって、大型テレビを見ているし。

いつも眠そうなリースは、机の上で自分用の枕の上で突っ伏して寝ているようで。

そして、みんなのテーブルの上に広げられたピザを摘まんだアミョさんが、こちらへ気が付いて相好を崩していた。


 「やあ、おかえり。ああ、これ差し入れ、」

と、アミョさんはピザとコーヒーを両手に微笑んで、デスクの方へ戻って行く。

「あ、どうも、」

宅配でも頼んだのかピザの2箱は、既に1箱が空のようで、普段はミリアも口にしないタイプのピザみたいだ。

「『ベリポチ』のピザっすか。アミョさんが?」

「急に食べたくなってね。やっぱチーズの塊は背徳的だね」

「はは、1人で食べるには多すぎっすからね」

『ベイリー・ポー・チーザ』は外国企業のフランチャイズのピザストアで、なかなかに栄養バランスを無視したジャンクなピザをメインに売っているお店だ。

価格も安いけど、その分大量のチーズなどが溢れてそれに取りつかれたように群がる人たちが病みつきになっていく、という広告が有名だが、なぜか世間やネットでも受けているようだ。

そんな背徳的なピザが、たまに食べたくなる気持ちもわからないでもないミリアは、いそいそとソファの方へ歩いて行くわけで。

というか、いつものことながら、デスクで仕事をしているのはアミョさんだけ、っていう光景で。

「もうちょっと緊張感持ちなさいよ」

と、背筋を伸ばしてケイジたちに言ってやる。

「やることねぇし」

ケイジはソファでだらだらしたまま動かないで、携帯の画面を見ている。

「いやあるでしょ、」

「・・まあ後で見てみる」

この反応は、今日のノルマを全然チェックしていないし、ぎりぎりになるまで動かないヤツだろう、たぶん。

まあ、こちらに実害がない限りは放っておけばいいか。

「めんどくさい要請が来たらケイジたちに回していいですよ。研究所の要請とか、積極的に、」

って、アミョさんに言っておくミリアだ。

「最近それがあんまり無いんだよね。『Class - B』や『C』の人たちに回ってるみたいで。」

爽やかに椅子を回してこちらを振り返るアミョさんは、ピザを片手に満足そうだ。

ふむ、『Class - B』や『C』の人たちと言えば、この前の合同トレーニングでも直に見かけたけれど、確かに彼らの発現は明確で繊細でしっかりしてた。

リプクマが発現研究をするのに、『A』の人にこだわってないのがわかるくらいには。

「じゃあ、トレーニング。どっかやってると思うんで放り込んでください」

「それくらいなら、今からでも」

「やめてくれ」

ケイジが直接お願いしてきてたけれど。

特に、『C』の人たちはユニークな発現効果をするので、普段からそういう研究協力をしている人が多いらしい。

それでも、たまにケイジたちへそういう依頼が来るのは、ケイジ達の発現メカニズムが他の人より少し特殊だからと聞いたことがある。

そもそも、『特能力の発現』という現象は、最新の研究施設を持つリプクマなど含め軍部でさえ、科学に基づいた完全な解明が未だにされていないものだ。

つまり、発現現象における最先端の現場でも、本質はよくわかっていないが使えるから使っている、という即物そくぶつ的な思考になっている。

勿論、発現を交えた現場や戦闘では、特能力とは不安定なものである、という要素を組み込んで対策や戦術が立てられるのも常識になってきている。

それでもリプクマが研究するのは、『未知であっても確実に起きる事』への対処をするためでもある。


