第1話ー① ここはどこ

 山小屋の中は、ひっそりと暗く静まり返っている。時折、隣の居間らしき部屋から山小屋の住人達の笑い声や話し声が聞こえてくるばかりだ。


 斎藤明さいとうあきらは、所々打撃の感触が残る身体を台所の壁に立てかけ、この状況をどう理解するべきなのか、混乱した頭と心を落ち着かせるのに必死だった。


 あのスイカの実とやらを切った後しばらくして、住人達は夕食の支度に入った。あきらはまた有無を言わさず台の上に仰向けに置かれ、その無防備な身体の上で、丸みを帯びた野菜らしきもの、香辛料らしきものを切り、挙句にウサギのような生き物をさばかれたのだ。


 野菜や果物まではまだよかった。

 

(肉とか魚は、正直やばい…………)


 身体の上で、生臭くて柔らかい肉を断ち切られ、臓物の残りがぶちまけられる、何とも言えない瞬間。

 思い出すだけで吐きそうだ。


(よお、まな板くん。落ち着いたか?)


 隣からのん気な声がしたので、吐き気を抑えて視線をやる。例の中華包丁が一仕事終えた後のうたた寝から起きたようで、刀身を軽く震わせながら大きな欠伸をしていた。


(落ち着くって……、落ち着ける訳ないだろ。そもそも何処なんだ、ここは)

(ここか……この世界ね。確かに何処なのか判んないよな)


 中華包丁は部屋の中に目をやる。部屋の中は灯りが消されて真っ暗だ。隣の居間との間に扉は無いので、そこから漏れてくる明かりだけが頼りだが、現代社会に慣れた人間の目にはそれすら暗く、周りを見る助けにもならない。


(見てのとおり、俺は包丁でお前はまな板だ。変身とか空飛んだり、台所から世界が見える訳でもない。基本的には、ただの包丁とまな板)

(何で!? それって、何のための転生? 何で? 本当に意味わかんねぇ!)


 これまでの緊張と不安を爆発させたかの如く、あきらは叫んだ。だがその身体はぴくりとも動かないし、その叫び声は隣の居間の男たちには届かない。ただのまな板があるだけだ。

 中華包丁は、しばらくの間、何でだ、おかしいと叫ぶあきらの様子を見守っていた。先にこの世界に来ているだけに、このような状況も何度か経験しているのだろう。


(まあ、すぐには受け入れられないよなぁ。無理に落ち着けとは言わねぇよ。その代わり、俺の知ってることを教えてやる)

(お前の……?)

(ああ。俺はお前より長くこの世界にいるし、実のところ、何回か現実世界とこの世界を行き来してんだ)

(え! 行き来出来たって、現実世界に帰れんの?!)

(ああ。一応)

(やったぁ!! っっしゃああ!!)


 いきなり窮地に落とされて、その場で解決策があるという、まるでジェットコースターのような展開である。思わずあきらも、気持ちはガッツポーズをする。


(まぁ慌てるなよ。まず、ここについて、俺がわかる範囲で教えてやろう)


 中華包丁は、壁に寄り掛かりながら語り出した。

 

 



 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る