第1話ー② 中華包丁の話 

 よく言う「異世界転生」って、大体主人公が事故か何かで死んで、異世界に生まれ変わるだろう? だから、俺も最初は「俺って死んだのか?!」って焦ったもんさ。

 でも、この世界はどうも違うようなんだ。


 まず『俺ら』は、死んで転生する訳じゃない。そして、人間とかエルフとか、とにかく生き物ってもんには。俺が見てきた範囲だけどな、全員が全員、何かの道具になってんだ。

 知ってる限りでは、うすとか、斧とか。中にはベルトって奴もいたな。あと、ペンだ。そいつらがどうなってるかって? 全員は知らない。だって、俺らはこの世界の誰かの持ち物だから、持ち主と一緒にいなきゃなんねぇ。持ち主からはぐれちまったら、きっと朽ち果てて消えるだけさ。


 誰の持ち物になるかも重要だ。

 使い方の荒い奴のもとに転生しちまったら、本当に一大事だ。ベルトに転生したヤツは時々会えたんで知ってたが、……まあ、うん、途中でな、……なんて言うか、そいつの身体が切れちまってよ! ベルト本体とバックルのうち、本体の皮が半分まで千切れて……縫い合わせて使われてたけど、可哀そうに、そいつは半分頭おかしくなってたぜ。頑張ってたが、最後は真っ二つさ!

 

 ……ああ、ごめんな。

 必要以上に怖がらせたかな。泣くなって! あ、もしかして、吐きそうになってる? 吐かねぇけどな。

 安心しろ、身体が壊れたヤツはこいつしか知らない。ベルトだったからかな。日常使いの道具は、大方おおかた消耗品だから、大事にされ辛いし、大事にされても持たねえだろ。ああ、確かにお前はまな板だな。でも台所道具だから、まだ大丈夫じゃねえか?


 俺らが今いる家は、エルド公の狩り小屋だ。

 エルド公って、さっきいたエルフの方さ。この辺り一帯を治めている、エルフの国のお偉いさんらしい。この世界の偉い奴ってのは、が全てなんだ。どれだけ広い土地を持っているとか、金を持っているかじゃないんだ。力、能力なのさ。その力に人も物も引き寄せられる。多くを持つ者が治める者、権力者になれるって世界だ。


 で、俺とお前は、エルド公の元に引き寄せられた。エルド公は俺の三番目の持ち主だが、先の二人の持ち主たちより格段に力が強い。そもそも、俺らのような異質な者が複数集まることが普通じゃないんだ。普通は、無いかだ。

 ん? って? 

 判りにくい言い方したな。それって、俺らのことだよ。


 俺ら転生してきた人間たちは、確かに道具にしか転生出来ない。でも、元の世界の事はしっかり覚えているし、意志もある。人格も残っている。それがこの世界に長くいると、どうやら変化していくらしいんだ。

 例えば、俺らの元の世界にも、伝説の何とかって言われている物があるだろう? 代表的なのは聖遺物だな。永らく特別な意志を持って存在することで、俺らも力を持つようになるのさ。で、死体にも何らかの力が残るってわけ。


 ちなみに俺は、今回が三回目の転生になる。最初の転生は、十年くらい前だ。最初はコツが掴めなかったから、戻るのに五年くらいかかったな。その後、二年後にまた飛ばされた。その時は三年後に帰れた。

 ただ、今回帰ってすぐヘマしちまってな……。また異世界にトンボ帰りって訳さ。


 まあ、簡単に言えば、何とか元の世界に帰るか、ここで聖遺物級のお道具様になるか、死んでその死骸を利用されるかのどちらか。俺の知ってる限りではこの三択だ。

 ちなみに俺は、最初の五年間でちょっと力が付いててな。名前も付けられた。それがさっきの「切丸」さ。


 ん? まな板くん、質問? はい、どーぞ。





(だから、どうやって帰るんですか!)

(せっかちだなー。これからだよ、これから)


 振りが長いっ……と言いかけて、あきらは抑えた。帰る方法がいつ出てくるか気を張って聞いていたが、我慢も限界に近づき始めている。


(俺は、早く帰りたい。だって、ここにきてもう一日は経っているでしょう。元の世界で俺がどうなっているかも心配なんだ)

(……それもそうだ。じゃあ、俺が帰れた経緯を教えてやる。でも、確実な方法じゃない。俺だって戻った二回とも、偶然だったんだから)


 そう前置きし、中華包丁がまた話し始めようとしたその時。

 隣の居間から、男二人が台所に入ってきた。





「もう真っ暗だな……。遅くまで邪魔して申し訳なかった」


 ライオン頭の獣人、オルドゥンが燭台で照らしながら、あきらと中華包丁が立てかけてある調理台へ近づいてきた。


「いや、引き留めたのはこちらだ。これからグルカンまで戻るのだろう。馬も夜露に濡れる」

「俺らは慣れてるさ」

「すまないな」


 オルドゥンは悪戯っぽく笑い、対するエルド公は片手に白木の箱を持っていた。


(オルドゥン様の一族は、エルド公らエルフ族と同盟関係なのさ。めちゃくちゃ強いお方だぞ)

(お方って……ファンなの、もしかして)

(オルドゥン様も強いからな。あ、でも俺はエルド公のもんだぜ)


 中華包丁は心なしかウキウキしているように見える。エルド公が、調理台の上に白木の箱を置き、蓋を開いた。中には赤い天鵞絨びろーどのような布が、クッションのように敷き詰められていた。


(俺はこれから寝る。これがこの俺、名刀めいとう切丸様の寝床ってわけだ)

(おい、待て! 俺はどうなるんだ! これからどうすりゃいいんだ!)

(取り敢えず、俺らはエルド公のもとにいる、大丈夫だ! だから、お前はとにかく善行を積め!)


 あきらに向かって放たれた中華包丁の言葉が、彼自身の刀身を微かに震わせる。その刀身の鳴りに気付いたエルド公が、そっと刀身を手で押さえた。


「切丸、どうした」

(おっと……何でもございません、あるじよ)


 中華包丁が静かになる。静まった中華包丁を手に取り、エルド公はそっと白木の箱に収めた。


(ごめんな、まな板! 話はまた明日だ。今日はしっかり寝るんだぞ)

(何だよ、寝るって……寝てる場合かよ! おい! 俺はここでどうしたらいいんだよ……)


 白木の箱を手に台所を出ようとしたエルド公は、ふと声を聞いたような気がして立ち止まった。台所を振り返るが、そこには誰もいない。いつもの見慣れた台所でありり、使い慣れた台所道具や貯蔵用の箱などがならんでいる。

 ただ、そこにどこからともなく現れた、見慣れないまな板があった。エルド公は、ふと切丸が手許に来た時のことを思い出した。


「……居るのか?」


 もし例のものであれば、少々困ったことになるだろう。が一か所に「2つ」集まると非常に目立つ。


「でも、まな板か」


 うーん、と首を傾げていたエルド公だったが、考えても判らないことばかりなので、とりあえずオルドゥンを見送る為に台所を出た。そして、あきらは暗い台所に一人取り残されたのだった。

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