そもそも、『発現』の本質を理解しようとする研究は多いのだ。

それに伴い、結果的には副次的に得たデータに基づいた更なる派生研究が多くなっていってるという。

学ぶことはたくさんあるし、学ばないと対処に困る事も今後は増えて行くだろうという意見もある。

まあ、だからこそ特能力者に関する規定は厳密に設けられていくし、安定した特能力者を信頼する評価の土壌どじょうも生まれるわけで。

EPFやEAUのような発現現象に関するプロの部隊も作られてくる、というわけだ。

まだまだ、手探りな部分は多いみたいだけれど。


とりあえず、ミリアは消毒ナプキンで手を拭きつつ、ピザの端っこの紙で摘まんで千切ってた。

ミリアは、ごくり、と喉を鳴らす・・・。

背徳的・・なるほど、ミリアはその瞬間にその言葉の重みに納得した。

ちょっと冷めててチーズも固まってるようだけど、トッピングされたベーコンにトマトのソースにバジルの香り、大量の油がつやっと美味しそうだ。

いつもは、ちゃんと栄養バランスを考えられているメーカーのピザを選んで買っているミリアだけれども。

こういう場合は仕方がない。

『差し入れ』、という厚意を無下にするわけにはいかないのだから。

「ハチミツもかけてあるよ」

って、アミョさんに言われて。

「・・ありがとうございます。」

ミリアはなぜかお礼をちゃんと言ったけれど。

「そういえば、EAUの新人の仕事、とかそういうのってあるんすかね?」

隣でピザを覗き込んでたガイが、アミョさんへ聞いてた。

「確かに君たちは『A』の新人だけど、そういうも僕が来た時からは無いなぁ」

先輩から後輩への『伝統的扱き』とか、ってやつだろう、たぶん。

『生意気な新人にはこの仕事をー』、とかドラマの見過ぎとか言われそうだけど、そういう伝統らしい伝統はEAUには無いらしい。

あの体力だけあれば・・ごほん、もとい、ノウキンを育成したがる軍部なら絶対にあるのに。

「まぁ、平和なもんっすね。」

って、ガイが言ってた。

「ああいうのは良くないと思うんですけどね。」

ミリアがジト目で、ソファの上でだらけてチップスを摘まんでるケイジ達を見ているが。

暇そうなケイジたちに行かせられる単独の仕事なんて、緊急で必要になる人数合わせの要請くらいしか思いつかない。

まあ、そんな事は置いといて、とりあえずミリアも手にずっと持ってたピザを、一口噛んでた。

うん、美味しい。

「でも、そういう時間があるから君らも勉強する時間を多く取れるわけだろう?」

って、アミョさんに言われたミリアは。

「まあ、そうなんですけど、」

ちょっと、モゴモゴしといたけど。

って、向こうのソファで引っくり返っているようなケイジと目が合って。

・・ニヤリとしたようなケイジに、ミリアはやっぱりまた何か言いたそうに眉をぴくっと、ジト目になっていた。

「ガイは食べないのかい?」

「まあ、さっき昼飯食ったばっかりなんで、」

って、ガイに言われたミリアは、ピザをもっもっと咀嚼そしゃくしながら、きょとんとしてた。

そういえば、さっきお昼ご飯を食べたばかりだな、って思い出してた。




 ミリアがその大きなピザ一切れを半分ぐらいまで食べて味わう、チーズの独特の匂いと塩気と甘みとコクと、それから多種多様のトッピングのカオスなハーモニーがよりジャンキーに溶け合い、高尚な味わいを・・・――――――

