第8話 証明 その2

 打撃の威力はすさまじかった。

 明は身体にガリエドの斧がめり込むのを感じた。鋭く圧迫されるという感じだろうか。意外にも痛みは無かったが、一瞬身体が折れ込んでしまったのかと思うくらいの衝撃で、頭が真っ白になった。


(おい! まな板! 大丈夫か?)

(……大丈夫じゃないが…まだ死んでないかな…)

(ガリエドの奴、本気でやりやがった。あれがドワーフの戦斧さ。両手斧だから刃が丸めてある。良かったな)

(いや……どっちでも嫌なんだが)

 

 ガリエドの一族ドワーフは、ずんぐりとした体躯たいくに高密度の筋肉をまとい、その膂力りょりょくの強さは獣人をしのぐ場合もある。そのガリエドが周りをかえりみぬ勢いで打ち下ろした戦斧は、ただのまな板にかすり傷一つ与えられなかった。反動で戦斧が跳ばなかったのはガリエドの腕力、握力等、ドワーフの体躯たいくの強さのお陰であろう。

ガリエドは側に来たエルド公を見上げ、肩をすくめた。


「スーリオン、不思議だ。俺の一撃が通じん」

「怪我は無いか?」

「ああ。ただ、立派なテーブルが傷物になった」


 明を載せていた会議用のテーブルは巨大な黒曜石の天板を切り出し、チーク材の飾り枠に金箔が貼られた豪奢なものだが、衝撃で天板に微かであるが傷がついていた。

頭を下げるエルド公達に軽く頷き、ドーズ公は楽し気に笑った。


「頭を上げなさい、エルド公。わしが良いと言ったのじゃ。……このテーブルは、この砦と同じ年月を経たものだ。少々の傷は当然じゃ。…話を戻すが」


 ドーズ公は、明をつまみ上げた。


「確かにこのまな板は、『道具』じゃ。きちんと見立ててはおらんが、防御系の道具かもしれん。ただし、持ち主は恐らく別の部族じゃ」

「?! どういう事ですか?」

(?! 何でだよ?)


 ドーズ公は、ちらりと入口の大扉の方へ目をやった。


「先ほど、南の小人族から早馬が来ての」

「ああ、さっき、館に来る前に見たぞ」


 ガリエドとオルドゥンが顔を見合わせる。エルド公が「何か異変でも?」とドーズ公に問いかけた。

 ドーズ公はふむ、とトバーズ色の瞳をエルド公に向け、明を再びテーブルの上に戻した。


「南の端に、ドゥオルガが出たそうじゃ」

「?!」 


 驚きで固まってしまったエルド公達に頷き、ドーズ公は続けた。


「皆も知っての通り、ドゥオルガは主無き民じゃ。じゃから、通常だと群れることも無いし、小さな血縁の輪のみで動いておる。ただ、今南の端に集結しているドゥオルガはおおよそ1万」

「1万!! ドゥオルガが、そんなに集まれるものか!」


 驚きの声を上げたのはオルドゥンだ。

 獣人族は戦闘能力に恵まれているため、グルカンのような共同統治の場では防衛の担当として敵と直接対峙することが多い。自然とオークやゴブリンといった魔物との戦い方などを熟知していくのだが、ドゥオルガは通常の魔物と異なり、出没する頻度が少なく、その被害もよく判っていない、ほぼ未知の種族なのだ。

 判明しているのは「黒い人型のようなものが4体から5体でうろうろしている」「近くに居た者が連れ去られるのを見た」との2点のみだ。


「だが現実に集まっている。今は狼族が全面にでて防衛にあたっているが、このままでは南部に雪崩れ込んでくるのも時間の問題じゃろう」

 「……今の話ぶりですと、狼族も危ういと?」


 オルドゥンが低い声で呟いた。獣人族の一氏族として、オルドゥンの獅子族と狼族はその双角を占める。戦い方に違いはあれど、容易く敗れる者たちではない。ただ、妙なことに、狼族の居住地は確か北東だったはずだ。


「なぜ、狼族が南下しているのです?」


 いぶかしげなエルド公、オルドゥンにドーズ公が頷いた。


「小人族の使者によれば、狼族は呼ばれたと言っているそうじゃ」

「呼ばれたと? 何に?」

「道具に、と言っておる」


 エルド公も、オルドゥンも唖然として立ち竦んでしまった。

ガリエドはふん、と鼻を鳴らし、戦斧を杖のように手許に立てた。

 

