第5話 消してやる

 翌日。こうなったらもう大魔王を説得するしかないと二人は考えていた。どうせ放っておいてもあと六日で人類は滅亡させられてしまう。国などの機関がもはや何も手出しできないこともわかっている。

 大魔王がこのアパートに来てから非通知でトシヤに二回ほど電話がかかってきた。相手は自分の身分を告げず、こちらの状況だけを訊いてきたのだが、その二回以来もう電話はかかってこない。世界中の軍隊も一瞬で負けたのだ。きっと手の出しようがないのだろう。

 となると、あとはもう自分たちしかいない。自分たちが最後の砦。だから一か八か、朝食のときにカホが勇気を振り絞り、説得を試みた。


「あの、大魔王様。一つ訊いてもよろしいでしょうか」

 大魔王は答えず、ただ箸で魚の身をほぐしている。カホは続ける。

「人間との共存というのはありえないのでしょうか」


 大魔王は口の中のものをゆっくり噛み終え、水を一口飲んでから答えた。

「余は人類を滅亡させる。変更はない」

「どうしてなんでしょうか。理由を教えていただけますか。滅ぼす必要は本当にあるんでしょうか。私は」

 と言ったところで、まずいと思った。大魔王の目がカホを鋭く睨んでいた。


「貴様、余に歯向かっているのか?」

「いえ」


 大魔王は、すっくと立ち上がった。そしておもむろに左手をカホに向けようとしたのだ。スーパーで人を消したのと同じことが今起ころうとしている。

 しかしそこで大魔王が眉を上げる。

「何だ、貴様。どけ」


 トシヤがカホと大魔王の間に割って入っていた。


「どきません」真っ直ぐな目でトシヤが大魔王を見据えていた。そうしてその目を逸らさない。

「いい度胸だな」

「いいえ、あなたも損をすると思って。だってカホを消したら、誰もあなたに人間のことを教えてはくれませんよ。あなたは世界中で恐れられているから、誰一人あなたに近付かないですよ」

「こいつがいなくても貴様がいるだろう」

「彼女を消したら、俺はあたなに何一つ教えない」

「何だと?」


 睨み合う二人。気が気ではないカホ。


「わかってるはずだろう。余は貴様を簡単に消せるぞ」

「だとしても譲れないってこともあるんですよ」とトシヤ。「彼女が消えたら俺は生きてる意味がないのでね。人間っていうのはそういう生物だったりするんですよ」


 少しして「下らない」と大魔王が左手を下げる。「まあ良い。どうせ絶滅するのだ。今だけ良い気になっていろ」

 そうして大魔王はさっさと和室へ行ってしまう。

 深く嘆息するカホ。そしてトシヤを見つめる。トシヤはそれに笑い返してきた。


「ほら」トシヤは苦笑して自分の手の平を見せる。その手の平は汗まみれで小刻みに震えている。「めちゃくちゃ怖かった。小心者のくせに無理したから、こんなに手が震えてさ。格好悪いね」

 だがカホは、そんなことないよという言葉が言えなかった。

「ああ……あの」と言いかけたものの、カホは自分の言葉を飲み込んでしまった。

 カホはトシヤに何一つ言えなかったのだ。ありがとうの一言も。

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