第8話 逆鱗
「誰だ」低い声で大魔王が言った。
その視界に男の子を隠そうとする母親の姿が映った。大魔王にとっては知らない親子だったが、カホにとってはよく知っている親子だった。それはカホが働いていた園のケンタ君親子だ。ケンタ君は少しおとなしい性格だったが、カホにはよく懐いてくれた。大魔王が降臨してから園は実質的に閉鎖してしまっていたが、まさかこんな形で会うなんてカホは思いもしなかったのだ。
どう考えても、石を投げたのはケンタ君だった。恐らくそれは義憤に駆られてのことなのだろう。大魔王は人類を滅亡させる存在である。大人だったら恐怖でやらないが、子供だったらあり得る。きっとニュースで事情も知っていたことだろう。あるいはカホのために投げたのかもしれなかった。そう思うとカホは、何もせずにはいられなかった。母親が震えながらケンタ君を隠す姿だって、とてもじゃないが見ていられなかった。だからその大魔王の視界をカホが突然遮って、名乗り出たのだ。
「ごめんなさい。私です」
「貴様か?」大魔王が少し驚いたようにして言う。「貴様が石を投げたと?」
「はい」
理屈としてはおかしかった。隣にいた人間が背中に石を投げるなど、普通に考えればおかしい。だが大魔王にはそんなことを考えてやる必要などなかった。頭にきていたし、どうせ滅亡させる人間なのだ。
「なら消してやる」そう言って迷いなく左手をカホの方にかざす。
「やめて下さい」とトシヤが間に入る。
「貴様は関係無い。どけ」
「関係あります。関係無いわけがない」
だが次の瞬間、トシヤは簡単に大魔王に触れられただけで数メートルほど、ふっ飛ばされてしまった。そうしてもう一度カホに構え直した大魔王の左手の腕輪が光り始める。それを見てトシヤは倒れた格好のまま、慌てて注意を自分の方へ向けようとする。
「おい馬鹿が! やめろって言ってんだよ!」
しかし大魔王は挑発には乗らなかった。ただ「後で貴様も消してやる」と言っただけだ。おまけにそこで気付いてしまった。
「貴様なぜそれを持ってる」
カホが慌てて緑の腕輪を自分の腕に着けようとしているのがバレてしまったのだ。
「なるほど」と大魔王が言った。「確実に今消す必要がありそうだ」
倒れたままのトシヤがカホに合図を送る。早く腕輪を着けてくれと。だがカホはどうしても腕輪の着け方がわからなかった。腕輪の穴はどう見ても手首よりもずっと細いし、無理矢理手を突っ込もうとしても、どうしても入らないのである。しかも腕輪には継ぎ目が無い。恐らく何か他に着け方があるのだろう。だが方法がわからない。時間も無い。逃げ場もない。早くしないと殺されてしまう。今着ければ全てを救える。トシヤも死なせないで済む。それなのにどうしてわからないのだ!
「終わりだ」と大魔王は言った。
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