「やっぱ、よく見てみるとさ、こいつの帽子の上のやつってハムスターだと思うんだよな。ペンギンつってるよなこいつ?」

「ほう・・?まあペンギンってもっと大きいよな。人の頭の上に乗らない・・いや、ハムスターでもないんじゃないか?」

「あん?違うネズミか・・?」

「まあハムスターはネズミなんだけどな、げっ歯類っていう仲間だろ―――――」

って、ソファのすぐ傍ではケイジが朝から携帯で見てたらしい、そのストリーマー配信者の動画でガイと一緒に少し盛り上がってる。

というか、ケイジが今までその『動画の彼』を見ていて、一番気になったのがなのかと、ちょっとミリアは聞きたいけども。

確か、『ハごペンが』だっけ?名前も覚えかけてるし。

「おもちゃかもな」

「そうかぁ?生きてるっぽいぞ?」

「CG?」

って、ミリアが適当に言ってみるのも。

「逆にこんなので作ってたらめんどくせぇだろ。」

ケイジに普通に理屈で返された。

やっぱり、なんかもやっとする。

「結構簡単に作れるらしいぞ」

「そうなのか?なあリース?」

「・・さあ?」

って、そっち系に詳しいはずのリースは、傍のソファに寄り掛かって座って、ぼうっとしてて、眠そうだ。

まあ、ミリアはソファから立ち上がって、ドリンクコーナーの方へ紅茶を淹れに行く。

ピザを口に咥えて、自分専用の白いマグカップを用意して、いくつか種類のある紅茶のティーバッグを適当に手に取ってた。



「あ、そうだ。」

と、部屋の隅っこのデスクから、アミョさんがこっちへ。

「君らの個人評価表が届いたぞ。」

って言って来て。

「あ、もしかしてこの前の?」

「そう、先日の合同トレーニングのデータからも割り出されてるらしい」

EAUは最近そういうのに力を入れているみたいで、リプクマからも基準を設けられているらしい。

私たちにとっては自分たちを客観的な数値で見て、現状を確認するのに役立てなさい、というものだ

「私は全員分を見れるヤツでしたっけ?」

「うん。リーダー権限で。」

参考評価が割り出されれば、私がメンバーの状況などを把握しておくのも、リーダーの役割の1つだ。

指導員コーチ陣たちと相談して各種トレーニングの割り振りの参考にもなるし。

それに、戦力評価はEAU内での評価、『EAU』という組織に自分たちがどう見られているか、という指標になっているから今後もより重要になっていく気がする。

評価が上がれば重要な仕事を任されたり、昇進したりして待遇も良くなりそうだし。

「前もらったのとは違うヤツですよね?」

「前?そうだね。」

「EAUって評価の種別がいくつかあって、たまにこんがらがるんですよね」

「うん正直、研究者チームが出す特能力評価とかとは、一緒にまとめた方がわかりやすいだろうな。こっちはどちらとかというと戦闘の際の、身体能力や技術面での評価が主だし、」

アミョさんも同じ意見のようだ。

アミョさんは、うちのチームのオペレータや雑務をこなしてくれる実務以外の担当で、リプクマの内情や開発技術面の話も良く知っていて助かる。

彼は研究職ではあるものの、それ以外は事務を含めた仕事をしてくれて、かっこよく言えばこのチームの『秘書』みたいなものだ、とミリアはちょっと勝手に思っている。

実際、仕事はきっちりしてくれるし、情報の不備もほとんどないし、何かあれば物でも何でもすぐ補填もしてくれるし、とても助かってる。


「まあ、後で見ます。」

ミリアはティーバッグをマグカップに入れて、ピザをもう一回口に咥えると、自動温熱のケトルのお湯の残りを覗いてみれば、充分に残ってる。

「君たちは本当に興味がないんだな」

って、アミョさんは苦笑いみたいだ。

「興味すか?」

「ほら、こういうのって盛り上がらない?成績表とかって、」

ソファ越しに顔を上げるガイへ、アミョさんがそう言ってたけど。

「あー、」

ガイも納得したようだ。

確かに学生とかで、テストの成績表を見せ合いっこするのは楽しい定番な気がする。

でも、ケイジ達も別に興味ないようで、動画とかテレビをずっと見ている。

まあ。

「ケイジ達がサボってたし、ロクな結果じゃないと思うんで、」

ミリアが言うのは、ちょっと皮肉っぽくなったかもしれないけど。

実際に前回の合同トレーニングは確かにケイジ達は出てないので、今回の評価に反映されてないだろう。

あっちのケイジや寝てるリース達は全然気にしてる素振りもないみたいだけど。

というか、全然反応しないのもなんか不自然な気もしたので、彼らはわざと聞こえてない振りをしてるみたいだ。

「それともう一つ、重要メッセージが届いている。」

って、アミョさんが。

「重要・・?」

ミリアがそれに振り返って眉を上げるけど。


「君へ、どこかの『お城からの招待状』みたいだ、」

そう、アミョさんが少し悪戯っぽく笑っていた。


ちょっと瞬くミリアは。

思い出して、マグカップにお湯を注いで紅茶を作りつつ。

手に持ってたピザの、後ろの方をかじってた。

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