「『道具』とは一体何だ、ドーズ公。」


 先ほどまでとは違う、固いまさに岩のようなガリエドの声に、トパーズ色の徐々に深く輝く瞳が微かに陰った。


「……ワシも良くは判らんけどなぁ。でも、一つの部族に一つの道具。同時期に現れることは聞いたことがない、というくらいじゃ」

「それだけか。聞くたびに同じ事だけしゃべくりおって、そっちは『四つの結びフォリア・ロード』だろう。何故知らんのだ」

「何じゃあ、ワシだって知らんのは知らんのじゃ」

「無礼だぞ、ガリエド! それに今はそんな場合じゃないだろう!」

「オルドゥン、お前こそ獣人族としておこらなならんぞ! こんな適当な情報のみで前線に立たされるなんて、俺らドワーフであれば絶対了承なんかせん」


 静かな広間にガリエド、オルドゥン、ドーズ公の声が響き反響した。それぞれの怒りや驚き、困惑の感情に揺り動かされたかのように、窓から差し込む光がキラキラと反射している。

 

 「申し訳ありませんが、ドーズ公。現在、南の端の種族や国はどのような状況になっているのですか?」


 静かだが、涼やかで耳に心地いいエルド公の声が、収集のつかなくなった広間を切り分けるように響いた。その声を機に、ガリエドが戦斧を背中のホルダーへ戻す。ドーズ公も、かがんでいた上半身をゆっくりと戻した。岩の軋む音とともに、細かい石のかけらが落ちてきた。


「小人族のうち、半数の部族は中央に向かって避難を始めておる。南の端に一番近い小人族の村は、ドゥオルガを食い止める為の拠点としているそうじゃ。…もう今年の収穫は無理じゃろうの」


 ドーズ公の声が少し陰ったようだった。彼がその南の小人族の村を訪れたのは、もう20年近く前のことだ。岩の精はゆっくりとだが移動することが出来る。だがその巨体から徒歩で行くしかなく、当時の長老に会ったのち、グルカンに帰着するのと同時にその長老の逝去の知らせを聞いた。遥かに長命の岩の精の時間と、他の種族の時間の流れの違いはかくも大きい。

 彼が訪れた頃の村は、小麦やカボチャの収穫で忙しく、村の皆はとても忙しく幸福であった。ただ、それも今後は暫くはあるまい。恐らく彼の時間の流れの中より早く滅するだろう。


「南の端のセン山にドワーフの一族がいたはずです。そちらはどうしています?」

「南の一族は、小人族とも良好な関係だったはずだ。もちろん一緒に戦っているに違いない」


 ガリエドが胸を張ってエルド公を見上げた。


「その通り。ハールの一族が、狼族と一緒に押し返しているそうじゃ。南の端はセン山の切れ目にある。そこを押し返せば乗り切れる」


 セン山は切り立った山々の連なり、ズリカ山脈の山の向こう側は遠く荒地が広がり、その遥か先に微かに緑の大森林を望む。これまで、その緑の森を目指して南の端を抜けた者達は過去に何人もいたが、そこから先に進んで帰って来た者はいない。まだ知られていない怪物に倒されたと言う者もいれば、この地より遥かに素晴らしいところなので戻って来ないのだとも。


「いずれにせよ、南の端にも門を作らなければ」


 呟くエルド公をちらりと見て、ドーズ公が隣の部屋に向かう扉に目を向けた。


「ルティカ公、アラハ公にも使いを遣ったから、そろそろ来る頃じゃろう。他の国々の王からせっつかれる前に、グルカンの立場を決めないとならん。あとは、この『道具』についてどうするか、じゃ」



 エルド公らの話し合いをよそに、明はテーブルの上で疲れからか泥のような眠りに引き込まれそうになっていた。隣で切丸きりまるが、落ち着きなく何か明に話しかけてきている。でもその声は水の中で音が揺れるるように、くぐもって段々と聞こえなくなり、世界は柔らかな闇の中へ沈んでいった。






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刮目、そして異世界より帰還せよ マキノゆり @gigingarm

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